第13話:R DATAの逆襲!タエコオバさんという最強のバディ
「熱い! 熱いわよパー子!
管理室の室外機が悲鳴を上げてるわ!」
ガタガタと物理的にドアをこじ開けて入ってきたタエコおばさんは、首に巻いた保冷剤を直しながら、猛烈な勢いで団扇を仰いだ。
ジョウさんの超高速言語『Mojo』によるハッキングは、オアシス幕張のインフラを完全に麻痺させていた。
サーバーの処理能力は限界を迎え、冷却用のエアコン(空調システム)はエラーコードを吐き出して完全停止。管理室内は、まるで真夏のデータセンター、あるいは地獄のサウナのような熱風が渦巻いていた。
「フッ……無駄な抵抗だ」
ジョウさんは室温の上昇にも眉一つ動かさず、スマートに3ピーススーツの袖口を正した。
「我がMojoの並列処理がもたらす熱量は、お宅の旧式空調のキャパシティを遥かに超えている。
このまま温度が45度に達すれば、メインフレームは物理的に融解し、オアシス幕張の全データは消失する」
「チャッピー……! ログを……ログを遮断しな……っ!」
パー子姉さんはキーボードを叩こうとするが、指先が汗で滑る。熱暴走により、画面の文字すらまともにレンダリングされない。
まさに絶体絶命。しかし、パー子姉さんは、隣で「あー暑い!」と騒ぐタエコおばさんを見て、ニヤリと不敵に笑った。
「ジョウさん……あんたのMojoだかモジモジだか知らないけどさぁ。人間心理をハッキングするプロファイリング(メンタリズム)は大したもんだよ。
だけどね、あんたのその最先端のAIは、この『最強のノイズ』を計算に入れてるかい?」
「……何?」
ジョウさんが不審げに目を細めた瞬間、パー子姉さんが叫んだ。
「タエコさん! 今だよ! 302号室の底力、そのスマートな男に見せてやりな!」
「よく分かんない、暑苦しい男には、これが一番よ! ジョウさんだか何だか知らないけど、これでも食べなさい!」
タエコおばさんが買い物袋からガサゴソと取り出したのは、タッパーに入った『タエコ特製・3年ものの古漬け(ぬか漬け)』、そしてデジタル化を完全に拒絶した『鉛筆書きの生々しい回覧板』だった。
「ちょっと! これをそこに突っ込めばいいのね!?」
タエコおばさんは、ジョウさんが持っていた超高性能なグラファイト製タブレットのセンサー(またはネオHeavenの吸気口)に向けて、強烈な発酵臭を放つ古漬けを物理的に突きつけ、汁がポタポタと滴る手書きの回覧板をカメラの前に叩きつけた!
「な、何を――!? やめなさい、最新の光学センサーにそんな乳酸菌の塊を――」
初めてジョウさんの顔が恐怖に歪む。
ネオHeavenの超高速Mojoシステムは、世界中のあらゆるビッグデータを瞬時に解析する。
しかし、『タエコおばさんの予測不可能な、論理も文脈も一切通用しない泥臭い行動データ(R DATA)』は、どのLLMの学習モデルにも存在しなかった。
手書き回覧板の「3文字ごとに歪む筆跡」と、古漬けが放つ「水分含有量MAXの発酵揮発成分」をスキャンした瞬間、Mojoの超高速アルゴリズムは、あり得ない例外処理(NullPointerExpection)の嵐に巻き込まれた。
『エ、エラー……! 判定不能。このデータは……漬物……? いいえ、回覧板……? 構文解析が不可能です! 処理速度が3万5000倍の仇となり……エラーログが無限ループ……あ、頭が、割れる――!』
「何だと……!? Mojoの並列コンパイルが……バグの自己増殖(TAEKOバグ)を起こしている……!?」
処理速度が速すぎるがゆえに、エラーの増殖も3万5000倍。
次の瞬間、隣の真っ黒な算法の城『ネオHeaven』のサーバールームから、ドォン!という鈍い爆発音が響いた。過熱した最新サーバー群が、今度は逆に大爆発を起こし、ネオHeavenのシステムが完全停止したのだ。
管理室のモニターに、オアシス幕張のシステム復旧を示すグリーンの文字が灯る。
「ざっとこんなもんさ」
パー子姉さんは、汗を拭いながら緑茶をゴクリと飲み干した。
「完璧なデジタルってのはね、生々しい主婦の勘と、アナログのノイズ一発で粉砕される脆いもんなのさ。ジョウさん、あんたの負けだよ」




