7-2.草里との再開
戦闘班が出るのは、深夜になってからとのことだった。樽辺先輩ら探索班は、奇乃先輩は不在だしわたしも今日は別任務なので、久々に休みだーっ喜んでた。
そうなんだ。戦闘班の任務というのは、探索班の戦闘役にあたる護衛班とはまったく別らしい。知っている人は一人もいないことになる。草里を除いては。
わたしは部屋で少し横になって、幾らか眠って身体を休めておいた。
起きると、午後十一時。いつもなら、バイトを終えて帰っているか、たまに宿泊していくときは今から眠ろうって時間だな。
これから、戦いに行く。目を閉じると、心臓が少しばくばく言っているのが聞こえてくる。静まれ、心臓。何てことはない。何てことは……これまで通り。わたしは、これまで通り。
少しお腹が減ったな。いや、少しどころじゃないや。わたし、夕飯とか食べてないし。何か、食べておかないと。これから戦いにいくんだし。でも、いまいち、心臓の鼓動はおさまらず、お腹は減っているのに、食べたくないような気持ちのまま、わたしは食堂に足を向けた。
「え、草里?」
「あ。ソラミミ……」
食堂に入るところで、草里に会った。反対側から歩いてきた人影が、草里だった。小さな女の子ってとこは変わりない。他に、変わりは?
わたしは草里のことをまじまじ見てしまう。
「そんな、遠慮もなしにじろじろ見るなよ。何してんの」
……変わりないように見える。いつもの、わたしが会ってたそれまでの草里楓だ。
「おなか減ってんでしょ。ここに来たってことは」
「うん……減ってる」
さっきとは別種の、心臓の鼓動。それは勿論、草里とまた会えたっていう喜びに起因するような。でもまだその下で、これから草里と一緒に戦いに出るんだというばくばくも鳴っていて、よくわからない感じ。心臓が分裂していきそう。草里は、怪訝そうにわたしを見つめている。ああこの感じ。よくあった、感じ。ばくばくは少し、収まった。
「入りましょう」
「う、うん」
草里が組織に入ってからずっと会ってなかったことになるけど、ひと月も経ってはいないんだ。それでも、長く感じた。学園でもほとんどいつも草里と喋っていたし、帰りも一緒だったし、だから草里のいない日々は、わたしはあまり喋ることもなく、味っけなかった。
今、こうして草里に会って、すぐに言葉が出てこない。色々、聞きたいことはあったけど。ここでの生活はどうなのか。お友達はできたのか。戦いは、つらくないのか。
「…………」
「…………」
わたしは言葉を見つけられず、草里もただ黙々と食べている。
やっぱり、これだけ久しぶりに会ったから。草里にとって、少し、わたしとの友達の感覚が薄らいでしまったのかな? いや、それ以上に、草里はやっぱり変わってしまったのかな。今や、もう立派なプロの戦士として日々を送っているのだし。バイトなんて軽い気持ちでいられるわたしとは違って……
「はーあ。食った食った」
「…………」
「ん? なに、ソラミミ、ほとんど食べてないじゃん? おなか減ってないの。でもさっき減ってるって言ってたし」
ねえ、ソラミミ。と言って、草里がわたしの肩をつんつんと突付いている。
「う、うっ。草里、わたし、なんでだろ……」
「うへ。ソラミミ、どうしたの?」
涙が頬を伝っていた。なんだかもう、わけがよくわからない。目の前のハヤシをガツガツ、口に入れる。
「うっ。うっ」
「うわー。泣きながらハヤシ食べてる。わけがよくわからない子」
草里はラーメンの丼を押しのけ、机に突っ伏す。わたしの方を上目遣いで見ながら、あくびをしている。いつもの、草里楓。
「う。う……」
「ねえソラミミ。何があったの? 話してごらん」
「ううっ。わ、わはしらよ、ききたひのはっ。はなひてよ、いろいろっ」
「うわあ、もう。ハヤシが、ライスが、口からこぼれてるっ!」
夕ご飯を食べ終え、わたしは泣きはらした目を今度は線にして、笑ってた。草里の話を聞きながら。草里も笑ってた。
何てことのない話。戦いに出るときの多くは深夜になるので、それまでに睡眠をとっておく。だからバイトに来てるわたしには一度も会わなかったこと。休みの日は、疲れて寝てるから、やっぱりわたしには会わなかった。学園のときと昼夜逆転してしまった、と。部屋は正式な部屋を貰い別の棟に移ったこと。同い年の友達はいないけど、先輩には女の人もいるし、アドバイスをくれたりはする、けど多くは実践から学ぶしかない。人は多く死ぬ。草里も、危なかったこともあると言い、わたしは少し顔が青ざめた。
「最初に聞いたと思うが、ここではそれが現実、日常なんだな。皆、覚悟はしてるってことだ」
「うん……」
「他のやつらはどう? 学園に戻った方は」
「あ、ああ。そうね。彼女らは皆、これまで通りにやってる」
「ふぅん。そっか。ならいい」
けど、実は草里と一緒に組織に入って戻ってきた子は、不登校になってしまい、それ以前に戻ってきた子の内二人は、学園を辞めてしまっていた。すぐに、「補充」の子が入ったけれど。
「あっ、えーっと……」
これ以上突っ込まれたくないな。草里との共通の話題を探す。
「小象……会ってる?」
「ああ、あー。今や、組織のマスコットだもんな。帰りがけにいつも、見るよ」
変わりないね。あいつは。可愛いままで。そう草里は言った。
そっか、そだよね。最後に会ってからは、大きくなってないんだ。うーん。それがいい、って気もするんだけど。それでいいのか。
「草里、いつも、こんな時間に食事? 今日はたまたま、なの?」
「ああ。そうね。昼夜逆転してるから……だからこれは、朝食? ってことになるのかね」
「草里。今日も、これから戦い……」
「ああ。出るよ」
「よろしく……ね」
「んん?」
「わたしも、出るから」
草里は一瞬、驚いた顔をした。けどすぐに、
「よろしく、ね」
手を差し伸べる。わたしは草里の手を握った。
「あはは。握手ってなんか、ヘンだったか」
少しだけ沈黙が来る。食堂には他に人は入って来ない。戦闘班の先輩たちは、どんな人なんだろ。それに……
「草里、戦う相手ってどんなの。その、少しでも知っておきたいし……パレードなんかも、いるの?」
草里はとくに表情も変えず、
「いるよ。こないだなんか、けっこうでかいのをやったぜ」
「そ、そーなんだ……あの、パレードの巨象みたいな、あんなでっかい象も倒せるの?」
「数人がかりで、足を狙って横倒しにする。それからは数時間かけて、少しずつ削いで」
「うっう、もういい」
全然違うけど、わたしの小象のことを思い浮かべてしまう。あの子は、パレードなんかとは関係ないんだ。わたしが連れてきたんだもん。わたしが捕まえる宝石と同じ、人の記憶やそういう大事なものと同じ種類のもの。あの子は、宝石。わたしの宝石。
辺りは、しんとしている。
草里たちのように深夜食堂に来る人もいるから、館内に消灯時間というものはない。と言っても、この食堂とか一部を除いていつも薄暗いけど。
今、わたしたちの他に人の姿もなく、食堂の調理場の方にも人は見えない。
「ねえ……草里は今、充実している? 学園のような、パレードとかほったらかしてるとこを抜けて、今は自分がやるべき、ってことをやれているのでしょう?」
「あぁ……けど、まだまだ足りないかなー」
「えっ。そんな、毎日のように戦ってるんでしょう?」
「きりがないんだから仕方がないとも言えるんだけど、とにかくまだまだ潰し足りない。それに……」
「うん?」
「今度は、ちょっとヤバめのが近づいている。今、組長らが調査に行ってるんだが……」
「あー。確か。そのことなのか。一体、何なの?」
「特大級のパレードみたいなもんなんだが……」
「え、ええ。そんなの相手できるの」
「もちろん、潰す」
久しぶりの、草里と二人の時間だった。
戦いは恐い。でも、それが上手くいくのなら、これからもこうして草里と……
「ソラミミのことは必ず、守るよ」
「えっ」
草里がわたしの方をじっと見ている。真剣な眼差しに思えた。
「そんなあ……」
「大事な役目だからな。索敵は。途中でいなくなられちゃ、任務が続けられない」
「あ、ああ、そうか、だよね」
だよね、戦闘での話だよね。
草里はそれからチラリと時計を見る。
「もう一時間前か。ジュースでも飲んだら、そろそろ準備に向かうか」




