8-1.天使
空丘耳穂……ソラミミの反応が急に、薄くなった。注意して、見張ってはいたのだけど。
仕方なく、わたしは一度組織へと戻る。
組長が戻って来ているとのことで、組長室へ。
「……想馬 灯です」
「うむ。入れ」
部屋には、今、組長だけだ。
「まず、学園側の動きについての報告ですが……
各学園、それを束ねる学連とも、天使に手は出さないことは決定事項となったようです」
「うむ。予想通りのことではあるが。ご苦労だったな」
組長は奇乃ら数名を連れ、天使の群れの軌道や様子を調べるべく、数日組織を離れていた。
どうやら、この一帯を覆い尽くすほどの天使の群れが通ることは、避けられない事態となったようだ。
「それから、組長。ソラミミのことですが」
組長は、表情を変えない。だが、察しは付いているかもしれない。
「うむ」
「すでに天使と、接触してしまったかもしれません」
「そうか」
やはり表情は変わらない。
「学園の周辺では常に警戒はしていたのです。が、おそらく夢の方に天使は入り込んだようです。そこまでは、すぐに手は出せませんでした」
「まだ、間に合うか。今からの手の打ちようならばありそうかな」
「わかりません……わたしの力では、及ばないかもしれない」
「想馬。会議の時間だ。この問題は後で考えよう」
「はい」
「学連側はかような決定をすでに下した。さて、我々はどうするか」
重役だけでない戦士らも含めた会議が開かれた。
「この規模の群れでは……」
「今回ばかりは、我々でも」
「ううむ」
見過ごすべし。という意見が大部を占めた。
「雲の集落などは、全消するだろうな」
「下手をすると、人への危害の懸念もないか」
「おそらく地上にも何らかの影響が出かねないぞ」
何とか進路を逸らせないか、という意見もあった。まだ時間はある。検討の余地はありそうだと、場内は些か議論の様相を帯びるも、聴こえるのはほとんど否定的な声だ。
すっと、手を挙げる一人。
草里 楓。
「わたしに、策があります」
「……言ってみろ」
「天使の本拠を攻める。致命的な打撃を与えられれば、進行中の天使の群れも撤退せざるを得なくなる……どうでしょう」
室内は、一度静まり返り、ざわつき始めた。
「天使の本拠?」「そんなもの、あるのか」「どこにある?」
という声が聞かれたが、すぐに、
「シントーハ……」「馬鹿な。シントーハに行くだと」「シントーハ? 何だ」
シントーハ、という単語が室内に伝播し始める。
草里は顔色を変えていない。知った上で、そう進言したのか。
「一応聞こうか草里楓」
組長が皆のざわつきを制して草里に問う。
「どうやって行く。シントーハへ」
一同が、怪訝や疑問を浮かべた表情、ある者は期待の表情で、草里を見る。
「ソラミミに、案内させる……」
また、場内に、ソラミミ? まだ組織にいるのか? あいつはもう駄目になったって聞いたが、等声が飛び交う。
草里楓、知らないのか、ソラミミは今……
場内に、別のざわめきが起こる。
「お、あいつは」「よく、戻ってきたな」「いいタイミングで」
会議室の入り口に、ソラミミが立っている。
どういうことだ。
草里を見る。彼女も、驚きを隠せない様子だ。おそらく、ソラミミの身に何かあったのをどうしてか、確信していたからだろう。だけどソラミミは今、そこにいる。
「あの……わたし、天使を見つけたんです」
場内は、しーんと静まり返る。
「どこでだ?」
組長が問う。
「わたしの夢のなかで……だけど、出てこようとはしないんです」
「確かか。何かの見間違いってことは、ないか」
「はい……わかるんです。その子が、群れからはぐれた天使だってことが」
「ふむ……。天使の群れが近づいており、その群れからはぐれた天使が、理由はわからんが、ソラミミの夢の領域に迷い込んだ、と」
また、場内で議論が巻き起こる。
下手に手を出さない方がいい、という意見。
放っておけば、群れが行ってしまえば自然とそれを追って消える、もしくは単に消える、という意見。
いや、これを上手く利用すればあるいは……という意見。
「その前に、ソラミミ。おまえ、シントーハってとこに案内できるのか?」
戦士のなかの誰かが聞いた。
ソラミミがぴくっと反応したのを、見た。
「できます」
ソラミミは即座に、答えた。
それからまた、議論になる。
「単純に、天使の群れにはぐれたそいつを返せば、おれたちの要求を飲んで、迂回してくれるなんてことがあるか?」
「強気に出るべし。人質にして、強引に聞かせればいい」
「だが、下手をして天使の怒りを買えば、確実に人にも危害が及ぶぞ」
組長も、皆を前に机にひじを付いて、考え込んでいる様子だ。
「草里、どうだ?」
組長は頭を悩ませたまま、草里の名を呼ぶ。
「おまえの策を採用し、シントーハへ攻め込んでみるか?」
そのとき、クキャキャ、という声。不気味な笑い声。場内の声に混じって、確かに聞いた。
だっ、と草里が駆け出す。
わたしも、立ち上がる。
ソラミミの姿が、なかった。……消えた。




