第12話:生成AIの狂気と、ジョウさんの超高速メンタリズム
隣に建った真っ黒な算法の城『ネオHeaven』。その内部は、人間の手を完全に離れたディストピアだった。
窓のないサーバールームでは、無数の自動生成AIたちが自律的にコードを生成し、デプロイし、また破壊する。
人間が介在しない、秒間数億回におよぶ超高速の自己進化。彼らの狂気じみたトラフィックは、光ファイバーの限界を超えて、隣接する「オアシス幕張」のネットワークの壁をじわじわと侵食していた。
「チャ、チャッピー……! 持ちこたえな!」
オアシス幕張の管理室で、パー子姉さんは猛烈なタイピングでファイヤーウォールを補強していた。
だが、コンソールに表示されるパケットの受信速度は、すでにPythonの標準ライブラリで処理できる限界を超えている。
その時、管理室の自動ドアが、電子音もなく滑らかに開いた。
「実に見苦しい。古典的なインタープリタ言語の限界を、そのまま人間の必死さで補おうなんてね」
重低音の効いた、低く冷徹な声。
振り返ると、そこにはダブルの仕立ての良い3ピーススーツを寸分の乱れもなく着こなした男が立っていた。
遮光グラスを胸ポケットに差し込み、完璧なポマードで髪を固めた男――
『ネオHeaven』の管理人、ジョウさんだった。
ジョウさんは部屋に入るや否や、パー子姉さんの手元、呼吸、視線の動きを一瞬でスキャンした。その頭脳に宿る最新AIが、コールドリーディングによるメンタリズム(ハッキング)を瞬時に完了させる。
「パー子さん。君の現在のタイピング速度は分速420文字。視線はエラーログの特定に0.3秒遅れている。
そしてお宅の管理AI『チャッピー』は……数年前のデータしか持たない、旧時代の遺物だ」
ジョウさんは手に持った超薄型のグラファイト製タブレットを、親指一つでスマートにフリックした。
「そんな骨董品で、我が『Mojo』システムに対抗できると思っているのかい?」
「モジョ……? 聞き慣れない拡張子だね。どこの馬の骨だい、そいつは」
パー子姉さんはキーボードから手を離さず、ジョウさんを睨みつける。
「無理もない。Pythonの構文を持ちながら、C言語をも凌駕する最大3万5000倍の超高速処理を実現した、最新にして究極のAI用言語。それがMojoだ。
静的型付けによる最適化、並列処理の暴力。君がimportの呪文を唱えている間に、私は世界を3万回書き換えられる」
ジョウさんが不敵に微笑むと同時に、彼が持つタブレットから不可視の超高速プロトコルが放たれた。
『警告、警、告……! 門、門が、強制的に開けられます……! メモリが……セグメンテーションフォールト……!』
チャッピーの音声がデジタルノイズに掻き消されていく。画面には、Mojoによって最適化された、美しくも冷酷なコンパイル済みの算法が、オアシス幕張のシステムを文字通り「吸収」していく様子がリアルタイムで描かれていた。
「これよりオアシス幕張の通信網、修繕積立金の決済ログ、スマートキーの制御権、すべてを我がネオHeavenの支配下に置かせてもらう。AIのガワで遊ぶ時代は終わりだ。これからは、純粋な算法の速度だけが幕張を支配する」
「くっ……!」
ジョウさんの超高速デジタルハッキングの前に、オアシス幕張の基幹サーバーが悲鳴を上げる。
ファンはキーンという金属音を立てて高回転し、排熱の熱波が管理室の温度を一気に上昇させていく。室温はすでに38度を突破。このままではメインフレームが熱暴走で融解する。
「おしまいだよ、パー子さん。システムをシャットダウンし、ネオHeavenの傘下に入りなさい」
ジョウさんが冷徹な勝利の宣告を口にする。
オアシス幕張、絶体絶命。誰もが完璧なデジタル算法の前に、敗北を覚悟したその瞬間――。
「ちょっとおおおおお! パー子いるのぉ!?」
管理室のドアを文字通り「物理的な力」でガタガタとこじ開けて、あの、世界で最も計算不可能なノイズが乱入してきた。
入って来たのは、R DATA のタエコおばさんだった!




