下
「えっ!? お、俺??……」
「賢人、お前、ナレーターだろ」
「まだ途中よ。やめたら罰ゲームよ」
俺は、本当は、もうこんなゲームどころじゃなかったが、しかたがない、一度やると言ったことは、やり遂げないといけないのだ、と思った…………
「ほら、ナレーター」
俺は、突然、美しい女性から告白されて、狼狽した……
「賢人くん、続けて」
そして、ジロリと新婚夫婦を睨んでから、次に、じっと返事を待つ美月を見た。白いワンピースにつつまれた可憐な女性は、俺の口から出てくる言葉を畏れつつ、すべてを受け止めようと待っていた。そんな彼女を見て、俺は彼女がいじらしく、そして愛らしいと思ってしまう。
が、俺は女性と付き合うことはできない。死ぬまで一生だ。
彼女の顔がくもる。それを見て、俺の心が痛む。しかし、その決心を変える事はできないのだ。
「賢人と僕は、死ぬまで親友だと誓い合った仲じゃない。こいつは自分の好きな女性が、自分以外の男と結婚するために、親身になって働いてくれなかった。密かに華を愛していなかった、馬鹿な浮気男だ」
幸夫の台詞は、俺に怒りと羞恥の感情を生じさせた。こいつはなぜ、俺の秘密を知っているのか。俺は、むかし、華に恋をして、心の中で愛を誓った。そのあと華と幸夫の関係を悟り、親友のために、この身を退いたことは、誰にも言っていない。
幸夫は、なぜそれを知り、なぜ今ここでそれを口にするのか。
「賢人くん、わたしたち、あなたに感謝してるわ。あなたのお陰で、わたしたち結婚できたんですもの。隠そうとしたって分かるわ。わたしたち、今度は、あなたに幸せになってもらいたいの」
華と幸夫は、俺を見て微笑んだ。
俺は幸夫と華が好きだ。彼らに幸せになってもらいたかった。彼らが結婚して、それは実現した。
だが、俺は絶対に心変わりしないと誓ったのだ。誓いを破る男なんて男じゃない。
「賢人くん、美月はあなたの一途で真面目なところに惹かれたの。お願い、彼女のためにも、いい返事をしてあげて」
「賢人、絶対に美月さんと付き合うな! 付き合ったら絶交だからな!」
「絶交したら、一生親友って誓いを破ることになっちゃうわよ」
卑怯にも、ふたりは俺を脅迫しはじめた。それが親友のすることか……
「お前、美月さんのこと、嫌いなんだろ。ナレーションでバレバレだったもんな」
そんなことは言っていない。が、ふと、目の前に正座している美月を見ると、彼女の顔に期待の色が浮かんでいた。可愛らしい顔だ。まるで野に咲く一輪の百合だ。白いチューリップだ。
彼女の頬は、みるみる桃色に変わる。なんて美しいんだろう。白い服に、紅潮した顔。まるで火のついた蝋燭……
「デートぐらいしてもいいんじゃない? ね」
華は言った。たしかに美月は魅力的だ。以前、幸夫と華を結び付けるため、俺は彼女と協力したことがあった。そのとき俺は、彼女の優しい思いやり深い心を知った。彼女は天使だ。恋のキューピットだ。男なら誰だって彼女に恋する。しないはずがない。
だが、断わる。
俺は自分の誓いを破らない。誰も見ていなくても、たとえ神が見ていなくても、俺は俺の生き方をつらぬく。たとえ生涯独身でも、俺に悔いなどないのだ。
遠くの空を見る。近くのケヤキの梢からヒヨドリが飛び立った。それともあれはホトトギスだろうか。その鳥は羽ばたいて、どこへ行くべきか迷っているように見えたが、そのうち南の広場の入り口の方へと消えて行った。
ふと気付くと、幸夫と華の姿は消えていた。可憐な美月だけ、ぴょこんと座って俺を見ている。ピクニックシートの上には、サンドイッチの詰まったバスケットと魔法ビン、四人分の紅茶の入った紙コップ、くじの割り箸、そして幸夫のコインケースが残されていた。
「あれ? 幸夫と華さんは?」
「あの……、走って帰りました」
「あ、そう……」
「どうしましょう……」
「どうするって言ってもね」
「とっ、とりあえず、お昼にしませんか!?」
彼女は、急に手を合わせて、元気そうにふるまった。
「まあ、腹も空いたし、そうしようか」
「あの……、わたし、今朝、ジンジャークッキーを焼いてきたんです」
「え? 俺、それ大好きなんだ」
「知ってます……。あ、あの……、よかったら、サンドイッチの後にでも」
「今、一枚いいかな」
「ええ!! どうぞ!」
彼女は嬉しそうに、紙袋からクッキーを取り出して、俺に差し出した。彼女の視線を感じながら、それを齧ると、サクッとした触感。焼きたての香ばしいバターの香り。それはまるで北極の氷山を溶かすような甘さで、そして寒さでグリスの凍った時計が再び動きだすような味だった。
小鳥たちが集まってきて、クッキーが欲しいのか、芝生の上でぴょこぴょこと踊る。やさしい太陽の下、柔らかい風が、彼女の髪をふわりと揺らした。その美しい髪は、春の小川のようにきらめき……
「あの……、賢人さん」
「なんだい?」
彼女は躊躇いがちに、正面から移動してきて、俺の横に並ぶように座る。そして俺をチラッと見てから、恥ずかしそうな困ったような顔をして言った。
「その……、もう、ナレーションしなくていいんですよ……」
ひさしぶりのショートショート。
読んでくださり、ありがとうございました(#^-^#)
お話の中には、ある有名な和歌が隠されています。
(それがこの作品のモチーフ)
見つけてくださると嬉しいかな……
(#^.^#)W