6-3.才能
探索に入って十五分程回ったろうか。あっちでは樽辺さんが、大きなあくびをしている。
わたしは、ふと暗がりに、何かやけに暗いというか黒い点のような穴を見つけた。穴? 水のなかのようにゆらゆら揺れている。
「あれっ、先輩これなんですか?」
「ん? なんだ」
「これ、これです。この黒いの……」
「おれには見えんな」
「はあ? よっぉく、見てください、このくろ――」
ぽか、と殴られる。
「ああっひどい!」
「黙れ。そこへ入れ」
「えっ、はあ? わけわかんないですねえ、先輩……」
奇乃は、ふぅむ、といった様子で手を顎にあてている。
「先輩?」
「才能か」
「えっ」
「おまえ、才能あんだな」
「そ、そんなあ。そんなこと言っても騙されませんよ」
「いや、最初気づかなかった。今よーく見たら、おまえのいう黒い点が見えてるんだが、これ、おまえが言わなければ確実に見落としていたな」
「だって、ずっとここに」
「おーい。樽辺ちょっと」
奇乃の呼びかけに、樽辺がのそのそとやって来る。なんだ、見つかったか、と。
「おまえ、これ見えるか。この黒いの」
「黒……って。この辺の暗がりのことか?」
「ほらな」
奇乃は、きょろきょろしている樽辺さんを無視して言う。「わかったろ。これを見れるってのは、おれたち玉掬いの才能なんだ。これは普通の人には見えんのだよ」
「は? 今、玉掬い、て……」
「おまえ、その技能でここに入ったんだろ」
「あ。え、……そういう呼び名があるとは。というか、その呼び名はちょっと、やめたい」
「まあ呼び名はどうでもいいが。ここでは玉掬いだ」
「玉掬いて、そんな」
苦笑するわたしに、奇乃はまた拳骨を入れてくる。
「じゃあ、先輩もわたしと同じ才能を?」
「まあ……そうだな。おれはもうちょっと幅広くできるが。こういう灯かりとか。しかし玉掬いは手の物だったんだが、まさかおまえに……いや、負けてはない。タマタマだが」
複雑な気持ちになると共に、自分と同種の才を持つ人に出会ったことに少しだけ、ウキウキしてしまった。でもそれがこの奇乃って先輩なのが、タマに瑕、ってのか……
「早く、タマを拾って来い! おまえの役目だ」
「ちょぉ……」
奇乃はわたしをひょいと摘まみ、黒い点めがけてぶん投げる。黒い一点が急接近する。それはわたしたちを飲み込む大きさになり、まさにその瞬間、飲み込まれる。黒ばかりになる。何も見えない。
「ちょ、ちょっと先輩! ひどすぎませんか! あれ、先輩……」
何も聴こえない。誰も見えない。飲み込まれた……わたしだけが?
何か、今かすかに。聴こえた気が。少しだけ。
「空 丘」
「え、え、……先 輩 ?」
自分の声までが、散らばってかすかになっていく。
「照 ら し て」
上の方で灯がぽっとともる。
「 や る 。 探 せ」
やっぱりあの先輩。わたしだけこんな暗いとこに、落としたんだ。とんだやり方だよ。
ひっ。
……足元に目を落としたとき何か、見えた。
薄っすら照らし出された足元に、何かある。これは……何。何で。ピエロだ。今まで、パレード潰しで見たあの小さなピエロと同じピエロの、死骸が、無数にわたしの足元に敷き詰められている。嗚咽。吐き気がする。どのピエロも損傷が激しく、顔はみちゃみちゃで何だかよくわからない中身がはみ出て、内臓とか骨とかが一緒くたになって……赤と白が、ぐちゃぐちゃになって。ど、どうして。どうしてこんなところに、ピエロがいるの。
はっ。
急に眩しいくらいの明かりに照らされる。
「セ ン パ イ ま ぶ し い で ……す」
何かが、近づいてくる。わたしを照らしているのは、そっちの方だ。わたしからは、見えない。でも、何か巨大なものが近づいている。直観的に、思った。草里と話していたときに、なんかでかくなって死ぬ、とかいうピエロの話があったのを思い出した。あのピエロだ。あのピエロが、来ている!
わたしは、走り出した。反対方向は、まったくの暗がりだ。
「わ っ」
ここは、さきの場所と違いまったく逆に重量でもないように、前に一気に進み、転がるように、走る。
おい、どこへ行くんだ! 戻れ。戻れなくなるぞ。という奇乃の声が聴こえたように思う。
そのなかに、さきの「わ っ」という声がまだそのまま残っている。遅延していく自分の声。体の方は加速してそれから剥離していく。違う。わたしの体はここにない。何か別のものがわたしから剥離して先へ先へと転げ出している。意識……? 魂? わたしの体は、今頃後ろの方であの巨大な死んでいるピエロに捕まえられて、むしゃむしゃと食べられ始めている。と、その先に、また別の物体の気配を感じて、こんなときなのに思わず、掴み取る。掴んだ。これだ! センパイ、やりました。わたし、見つけました。だけどわたし、ピエロに食べられて……あっ。
「セン……パイ?」
気づくと、奇乃がわたしを引っ張っている。黒い穴のなかから。わたしはそれを見ている。戻らなきゃ。巨大なピエロの姿は見えない。
もとの、水のなかのような場所に戻った。
「センパイ! こ、これです!」
わたしは慌てて、さっき掴んだ物を、取り出そうとする。手の中には何もない。
「あれ? あっ、違う……」
何かが、遠ざかっていく。しまった。さっきの闇のなかだ。忘れてしまう。
足元にあった黒い点はもうここにはない。どこに行った……
「焦るな。まだ間に合う」
奇乃が言う。
焦るものか。
忘れるものか。わたしは、目を閉じる。あの暗闇を思い出す。まざまざと、ピエロたちの死の光景が目の前に広がる。さきと同じ手順で同じ場面が高速度で進んでいく。同じだ。ここにある。手を伸ばす。そこにそれは、ある。掴まえた!
「センパイ!」
途端、目の前に黒の点が現れそこからピエロが出てくる。ぎゅるぎゅると夢の空間の空いっぱいにピエロが膨張する。あの、巨大な死んだピエロだ。
護衛の何人かが動き、一斉に剣を構える。が、ピエロは膨張した後、まるで一目散に逃げ去るように、上方に向けて凝縮して、消えてしまった。
「なんだありゃ」
奇乃は驚いていたような呆れたような様子。
「おまえ、なかであんなのとやり合っていたのか? わけがわからん」
「わ、わけがわかんないのは、こっちですよ?! なんで……なんで、すぐ、もっとすぐ助けてくれなかったんです、う、うう……」
わたしは何故か涙を止めることができず、しかも何故か知らないけど奇乃にもたれかかりそうするしかなかったのように泣きついて、泣きじゃくっていた。
「お、おい、……い、いい加減にしてくれ」
「やれやれ」樽辺さんの声が聞こえる。
「もう見つけたんなら帰るぜ。おまえらタマ掬いの頭の構造はどうなってんのか、それこそさっぱりわけがわからん。あんなでかいピエロ見たことないぜ。おーコワ」
わたしも、わからなかった。全然わかんない。けれど、自分の手のなかにしっかりと、誰かがなくした何かが形のある物としてしっかりと握られていることに疑いはなかった。
これが、わたしのかけがえない才能……。
わたしは誰かの、絶対になくしたくない一粒の記憶を、救った……
わたしはただしばらくその場に、泣き崩れ、それから先輩らを困らせながら水底を歩き、組織に無事戻れた後もまた泣き崩れ、泣いていた。




