ライデンと医師ラコル
シューエンが教会で暴れていた頃、ライデンは医師、ラコルのもとを訪れていた。
突然訪問したライデンへラコルは、一度は引退した身だと断ったが、話だけでも聞いてくれと頼みこまれ、切羽詰まった様子にラコルが折れ、とりあえず話を聞くことにした。
部屋へ通され、娘が亡くなってからのシューエンについて、ライデンは包み隠さず語った。
黙って話を聞いていたラコルは、真っ直ぐライデンを見つめて告げる。
「事情は分かりました。確かに奥さんは、なんらかの疾患を抱えている可能性があります。ただ、私では力になれません」
「なぜですか? 貴方は有名な医者だと聞きました。引退されたからですか? 領主の娘さんは診るのに? お金の問題ですか? お金なら何年かかっても必ず払いますから、どうか助けて下さい!」
「いえ、そういう問題ではありません。分野が違うので、力になれないだけです」
申し訳なさそうに言われるが、ライデンには意味が分からなかった。
「そうですね……。料理で例えましょう。料理屋と括っても、定食屋、菓子屋、茶屋等と、様々に分かれているでしょう? それと同じで医学にも分野があり、私は精神疾患について詳しくありません。だから、力になれない」
「では、誰に頼れば……。一体どうすれば……」
ライデンにとってラコルは、頼みの綱だった。それが期待通りにならず、項垂れる。
ラコルとしてもライデンから聞いた限り、このままでは彼が危惧している通り、娘にも影響が及ぶ可能性が高いと判断した。力になってやりたくなり、この町で頼りになる医者を教えることにする。
「私と交流のある医師を紹介しましょう。私からも力になってくれと手紙を書くので、少し待ってほしい」
ラコルはペンを取ると、紙に文字を走らせる。
(娘さんも辛いだろうが、彼も大分、追いつめられている。どのように患者と接すれば良いのか分からず、困っているのだろう。子どもがいなければ離婚し、奥さんを捨てても不思議ではない状況だ。逃げずに、家を守りたいという彼の思い、助けてやりたい)
住所を教えてもらい、手紙を受け取ったライデンは、何度も頭を下げながらラコルに礼を言う。
「そういえば、領主の娘さんは助かる可能性があるのでしょうか」
「まだ診察をしていないので、なんとも……。ただ、引退しても研究は続けていますが、特効薬や治療法が、今も確立できていない病気ですからね。まだ幼い娘さんだから、救ってやりたいと思いますが……」
弱々しい笑みから、望みは薄そうだとライデンは悟った。これ以上の追及は、ラコルを苦しませるだろう。
「そうですか……。領主様も娘を亡くされたら……。いえ、年齢順に人が亡くなるとは限らないと、頭では分かっています。それでも我が子を見送るのは、辛いものです。今でも薬を買えたら娘は助かったのにと、不運の年を恨めしく思います。そういう意味では、自分も妻と同じように、過去に囚われています」
「それを言うなら、あの年、我々は医師という肩書きだけで、なんら患者の力になれませんでした。不運の年、どれだけの患者が薬を買えずに亡くなったことか……。薬は原料がないと作れません。その原料が不足したせいで、助かる命が奪われたと思い出すだけで、胸が苦しくなります。医療行為は、慈善事業だけで行えません。分かっていても、やりきれないですな」
あごひげを撫でるラコルは、これまでも何人と患者を救えず見送った経験がある。その時の遺族の悲しみを目の当たりにし、もっと医学を発展させなければと思い、長年無我夢中で働いた。するといつの間にか、周りから優秀だと評価されるようになった。
でも実際は、リーレンを救う自信もない。そんな情けない自分が嫌になる。
人はこうして無力を感じる時、悪魔の書を頼るのかもしれないと、レックス領について初めて聞いた時に思った。
きっと悪魔なら、どんな病も毒も関係なく治せるだろう。レックス領では、一体どれだけの大人数が救われたのだろう。
(だが、悪魔の力を頼ることはできない。人は人の力で成長し、進化しなくてはならない)
ヴィネンと似た考えを持つラコルは、何度も頭を下げながら去るライデンを、姿が見えなくなるまで見送った。
(明日はリーレン様か……)
部屋に戻ると、手で顔を拭う。
(ヴィネン様なら、治療法がないと伝えても気丈に耐えられるだろうが……。リーレン様はまだ幼い。今はどんな状態だろうか。場合によっては、精神科医と協力する必要があるかもしれないな)
早馬で届いた知らせと、王都の医師の診断書へ改めて目を通し、明日に備えた。




