7-7.さよならソラミミ
わたしは、組織へ無事戻ったその後で、寒さと震えが止まらなかった。
「戦闘で、多ければ四、五人死ぬこともある。毎回じゃないが。それから、戦闘後、上手く戻ってこれなかったやつらが、ああやって二、三人、死ぬこともな」
「あの……人たちを、上手く帰してあげられなかったのは、わたしの、力量不足……なのですね」
蛭賀はこくり、と頷いた。偽っても仕方はないのだ。
「これが、戦闘だ」
「う、う、う、うええ」
涙が止まらなく、吹き出してくる。
「おいっ蛭賀ぁ!」
「うっ、ええ」
茄場が、いきなりどうっと立ち上がり、蛭賀に掴みかかっている。何。もう、やめて……こわい。
「おう、なんだ茄場」
「こいつ、ソラミミは、新人だ。労わってやりたい、おれは。ソラミミは、大事だ」
「じゃあ、好きなだけ労わってやれよ。おまえの大事なソラミミを」
「おれたちにとって、大事、だ」
「おうそれは確かに、そうだ。だが甘やかすんじゃねぇぞ」
茄場は蛭賀の胸倉を掴んだまま。蛭賀は茄場を睨み据えている。
「おれは、ソラミミが…………好きだ」
えっ。
茄場の頬がぽっと朱くなる。
それを聞いた蛭賀の頬も、ぽっとなった。え。ええー……。
「何をしているのだか」
草里が割って入ってくる。
「馬鹿なおっさんたちが取っ組みあって。ソラミミは、」
うわ。草里がわたしに抱きつく。大男二人がもっと、ぽうっとなっている。
「わたしのもの。わたしの大事な、ソラミミ」
「あの……草里」
総之上さんも、さきの戦闘で……もしかして亡くなってしまった? と聞いてみる。草里は、黙り込んだまま。
「総之上は、死んだ。残念だが」
茄場がきっぱり答えた。
「うっ。……草里。ごめんなさい……」
「いや総之上さん生きてるし」
「えっそうなの」
「な、なんだ。てっきり、ソラミミが総之上をっ……」茄場があたふたして言う。「好きなのかと……っ。ラ、ライバルを浮上させたくなかっただけだ、おれは」
「そうだったのか。し、知らなかった。草里は、総之上を……。てっきり、俺かと」蛭賀が思いつめる。
「馬鹿。おっさん二人。言っただろう、わたしは」
「う?!」
草里が、わたしの口を塞いでいる……草里の、唇。そ、そんな。そ、草里。……
「ソラミミが好きなんだ。ソラミミはわたしが、好きなんだし」
大男二人は、頭を冷やすために、ついでに鼻血を止めるべく、ミーティングルームから退出していった。草里と二人になる。草里はわたしに今度は後ろから抱きかかったままだ。なんか、でも自然に思えたのでそれはそのままにしてわたしは言った。
「ありがとう……草里」
「だからフラグ立てとくって言ったでしょう」
「う、うん……けどこんな結末だなんて、ちょっと予想外だった」
「結末。何を、おれたちのたたかいはこれからだ、ろ?」
「ううん。ありがとう、ごめんなさい。でも無理、わたしはもう、戦えない、から……」
もう、涙は出てこない。
草里もわかったようにわたしからすっと離れ、肩をぽん、と叩いてくれる。
「おっさんたちには、わたしから説明しとくよ。今日はゆっくり、お休み」
こんな優しげな草里の声って今まで聞いたことなかった気がする。
ここへ来て、自身の使命感と同調するここの人たちと打ち解けて……さきの、茄場や蛭賀さんらと会話してる草里ってすごくそう見えたから……それで少し、丸くなったのかな。
戦闘に出ていたときの草里は、今までよりもっと尖っていたように見えたけど。けど、あのカタコト草里は面白かったな。……っても、必死だったんだ。あのとき、もっと早く鍵を探せていたら、小象を呼べていたら、あそこで死んだ人たちだって……救えたかも……しれなかった……。
わたしを見送ってくれた草里は、ひとつ話を聞かせてくれた。
草里と残った、四人の女生徒らのこと……
戦闘班の人たちは、実戦に出たいと言ったあの子たちを、彼女らが戦意を失うなか必死に守って戦い、一人ずつ離さないよう抱えて空間から抜け出した。だけど、その後……一人の子がかかえてきた先輩を斬り殺し、他の二人の子を斬ってしまった。その子はすでに、だめになってしまっていた。
茄場は左腕を突き刺されながらもその子を一度殴り、気を失わせた。その子はさきの戦いの三人のように、そこからもう立ち戻ることはできず、組織へ連れ戻されたけど、二度と復帰はできなかった。
一人は、戦闘中からずっと意識を失ったままだったが二日後に目覚め、学園に戻った。
草里は、言おうかどうか迷ってたのだけど。と言った。組織に入ったばかりの新人は、実戦に出て、そうやってして初戦後に元の状態で残れるかどうか自体、フィフティーフィフティーだって。あの子らも、それは覚悟で戦ったはずだった。それはもう、仕方のないこと、だろう。
そこまでの覚悟をさせたのは、草里の秘めたる魔力なのか魅力なのか、それともあの子ら自信に本当に草里のような意志があったのか……わからない。
それから、小象のところに寄った。小象は、組織にとって今後役に立つ存在と見なされていたとしても、やっぱりわたしの小象だ。小象は、連れ帰ろうと思った。
だけど、小象はそこにいなかった。
世話をしていた人によると、わたしたちが戦闘に行っている時間帯のうちに、忽然といなくなっていたらしい。辺りを探したけど、何の手がかりもなかったと。
あの魔人の死の夢から、まだ小象だけは戻って来れていない、なんてことがないだろうか。
それはない。とわかっていた。
けど、小象はいない。もう、ここには……。
また夢のなかに、わたしの夢のなかに探しに行こうか。小象は、きっとそこにいるのだから。
少しだけ、億劫だ。今は、夢の空を一人で飛ぶことは少しこわい気がする。
でももう少ししたら、小象を迎えに行く。必ず。
「草里。ありがとう、ごめんなさい」
「さっきも、聞いた」
はーと、草里はため息する。顔は全然、困っていない。いつもの草里。
「会えなくなるわけじゃ、ないから」
草里は腕組み。小さな草里。背中に差した不釣合いな大きなピエロ斬りがよく似合う草里。
「ふふ……フラグを立てるのが上手な草里」
「ああ? 馬鹿」
ピエロ斬りの鞘で、わたしの腰をどんっと叩く。
「さよなら。草里」
「……うん」
***
ソラミミ。ソラミミ……
わたしを呼ぶのは誰。草里……じゃない。
もうあの学園での日々は戻ってこない。
草里は「また、聴こえていたの?」と言っていた。空耳が聴こえたことなんて、なかったけど。「また」って。わたしにはもしかしたら、草里が言うように、ずっと前からわたしを呼ぶ声が聴こえていたのかもしれない。
空耳じゃなく。
誰が、わたしを?
小象。おまえなの? ずっとわたしを呼んでいたのは。
それとも、パレードなの?
わたしはその声を辿り、そして見つけたのは、一匹の天使だった。




