8-3.夢領域の戦闘
決死隊のメンバー各々が、準備を終えた。
「想馬。じゃあ、頼む」
草里が、軽くそう言う。緊張は感じられない。他のメンバーも意を決している顔つき。
「わかったわ。皆、円の内側に集まって」
わたしは、魔法陣を描き、ソラミミの夢のあの感覚を、思い出す。
少し寒くて、少しだけ風が吹いている。少しだけ懐かしいような、それでいて見知らぬ場所。どこまでも続いていく、空。その空の向こうに……
「行きましょう」
皆はただ、頷いた。
夢に着くまでは、数秒だ。この力はゲートホールと原理はほぼ同じ。ゲートホールの方が安定しているけど、準備に時間がかかる。急ぐ必要がある今は、これしかない。
暗い筒状の通路を、飛ぶように、高速度で駆け抜ける。
少し飛ばしているけど皆、付いてきてるよう。
だけど、何だろう。違和感がある。何かが、紛れ込んだ? 夢の領域からの漂流物なら問題はないんだけど。
さて、夢に到着する。
気づくと、宙に浮いているメンバーたち。
空が一面に広がっている。四方どこを見渡しても、空。
何となく、他人の夢に土足で何人も人を入れたことに、申し訳なさを感じる。けれど、今は仕方のないこと。ソラミミごめんなさい。
草里は胸に手をあてて、ゆっくりとこの空の空気を吸い込んでいる。
「ソラミミ……ここが、ソラミミの空なんだな」
目を閉じて、もう一度ゆっくりと息を吸い込む草里。
「草里楓。感慨も程々にして、今は急ぎましょう」
「わかっている」
皆も、これまで目にしたことのない夢の風景に己を馴染ませ、周囲を確認している。
「おい! 想馬ぁ」
いちばん最後に夢を抜けてきた茄場が何か叫ぶ。
「あいつら!」
茄場が指差す、彼の更に後方から誰か来ている。二人。追ってこれた、ってこと? 組織の人間か。誰だ。
二人は、学生服を着ている。
かなりの速度で夢を飛んでくる。学園の生徒……ソラミミか草里の知り合い?
「皆、後ろから誰か来ている! わたしが飛ばした者じゃない。距離を取って!」
わたしの呼びかけに、戦闘班は即座にそれぞれの配置に付いて構えた。
「待って!」
草里が、皆を制する格好で、前に出る。追ってきた二人に向き直り、
「あなたたち……蟻江、それに香鳥か!」
二人はわたしたちに十分な距離は置いたところで、止まり、こちらを見渡す。二人の背には、ピエロ斬りがある。
「草里、あなたの知り合いなの? 説明してちょうだい。どうやってわたしのゲートに……あっ」
草里は、躊躇いなく二人に近づいていく。
「想馬。この二人は、最も信頼に足る部下だ。しばらく離れていたが……」
二人は、再会を喜ぶように両手を広げ、
「草里さん!」
「草里さん。わたしたちも、行くわ!」
草里を迎える。
「ちょっと待って、草里……」
敵対心は、感じられない。しかしこんなことはあり得ないのだ。罠だ。
「蟻江、香鳥。学連から逃れてくることができたのか」
「ええ。あのあと、学連に一時拘束されてしまったけれど……」
「今回の、シントーハ行きの戦力に少しでもなれるよう、お願いして出させてもらったの」
「そうだったか」
「行きましょう、草里さん!」
「草里さん。また一緒に戦えて嬉しいわ!」
わたしは五感を研ぎ澄まし、周囲を見渡す。何らかの力が働いているのなら、見破らなければ……
「おい、想馬」
蛭賀がわたしの傍に来る。
「おれたちが来たゲート、塞がってきているぞ」
はっ、と思い、急いで振り返る。手をかざすが、遅い。
「皆、抜いて」
一斉に、ピエロ斬りを抜く。
草里の部下だったという、蟻江、香鳥の両腕が奇妙に伸びた。
長い鋭利な刃物のように伸びた四本のそれが、草里を貫く、間際で草里はかわし、飛びのいた。
「草里ぃ! わかっていたことでしょう? 何故、そんな芝居に引っかかるの」
呼びかけるわたしを草里は振り向かずに、背のピエロ斬りにようやく手を伸ばした。
「信じてみたかっただけ」
草里はぶつぶつと呟くように発する。
「今まで友達を信じるなんてことしてこなかったわたしだから。ソラミミを失ってさ、傷ついてるんだよ、わたしだって」
草里楓……泣いているの。まさか。
「悲しむのはまだ早い、草里楓。ソラミミは、わたしたちが助ける。そうでしょう?」
「ふふ。そうだったな。想馬灯、しっかり案内を頼むぜ」
草里は、間合いをとりピエロ斬りを抜く。
蟻江、香鳥の二人はどろんとした無表情のまま、手を刃にしたまま、草里を見つめている。
「草里さん…………」
「お願い、わたしたちを…………」
草里が飛びかかる。
「黙れっ」
草里の一閃で、両手を弾かれた蟻江が、大きく飛ばされる。千切れた刃の腕が宙を舞い、落ちていく。
「やめてぇ、草里さん! 斬らないで」
香鳥が叫ぶ。
「操られているの!」
叫びながら香鳥は、草里に斬りかかる。
草里は紙一重で避け、しかしさきの言葉に惑わされているのか、反撃には出ない。蟻江も戻ってくる。刃の腕がみるみる再生している。
戦闘班が敵二人を回り込む。
奇乃が、わたしのすぐ後ろに来る。
「おい想馬」
「奇乃さん。わかっている。どう見つけましょう」
「ああ。操られているというのは、本当だ。でなければ、二人に本来ああいう力は備わってないようだし、戦闘能力も元々は大してない」
攻撃を躊躇う草里に代わり、蛭賀、茄場、総之上らが波状攻撃に出る。
「が、操られているとしても、可愛そうだが殺すしか救いようはねぇな」
「あの子たちがそう簡単に、死ぬことができればだけど」
蛭賀の一太刀が、女生徒の腹に入り、真っ二つになる。
「あ、蟻江……」
「ううう。そ、草里さん~~」
しかし彼女のなくなった下半身の代わりに、腕と同じ刃がぐにゃりと生えてくる。まるで刃の蛸足。醜い姿を曝し、泣きながら戦闘班のメンバーに襲いかかる。
「うぎゃっ!」
もう一人も、馬場、久保田に両側を挟まれ、二本の腕が宙を舞った。
「香鳥!」
草里はまだ、躊躇いを解けない。
「うっ、うっ、ぎゃああああ」
肩が盛り上がり、刃の羽で形成された翼が生じる。その風圧を受けた馬場、久保田が切り傷を負って後退する。
「お、おのれ化け物め」
茄場が斬りかかる。
蛸足の方は蛭賀、総之上の二人がかりだ。馬場、久保田の傷が思ったよりも深手だ。致命傷かもしれない。茄場一人ではきつい。
「草里! 茄場に加勢をして! シントーハに行くのでしょう!」
わたしも、さきから必死で探知をしているのだけど……
「おい想馬! 上だ、照らすぞ」
奇乃が光を強くする。空の一角から垂れ下がる黒い浮遊物。わたしはそれに飛びつき、一気に引きずり出した。
幾つもの黒いぶつぶつが、空の一角に現れる。
姿を現す! わたしは下に加速して距離をとった。奇乃を抱えて、飛ぶ。
「うわっ危ねえっ」
「皆、敵が姿を現す! なるべく、空の下へ!」
上空いっぱいに、空の顔が姿を現した。黒いぶつぶつは、顔の下部を覆う黒髭だ。
ぶわ、っと、空の唇が開く。牙が来る。
ぐわーっ。逃げ遅れた馬場がその牙にかかった。
「お、おい?!」
「よせっもう無理だ!」
近くにいた久保田が助けようと飛ぶが、フンッ、という恐ろしい風圧の鼻息で、飛ばされた。
ばりぼり。ばりぼり。
人間を貪り食う不快な音が、空中に響く。
「こいつは、なんだ……もしかして、これも力か?」
奇乃ですら驚いた様子だ。
こいつは、前にソラミミの空にいて、襲ってきたやつか。待ち潜んでいた、ってこと?
ぶわっはっははは。
空が、笑う。
「おい草里。わしじゃ。わかるか」
こいつも、草里の知り合い?
「ぶうわっはっは。入間薫のパパじゃあ」
入間 薫? 誰だ。
草里は、きっ、と口を結んでいる。
「よくも愛しの娘を、殺してくれたなあ。たっぷり仕返ししてやるからなあ。ぶははは!」
「何も、知らないのだな。入間薫を殺したのは、おまえら学連の刺客だぞ」
草里が反論する。
「なにぃ。嘘をつけ、嘘を。それに今更どうでもいいわ、どのみちおまえの身勝手に巻き込まれて死んだことに変わりはないのじゃ。この、今目の前にいるおまえの友達だってそうじゃよ」
再び、異形となった女生徒二人が、迫り来る。
「草里さん…………」
「助けて…………殺して」
草里は、うな垂れる。
「や、やめろ……。ソラミミの夢を、ソラミミの夢をもうこんなふうに、汚さないで」
草里楓。ここへ来て、こんなに心理的なダメージを受け付けるなんて。ソラミミを失ったことがそれほどに、効いているのだろうか。
「草里さん…………殺す」
「助けて…………殺して。殺す」
二人が、草里に向かって急接近する。
「おっおい、草里」
蛭賀が草里に向かって飛ぶ。間に合わない……
「きゃはははは! あなたたちデクの棒では、無理無理!」
「草里さんじゃなきゃ、無駄無駄!」
うぐう! こだまする、蛭賀の悲痛な叫び。異形二人に挟まれ、ずたずたの血みどろになった蛭賀が、落下していく。
「あああ! ほらあ! 言ったのに、無理無理だってぇ」
「草里さん! 草里さんが相手しなきゃ! わたしたちを殺してぇ! 無駄無駄ぁ!」
また、二人が来る。
光が、空一帯を包む。
「うっ」
「うげえ。眩しい」
異形は視界を奪われ、闇雲に飛び回る。奇乃が、手に光を掲げている。空の顔が、消えた。
「え、やった……の?」
「いや一時的なものだ。おい、想馬、残念だがこの戦力全部連れてくのは無理だ。おまえ、草里を連れて飛べ」
「し、しかし草里はもうあれでは……」
「おい総之上、ちょっと面を貸せ」
「むう」
奇乃が総之上の面を光で照らす。
すると、草里の周囲に総之上の綺麗な面が大きく浮かび上がった。な、なんだあれは。
ソウリカエデ……イトシノソウリカエデ……ヨクオキキ。
総之上の声が響き渡る。当の総之上はぽかんとしてるが。
「総之上、さん……」
草里が顔を上げた。……ってこんなまやかしに引っかかる?
ソウリカエデ……イトシノソウリカエデ……キミハコンナトコロニイチャイケナイ……イキタマエ、キミガホントウニスキナヒトノトコロヘ……ソラミミノモトヘ…………
「総之上さん、……ごめんなさい」
草里が、飛んだ。
わたしは草里を追う。奇乃に、目で合図を送る。
「想馬、行け。ここは、おれたちが引き受ける、ってやつよ。おれがちゃんと、皆を案内して後を追うからな!」
奇乃は行け! と叫んだ。
空の顔が再び現れ、きょろきょろと辺りを見回し、わたしらの方を睨みつけてくる。
そのとき、耳を劈く雄叫びが空間全体に響き渡った。
ぱぽー!
この、感じは……この声は。
草里も、わたしも飛ぶのを止め、振り返る。
空中に、巨象。
ぱぽー!
瞬間、巨象の足元に見えていた異形の二人はあっという間、足の裏側へ飲み込まれていった。ぎゃあ、という押し潰した断末魔。
空の顔が牙を剥き出し、象に食らい付く。
ぱぽー! 象は再び勇敢な雄叫びを上げ、それを振り払おうと暴れる。
皆は巻き込まれないよう、一斉に退避した。
「あれはっ? ソラミミの象……?」
「そうだ。あの子だ……」
わたしは、出ようとする草里を押し留める。
組織からはいなくなってしまっていた小象だろうか。その十倍以上の大きさ、すでにパレードの巨象の大きさに等しいまでになっている。
象は、食らい付いた空の顔を長い鼻で巻き付け、絡み合ったまま、ゆっくりと空の下へ下へと沈んでいく。
わたしたちはその姿がかすんで見えなくなるまで、見守った。
***
ぱぽー……
声が、聴こえた気がする。空耳……だろうか。いや、あれは確かに、わたしの小象。
うっ。わたしの胸をぱくぱく食い破って、内側から天使が顔を覗かせる。
ママ。早く早く。行かなきゃ。シントーハへ。振り返っている余裕なんて、もうないはずだよ。それに小象って何? ママはボクのママでしょう。
うん……そうね。小象って、何だっけ。
また、別の声が聴こえそうになる。声じゃない。ずんどこずんどこ、胸のどこかから響いてくるような、これはパレードの音? 空の彼方に何かが来ている?
ママ! 恐い! 奇形のパレードが来るよ。
安心して。わたしが追い払うから。ええい、去れ! そんなパレードは存在しない!
パレードの音が、気配が、消える。
ほら、ね。
……ママ! ありがとう。行こう! シントーハはもうすぐだよ……クキャキャッ!




