8-4.シントーハのメリーゴーランド
奇乃が光を放ち、警戒を行いながら先頭を飛ぶ。
それに続いて、わたしは草里と並び、空を駆ける。
「草里あなたも、恋慕なんて感情を抱いてたんだね。総之上さんが好みだったの?」
残った戦闘班が後ろに続く。茄場、久保田、ぽかんとした顔のまま総之上。
「うん……でもわたしにはやっぱり、ソラミミしかないから……」
「あ、あはは。そうなんだ。……」
空は、段々深みを増していく。
あれ以来、どれだけ飛んだだろうか。何かが行く手を阻むことは、なかった。
蛭賀、馬場を失った。シントーハに辿り着いたとして、上手く、少なくとも本隊である天使の群れを呼び戻すほどの打撃を与えられるのか。
すでに、シントーハの近海に入っていると思われた。
禍々しい夜明か日没の海のような、それでいてどこかに堪らない沁み込むような暗さのある深い空。
「いよいよ、か……」
深い深さの果て、蜃気楼のようにちらつく巨大な遊園地の影が見えてくる。
強力な吸引力を感じる。
これは、ゲートホールを通るときの感覚。吸い込まれる。
「気をつけろ!」
奇乃が叫ぶ。
「あそこに見えている遊園地一点を目指せ。中心を強く、意識してくれ。途中で、振り落とされるな!」
ゲートホールを通るときより数倍、凄まじい高速度。頭のなかが、嵐のよう。思考が、感覚が、乱れる。完全に、視界が途切れた。
何も、見えなくなってどれくらい経ったろう。
わたしの足は、確かに地を踏んでいる感触。
着いた……ここが。
黒のなかに沈んだ、巨大な影絵の遊園地。
「皆、いる?」
そう離れていないところに、しゃがみ込んだり倒れたりしている人影が見える。地上にも上空にも霧が出ている。霧までも、影絵の黒。
数は、わたしを含め六人。皆、ゆっくりと立ち上がる。
「無事……のようね」
「怪我は、ないな」
「よく辿り着けたもんだな」
「想馬、よくやってくれた」
口々に無事を確かめ合う。全員の声を確認した。
「ソラミミのおかげだわ。ソラミミの気配は、途切れることなくここまで続いていた」
ここにも薄っすらとその気配は続いている。けど、どこか薄れて拡散しているように思った。
ソラミミは、いるのだろうか。
「これから、どうすればいい?」
「ここで最後の一暴れをすればいい、ってことだよな?」
「敵はどこだ? 気づかれていないのか」
総之上、茄場、久保田らはすでにピエロ斬りを抜いている。
「奇乃? 敵は」
奇乃は着地に失敗したのか、いちばん最後まで起き上がらず呻いていたが、
「うぅむ……そうだな。見たところ、こちらに向けられている敵意は感じない。まだ気づいていないのでは?」
気丈に答えた。
「なるべく、中心へ近づきましょう。そもそも天使の住まうのはシントーハのメリーゴーランド、と呼ばれている。どこかにあるはず。いや、おそらくこの遊園地のいちばん中核に。行きましょう。そこまで……」
わたしは先陣を切って霧のなかへと踏み出す。奇乃は体力を消耗している。わたしが導こう。
草里が、並ぶ。
「ソラミミも、いるのか。そこに」
「……わからない。いたとしても、これまで通りのソラミミかはわからない。あの子の気配には違いないけど」
「わかった。もういい」
草里は先へ進んでいく。
「離れないで! あまり離れると危険よ」
「そんなこともわかっているよ」
なるべく距離を置かずに、固まって歩く。
辺りは静けさに支配されている。
全てが黒のなか、ところどころに、奇妙なまでに色鮮やかに映えた、大きな花が咲いている。人を丸呑みしそうなほどの花弁。道行くわたしたちの方を、見ている。
気味が悪い、だけど、とても美しいところ。
「奇乃はああ言ったけれど、おそらく敵がわたしたちに気づいていないってことはないでしょうね」
わたしは独り言のように、皆に向けて呟く。
最後尾にいる奇乃にも聞こえているだろうが、何も言わない。もうわかっているはずだ。
「シントーハのメリーゴーランドに着けば、どうせ集中攻撃を受ける。ばらばらに散らずに、一気に中心へ攻め込みましょう。なるべく敵の核を突いて、致命傷を与える」
随分歩いた。足取りが、重くなる。中心に来ている。
黒い霧が厚く渦巻くその中心、それはピタリと時を止めている、メリーゴーランドであった。
メリーゴーランドがゆったりと、廻り始めた。




