似ている二人
「悪魔の書って」
思わず、シュールは吹き出す。そんなの、子どもでも本気にしない。だが、リーレンの顔は真剣だ。それが事実だと物語っている。
「……え? ママは本気で? 実在するかどうか分からないモノを、欲しがっているの?」
「はい。ご存知ありませんか? 不運の年と呼ばれた当時、ある領主が悪魔の書を使い、領を救うという願いを叶えてもらったのです。悪魔の書は、実在します」
「本当に?」
子どもたちの間では、レックス領の話はそこまで広まっていないので、シュールには初耳だった。
「ええ、教会も認めています」
悪魔の書が実在するとは、にわかに信じられない。さらに思いがけないことを言われる。
「シューエンさんは悪魔の書を使い、亡くなった娘さんを蘇らせたいのです」
「……は?」
一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思い、リーレンの言葉を理解するのに、時間を要した。
亡くなった妹を蘇らせる? そんなこと、できるの? 悪魔の書は、そんなことまで叶えられるの? それより、それは許されることだろうか。なぜ? なぜ死人を生き返らせる?
ぐるぐると様々な疑問が頭をかけめぐると同時に、理解できない。
「同じ貴族だからというだけで、母が悪魔の書について知っていると思いこまれています。悪魔の書を使い、私を助けるに違いないとも考えており、見張っているのです。もし私の病気が治ったら、悪魔の書を使ったと、母を糾弾するでしょう」
どういう表情を作れば良いのか分からないし、口も開けない。
信じられない内容だが、また妹なのかと思う。さらに、どこかふに落ちるのが、余計に嫌な気分とさせる。
妹が生まれてから、どうしても母はそちらに手を焼いていた。仕方がないとはいえ、寂しかったが、妹が嫌いではなかった。生きていた頃は、母も笑顔で自分を抱き寄せてくれていたし、一緒に寝たり、寝物語を聞かせたりしてくれた。
我慢することはあっても、愛されていると感じていた。
ところが妹が亡くなった途端、母の中で、娘は一人になった。自分は母の眼中に、入らなくなった。
(もし、本当に生き返ったら……。ママは、どうするの? 悪魔の書を使ったなんて町の人に知られたら、大変なことになるのに……。まさか、妹と二人だけで逃げるの? あたしとパパを置いて、どこか遠くへ行くの?)
まだ絶望には底があったのだと、思い知らされ、変な笑いが出そうになる。笑いを我慢したせいで、声がうわずる。
「あ、あんたのお母さんは、悪魔の書を、本当に、知らないの?」
「知りません。我が一族は神を強く信仰し、教えに背くことはありません。ですから、悪魔の書を手に入れるなんて、考えたこともありません。仮に入手できても、使用しません」
「本当に?」
疑いの目を向けられるが、はっきりと否定する。
「悪魔の書を持っていたら、私はこの町に来ていません。なにより我がホウネル一族は、悪魔の手を取る真似は行いません。噂になっていませんか? 病気になった領主の娘が、医師を訪ねて町に来ると」
「それは、聞いたことがある」
友人たちと遊んでいた時、そんな噂を誰かが言い出し、皆で話した。
「お嬢様、病気で死ぬの?」
「お金持ちでも、治せないことあるんだ」
「だからお医者さんに会いに来るんでしょう?」
不運の年の影響により、金を払って薬を買えれば、どんな病気でも治ると誤解している子どもが増えており、誰も突っこむことはなかった。
シュールもその一人で、町に来たのは、有名な医師が作った薬を買いに来ると誤解していた。
「でも、薬を買えば、治るんでしょう? お医者さんから薬を買いに来たんじゃないの?」
「薬で治らない病気もあります。私は、治療方法のない病に罹り、もうすぐ死ぬと言われました」
改めてリーレンを見る。色白だが咳きこんでいないし、病人らしくない気もするが、先ほど、顔をうずめていた姿を思い出す。
「だからシューエンさんは、悪魔の書を使えば自分の願いも、私の病気も治ると考えています」
「え? 本当に、治らないの?」
「治りません。先ほど、医師に告げられました。今の医学では、この病を治す方法はないそうです。私は近いうちに、あの世へ旅立ちます」
「え? 本当に? なんで? そんな……。だって……」
だって今、こうやって自分と普通に話しているではないか。そう言いたいが、口にして良いか分からないせいで、言葉が出てこない。
「これ以上の長距離の移動は危険だと言われました。私は家族と離れたこの地で、生涯を終えます」
「家族と離れる? なんで? お母さんと一緒に来たんじゃないの? 領主夫人と娘が来るって、そう聞いたよ」
「ええ、母は領主夫人です。夫人としての仕事があり、私にだけ時間を割くことはできません。数日後には、町を発ちます」
「なにそれ、おかしいじゃん! 領主様もなにしているか知らないけど、なんでそんなことになるの? 家族なのに、変だよ! なんでそんな……。寂しいじゃない……」
シューエンと似たようなことを言われるが、違うのは、本気であり得ないと怒ってくれ、気持ちに寄り添ってくれていると伝わっている。だから、琴線に触れた。
「私だって……」
か細い声が出る。
「家族と、離れたくないと……。どうせ死ぬのなら、家族のいる家が良いと……。そう言って……」
止まっていた涙が、また零れてくる。
「……あんた……」
「でも、この町の先生なら、もしかしたら治してくれるかもって……」
ぽたぽたと垂れる涙を、リーレンは拭わない。それは痛々しく、シュールの心まで苦しくなる。本当はこの町に来たくなかったのだと、伝わってきたからだ。
「父、弟、妹とは今生の別れとなり……。この町に、来なければ……」
「……あんた、名前は?」
「リーレン……」
「そう、リーレン様。なんかあたしたち、ちょっと似ているかもね」
「似ている?」
ハンカチを鼻に当て、鼻水を拭う。
「うん。本当は母親に見てほしい、家族と笑って過ごしたいって思ってる所がね。あたしもママにまた抱きしめてほしいけれど、叶いそうにない。リーレン様だって、ママに離れてほしくないんでしょ? それを我慢してさ……」
シュールは足をぶらつかせ、リーレンと視線を合わせないまま、本音を吐く。
「我慢……」
「うん、我慢。あたしたち、我慢しているよ。リーレン様は家族と離れたくないって言ったのに、この町に来たんでしょう? あたしは妹のことを考えろって、毎日のように言われる、ママはあたしが幸せになることが許せないみたい」
「そう、ね……。私たち、お母様に……」
二人の目から落ちる涙は止まらない。
しばらく二人の泣き声だけが、室内に響いた。
愛してくれていない訳ではない。でも、自分を優先してほしい。もっと自分に構ってほしい。願いが、声が、届かない。我慢して耐えても、報われない。
仕方がないと言い聞かせても、寂しい。
ああ、そうだ。確かに似ている。私たちは似ていると、リーレンは泣きながら思った。
令和8年10月3日(土)
お読み下さりありがとうございます。
公募に出すと無茶をしたので、ちょっと今、崩れた体調を優先させています。
各長編作品、更新頻度が落ちます、すみません。




