第14話:爆弾低気圧と、二人の管理人の誓い
黒い算法の城『ネオHeaven』から上がっていた黒煙が、幕張の秋空にゆっくりと溶けていく。
オアシス幕張の管理室では、熱暴走から奇跡的に生還したエアコンが、プシューという音とともに涼しい風を吐き出し始めていた。室温は急速に24度へと下がり、チャッピーの音声もいつもの落ち着きを取り戻している。
「ハハハ……! ははははは!」
静寂が戻った管理室に、ジョウさんの乾いた笑い声が響いた。
仕立ての良い3ピーススーツは、タエコおばさんの古漬けの汁が数滴はね、トレードマークのポマードはサウナのような熱気で少し崩れている。しかし、その表情には悲壮感ではなく、どこか清々しい笑みが浮かんでいた。
「まさか、私が……。Pythonの3万5000倍の速度を誇る我がMojoの算法が、おばさんという名の予測不能なノイズ(R DATA)にハメ返されるとはね。
人生で初めて、完璧に計算を狂わされたよ、パー子さん」
ジョウさんは持っていたタブレットをスマートにポケットに収めると、パー子姉さんに向けて綺麗に頭を下げた。降参の合図だった。
「あんたのMojoは確かに凄かったよ、ジョウさん」
パー子姉さんは、キーボードの横に置いた湯呑みを手に取り、ふうふうと息を吹きかけながら言った。
「だけどね、スマートに生きようとしすぎるあまり、泥臭い人間の生活習慣ってデータベースを切り捨てちまったのが、あんたのシステムの唯一の欠陥さ。人間ってのは、try-exceptの例外処理じゃ括れない、不条理なバグそのものなんだから」
「例外処理じゃ括れないバグ、か。確かにその通りだ。プロファイリングやデータ分析だけで人間を支配しようとした私が浅はかだった」
ジョウさんは崩れた前髪を軽くかき上げ、遮光グラスをかけ直した。その目には、オアシス幕張の「カオスな平穏」に対する、確かな敬意が宿っていた。
「ネオHeavenは一度、システムを再構築する。これからは、ただ高速なだけではなく、タエコさんのぬか漬けの乳酸菌すら内包できるような、寛容な算法を目指すよ。
…また、情報交換(パケット交換)をしてくれるかい? パー子さん」
「いいよ。いつでもかかってきな。今度はうちのチャッピーも、少しはアップデートさせておくからさ」
二人の管理人は、静かに視線を交わし、お互いのシステムを認め合った。
オアシス幕張のPythonと、ネオHeavenのMojo。
二つの算法が、この幕張の地で共存していくための、静かな誓いだった。
「あーあ、管理人同士の泥仕合が終わったら、急に寒くなってきたわねぇ!」
タエコおばさんが、空調の風を浴びながらのんきに呟く。
窓の外では、いつの間にか幕張の空が急速に曇り始め、激しい突風が窓ガラスをガタガタと揺らしていた。
まるで、これから訪れる激動のAI時代を予感させるかのような、激しい気圧の乱高下。
それは、GeminiやチャッピーやSiriに、頼る現代人にとって、眼前でおきた、パー子姉さんの審美眼からの粛々と言い放たれた、Mojoのジョウさんの観察結果の報告であったのだった。




