8-6.草里楓
「信じられないかもしれないけれど、わたしはもともと、ピエロ斬りの才能で学園に入ったわけじゃないんだ。聞いてる、ソラミミ?
いつか、前にも少し話したけど、わたしの実家は山の麓の葡萄作り。わたしは暗くて、友達のいない子だった。
そんなわたしにも一応、才能はあった。それは、雲の集落からやってくる子たちが見えるというだけの才能に過ぎなかった。ときどき、山の麓に下りてきたんだ。暗くて、友達もいなかったわたしはその子たちと友達になった。
まだほんの小さな子どもだったわたしのいうその子たちのことを、大人はだれもわかってくれなかったし、近所の子たちも、わたしがうそを言っているとばかにしたり、見えもしないものが見えるといって恐れたりした。わたしはいじめられっ子だったよ。
それだけならよかった。
だけど、わたしの大事な友達だったその雲の集落の子たちが死んだときに、その悲しみまでもだれも理解してくれなかったことは、悲しくて、悲しくて、どこにその悲しみのやり場をやっていいのかもわからなかった。
それからわたしには、パレードが見えるようになったの。はっきりと、鮮明にね。パレードの音楽だって、けたたましくわたしの頭のなかで鳴り響いたよ。わたしのあの子たちを返してと、わたしはパレードを追いかけていった。わたしはパレードに捕まった。
わたしはわたしでなくなるくらいに、ぐつぐつとわたしのなかが掻き回されるのを感じた。わたしのなかはパレードに犯されまくってしまったのよ、そのときに、そのぐつぐつ渦巻くものが爆発して、わたしはパレードを吹き飛ばしていた。飛び散ったピエロの死体を、踏み消すようにぐちゃぐちゃにすり潰してたっけ。
その後のわたしは廃人のようになってしまい、最初は病人として、この学園のある地方に連れられた。学園の病院でしか手に負えない状態になっていた。パレードに捕まって戻ってきた子というのは稀有な存在で、とても不幸な存在であり、同時に、彼ら学園の医者連中にとってはかっこうの研究材料だった。わたしは奇跡的に、勿論あいつらが研究材料を死なせないため丁重に治療はしてくれたため、一命はとりとめた。屈辱の日々だった。わたしは身体の隅から隅までだけじゃなく、あいつらの介入できる夢の領域の隅から隅まで調べられ、弄くりまわされた。
わたしは九つのときにはピエロ斬りを握らされた。わたしは戦った。パレードが死ぬほど憎いのには変わりはなかったしね。何度も死にそうな目にあったけど、学園の医者どもの操り人形になって、戦ったよ。操り人形になることにも、慣れていった。いつか、ぶっつぶしてやろうって思いまでは、知られないように。けどそれもその内に、どうでもよくなった。戦うことで、気は紛れていった。
……わたしはあるとき、一度だけ、奇妙なパレードを見たんだ。そいつらには、見覚えがあった。
どうしてなんだろうね。けど、結局そいつらをそういうふうな形で出てこさせてしまったのは、わたしのせいだったのかもしれない。わたしにはそのとき、否定することしかできなかった。神や仏なんかじゃないんだ。人は、荒ぶる。だから、パレードはなくなりはしない。じっと耐え忍ぶこととか、優しさを忘れないでいることだけが、いいこととは思わない。人を気高くさせているのは、そういうものだけじゃない。
だからわたしは怒り、泣き、悲しみ、パレードを潰しつづけてやるんだ……それが、わたしたちから生まれるものであっても。
わたしたちの喜びや幸せの感情の、成れの果ての姿だったとしても」




