シュールとリーレンの出会い
三人組のことがあったので人目を気にし、なるべく知り合いに会わないように確認しながら、裏道を走る。領主親子が滞在する館は、この町で一番立派な屋敷だと聞いているので、場所は知っている。
館は普段、人が住んでいない。たまに手入れのために大人たちが訪れているが、この数年で館に入る抜け道が見つかり、子どもたちはこっそり庭に忍びこみ、大人に見つからないように窓の向こうの美しい調度品を眺めては、感嘆の声を上げていた。
シュールもその一人で、美しさに魅入られたのもあるが、大人に見つからないように動く緊張感。見つからず帰る達成感も手伝い、何度も足を向かわせていた。
抜け道は裏通りに面しており、護衛の姿が少ない。さらに木陰も多く、茂みに隠れる。人がいなくなるのを見計らい、進む。何度も来たことがあるので、迷うことはない。
だが、肝心の領主の娘がどの部屋にいるのか知らないと気がついたのは、庭に忍びこんでからだった。さすがに館の中には入れない。どうしたものかと悩みつつ、こっそりと、一つ一つ窓を覗く。
調理場といった場所は関係ない。滞在するということは、生活を送るということ。つまり、ベッドがある部屋と、予想する。一階でベッドのある部屋は絞られる。しかし二階、三階はどうだろうか。さすがに誰も覗いたことがないので、分からない。
(もし上の階にいたら、会えない)
どうか一階にいてくれと願いながら覗いていると、そんなに自分と年齢の違わない少女がベッドの上に座り、足に顔をうずめていた。
(もしかして、この子?)
よく分からないが、泣いているように見える。
だけど母を奪われたくないシュールは、大胆に動く。窓をノックしたのだ。
リーレンは突然の音に驚き、身を震わせる。濡れた目のまま顔を上げ、恐る恐る音の聞こえてきた窓の方を見れば、見知らぬ女の子が立っていた。
どうやって忍びこんできたのだろう。髪や服に、草や葉がついており、どこを通ったらこんな状態になるのか、見当もつかなかった。
冷静ではないリーレンは窓を開け、誰かと尋ねる。自暴自棄になっており、どうせ死ぬのなら、なにも怖くなかった。
「あんたが領主の娘さん?」
なぜか敵意をこめた目を向けられる。
「そうだけれど……。貴女は誰? 私になにか用でも?」
「あたしはシュール。ママの名前はシューエンと言えば、分かる?」
リーレンは驚き、目を見開いた。
そうか、この子が母から聞いていた、生きている姉。こうして突撃してくる所は、親子だなと思う。しかし、なぜ睨まれるのか見当がつかない。この子も悪魔の書を欲しているのだろうかと、警戒しながら答える。
「ええ、教会でお会いしたわ」
「あたしから、ママを奪わないで!」
一体なにを言われているのか、リーレンには意味が分からなかった。シューエンが執着しているのは悪魔の書であり、自分ではない。この子は、なにを誤解しているのだろうと、混乱する。
「どうしてそんな……。誤解よ。シューエンさんは、私には興味がないわ」
「嘘よ! 町で噂になっているし、先生だって……。先生が……っ」
ぽたぽたと大粒の涙が落ち、シュールは嗚咽を漏らす。
シェーンは可能性の一つを口にしただけで、絶対の意見ではなかったのだが、今のシュールには、それが事実になっていた。実際、妹が亡くなってから、母の温もりに飢える生活となり、もう耐えられなくなっていた。精神が崩壊寸前だった。
「ママは……。ママはもう……。あたしのこと……」
どうでも良いのかな。嫌いなのかな。
何度同じことを考えただろう。でもけして、口には出さない。もし口に出してしまえば、認めてしまうことになりそうで、怖かった。
妹が亡くなって以来、母の自分への態度は酷いと分かっている。妹が亡くなってショックを受けているのは分かっていたので、黙って見守ってきた。いつか以前の母に戻ってくれると信じ、耐えていた。それなのに、シェーンの言葉を聞き、限界を迎えた。
リーレンは泣くシュールを見つめる。
虐げていると誤解されるような態度を取っていると、報告を受けている。よほど我慢しているのだろう。初めて会う自分だから、こうして泣くことができているのかもしれない。だからこそ、余計に誤解を解く必要を感じた。
「シューエンさんの様子がおかしいことは、私も母も感じています。ですが、シューエンさんが執着しているのは私ではありません。しかし、なぜこの館を見張っているのか。その理由を知っています。知る覚悟はありますか? 驚く内容で、聞きたくなかったと思うかもしれませんが」
「なにか知っているのなら、教えて……」
リーレンはこっそりとシュールを部屋へ招こうとするが、窓から部屋に入ると言われ、驚く。
止める暇もなくシュールは慣れたように窓の枠に両手をつけ、体を持ち上がらせると片足を壁に、もう片方をさらに持ち上げ、枠にかけると全身を上げる。そうやって難なく部屋に入ってきたが、女の子がこんな動きをすることを見たことがなく、リーレンは驚き、余命宣告の衝撃が消えた。
「今の動きは?」
「え? ちょっと高い位置に上ろうとした時に、よく使うでしょう?」
シュールもシュールで、彼女はなにを驚いているのかと、首を傾げる。
「そんなはしたないこと、やらないわ」
「そうかな。皆、やっているよ?」
当然だと言わんばかりに言うシュールは泣き止み、初めて入った室内をじろじろと見まわす。窓越しで見るよりも、豪華だ。窓からは見えなかった所も見え、つい感嘆の息が漏れる。
「すごい、綺麗な部屋……。お姫様の部屋みたい」
リーレンにとっては、どちらかといえば質素な部屋なのだが、彼女にとっては違うらしい。初めて二人だけで接する平民の女の子。住む世界が違うとは言うけれど、こんなに認識が違うのかと驚く。
両親はこれらを加味し、領を回しているのかと、改めて尊敬する。
物珍しいと部屋を見回すシェールへ、座るようにソファをすすめる。
座った瞬間、なぜか飛び上がるので、つられてリーレンの肩も大きく動く。
「ど、どうかされましたか?」
「えっと……。慣れない感触で、驚いて……」
気恥ずかしいまま、改めて着席するが、どうにも落ちつかない。こんなに柔らかい物体に座ったことがないので、どうして良いのか分からく、お尻をもぞもぞ動かすが、リーレンは気がつくことなく話を進める。
「さて、本題に入りましょうか。貴女のお母様が私の母に近づいた理由は、ある目的からです」
「目的?」
家で妹との思い出に浸ることが多いのに、なにをと、怪訝な顔を作る。
「それは、悪魔の書を入手し、願いを叶えてもらうことです」




