夫婦、それぞれの願い
夫に尾行されたと気がつかないまま、翌日もシューエンは本屋を中心に渡り歩いていた。根気よく一冊ずつタイトルを確認し、時々中身にも目を通す。
悪魔の書は悪魔を呼び出し、願いを叶えてもらう。だからきっと内容は、悪魔や願いといった単語が多いはず。いや、意外に堂々と表紙には『悪魔の書』と記されているのかもしれない。
あらゆる可能性を考えるが、存在については語り継がれているのに、その外観については語り継がれていないと、探し始めてから気がつく。
(なんで重要なことが伝えられていないのよ。使いたい人が困るじゃない。それに悪魔だって、書を使ってもらいたいはずよ。ならもっと分かりやすく、誰でも入手できるように努力しなさいよ)
心の中で悪態を吐きながら、本屋とは少し系統の異なる店に入る。
初めて入店したが怪しげな雰囲気のある店で、どう利用するのか不明な品も多く陳列されている。本もあったので手に取ってみると、幾つもの害のなさそうなおまじないが記されている。
ひょっとしたらこういう本の中に、悪魔の呼び出し方が紛れているのではないか。ざっと見出しを確認するが、それらしい単語は見つからない。大半は恋愛に関するおまじないばかり。どうやら若者や子ども向けらしい。
でも、こういったおまじないの本を取り扱っている店なら、悪魔の書について知っているのではないかと考える。
尋ねたいが、実行できない。
躊躇させる理由は領主の影響なのか、この地域は信心深い者が多いからだ。悪魔の書について話すことはあっても、利用したいと知られれば、周りからどんな目に合うか分からない。
だから亡くなった娘を取り戻したら、他所の地へ引っ越すと決めていた。
(これだけ探しても店にないということは、この町では悪魔の書を持っていても、表に出せないのかも。なにか暗号を伝えたら入手できるとか? 店員と親しくなれば、そういう話ができるかも。そうなると店へ通う必要があるから、長期戦になりそうね)
人との会話がすっかり不慣れになったが、乗り越えなければ娘を取り戻せない。そのためには、苦労を惜しまない。ただ長期戦を覚悟しても、一秒でも早く娘を生き返らせたい思いは変わらない。
◇◇◇◇◇
妻への不安が消えたと喜んでいるライデンは仕事の休憩時間、いつものように昼食を取りながら、同僚と話していた。
「聞いたか? 今度この町に、領主の奥さんと娘の一人が滞在するそうだ」
「へえ、珍しいこともあるもんだ。なんでまたこんな田舎に」
この町の先に別荘を持つ領主は年に一度、そこを訪れるためにこの町を通る。その時に数刻立ち止まり、町長といったお偉方と話していることは大勢が知っている。だがライデンの記憶の中で、この町へ領主一家の誰かが滞在したことはない。
皆で珍しい、なぜだと話していると、話をふってきた男が教えてくれる。
「なんでも娘の一人が不治の病に罹ったらしい。今は引退してこの町に隠居している名医を訪ねてくるそうだ」
「そりゃあ、かわいそうな話だ。領主の娘っていうと、まだ子どもだろうに。いくら金があっても、治せなければ意味がないな」
同僚たちの会話を聞きながら、そんな人物がこの町にいたのかとライデンは驚いた。
もしその人物に診てもらえたら、娘は助かっていたのだろうか。いや、そもそも金があれば薬を買え、命は助かっていた。
もし、娘が生きていたら……。
(貧しくても、四人で笑って過ごしていただろう……。シューエンだって……)
そこではたと、ある可能性に気がつく。平静を装いながら、何気ない風に尋ねる。
「その医者ってのは、どこの誰なんだ? なにかあった時、頼りにしたいから教えてくれよ」
名医なら、妻の心を治せるのでないか。期待を抱いた。
シューエンと違いライデンは、端からなにかを望むのに悪魔の書を頼る発想がなかった。
もし彼も悪魔の書を頼ろうと考えれば、夫婦で協力できたのかもしれない。




