二人の医師
館で母親がシューエンと対峙している頃、リーレンはラコルの家を訪れていた。
初めて会う医師は優しそうな目で、リーレンを迎えてくれた。
寝台に寝かされ、診察を受け始めるとラコルの目は、打って変わって真剣なものになり、挨拶をした時からの豹変に驚いた。
(真面目そうな先生で良かった。安心して任せよう)
腹をくくったリーレンは、両目を閉じた。
診察を終え、ラコルは悲しげな目で、寝台の上で目を閉じているリーレンを見下ろす。
詳細はこれから調べるが、事前に届いていた内容よりも、病は進行していると言って良いだろう。
(子どもだから、病の進行は早い。容体が急変するのか分からない。いつ寝たきりになってもおかしくない)
告げれば、ヴィネンなら気丈に振る舞うかもしれないが、それでも宣告するのは辛い。こんな町まで自分を頼ってきたくらいだ。よほど、娘を助けたいと伝わってくるから、余計である。頼られても助けられない事実に、心が沈む。
だが今はそれを隠し、リーレンへ優しく声をかける。
「もう目を開けて大丈夫ですよ。起き上がれますか? 血液検査の結果は、また後日伝えます」
なんの味もない白湯を渡す。それに文句を言うこともなく、リーレンはゆっくりと口にしてから、尋ねる。
「先生、私の容体ですが……」
「うん。倒れるまでに、なにかおかしいと思ったことはありませんでしたか? いえ、これは責めているのではなく、問診です。容体を結論づける前に、あらゆる面から調査しなければなりませんから」
「そう、ですね……」
リーレンは目を伏せる。思い当たる節があるようだと、ラコルに伝わる。
「ただの疲労だと勘違いすることは、誰にでもあります。まして、大きな病気だと疑う人の方が少ないでしょう。それにご両親はお忙しい身、お話するほどでもないと考えて、仕方ありません」
「……疲れやすいような、そんな感じはありました……」
例え体調不良を訴えていても、この病に現在、完治させる治療法はない。初期だと別の病気だと誤診される可能性もある。どのみちリーレンは、短命という運命だったのだろう。
(運命か……。運命だとすれば、なんと残酷な……。自分は老いるのに、幼い命が消えることに、まだ慣れない)
「先生、もし私が治らなかったら……。最期は苦しむのかしら」
「……辛いと訴える患者は、多いです」
この聡明な子に嘘は通用しないだろうと思い、これまでの経験から得た見解を答える。
「そうですか……。私、耐えられるのかしら……。見苦しい姿をさらすのかしら……。先生私、最近自分の子どもの死により、恐ろしくなった人に出会いました。両親もああなったらどうしようと、死ぬこともですが、それも恐ろしいのです」
冷静でいるように見せているが、あらゆる面で死を恐れているようだ。今はそこを追及することなく、伝える。
「我が子を亡くすのは、親なら誰もが辛いものです。自我を失う人も珍しくありません。しかし貴女のご両親は、強い方です。そんなことには、ならないでしょう」
リーレンが誰のことを言っているのか分からないが、彼女の目に怯えの色が見える。よほど恐ろしい人物だったようだ。
ふと脳裏に、昨日の今日だからだろうか。ライデンの顔が浮かぶ。まさかそのライデンの妻が、リーレンの言う人物とは、ラコルは思いもしなかった。
(多くの親が嘆き、死という現実と向き合う時間がかかる。領主夫妻も表面では強く振る舞っても、裏では涙を流すことだろう)
そのヴィネンが現在、シューエンと向き合っていることをラコルは知らない。ただ急ぎで人と会うことになったとしか、聞いていなかった。
◇◇◇◇◇
「ラコル先生からの紹介状ですか。なるほど、お嬢さんを亡くされてから、奥様の様子が……」
医師、シェーンは改めてライデンに詳細を語るように告げる。
ライデンは昨日と同じ内容を、シェーンに伝える。二度目なので、今回は流暢に説明をすることができた。
「患者本人と話してみないと断言できませんが、治療を受けるべきでしょう。ただお話を聞く限り、病院へ連れて行くと言い、大人しく従うとは思えませんが、その辺りはどうでしょうか」
「はい、その通りだと思います」
ライデンは素直に認める。
シェーン自身が訪問する手もあるが、どうやって知り合った。自分は何者なのか。それを上手く伝えなくてはならない。そして信頼関係を築き、本音を語っても良い相手だと、シューエンに認められる必要がある。
「こういう病気では、患者と医師の信頼関係はもちろん、性格の一致、不一致があります。奥様に私が信頼できないと判断されれば、そこで私の出番は終わります。そのことをご理解下さい」
正直に必ず治せると言われるよりも、失敗する可能性がある。それはこういう理由からだと、説明してくれるシェーンにライデンは好感を抱いた。
(ラコル先生といい、良い医者がこの町には何人もいるんだな……。時間が解決すると思わず、もっと早く動いていれば、二人を苦しませることもなかったかもしれない)
過去を悔いるが、今からでも遅くないと、ライデンはシェーンとこれからについて話をする。
その頃、シューエンが狂気を爆発させたことを、二人は知らない。




