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ソラミミ  作者: k_i
第3章
14/46

3-4.入間の別荘地着

 雲を、夢を、抜ける。

 草里(そうり)は、わたしの後ろにいる。どれくらい時間が経った? 雲を抜けるわずかの間に見た夢だったのか。

 草里がさっき、言った言葉……

「草里?」

 しっかりとわたしに手を回しているけど、掴む力が弱い。まさか、やっぱり何かあった?

「だ、大丈夫?」

「ん……ん」

 寝ている、のか。

 

 完全に雲を抜けるとそこは、夜だった。やはり、時間が経過したのだ。場所、は?

 はっとした。夜空の星々が近い。小象は、夜空を駆けている。

「いや、夜空を駆け……ってそんなっ。聞いてないよっ」

 勿論、夢の中で、空を飛ぶのは日常茶飯事だ。だけど、生まれてこのかた現実で空を飛んだことなんて、ない。急に恐くなる。小象から落ちれば、現実で飛べるはずなんてないわたしなんか、まっさかさまだ。地上は遠く薄っすらと見えている。

「ん……着いたあ……」

「ちょっと、草里しっかり、手を離さないで!」

 ぽつぽつと見えている灯かりは、人家の明かりだろうか。随分と少ない。あとは平原が広がっているばかりのよう。辺鄙なところには違いない。ここはもう、別荘地の近くなのだろうか。小象は、場所がわかっているようではあったけれど。

「ソラミミ。あっち、あっちのほら向こうに」

「どこどこ。って草里、すっかり起きた?」

「なに? わたしは一睡も寝てなんかいない。ソラミミじゃないんだから……寝るのはあなたのお家芸でしょう」

「さ、さすがにそんな馬鹿な!」

「それよりほら」

 と、草里の指差した先に、一際明るく大きな灯かりが見えている。

「あれが、入間の別荘じゃない?」

「ほんとう。確かに大きいけど」

「ほら、小象。行くんだあっち」

 小象は草里に促される前にすでにそっちに向けて降下を始めている。

「おお。わたしの言うことも聞くようになったかな、このいい子」

「ち、違うよ。最初から場所がわかっているだけだよ」

「嘘。つまらないよそんなの!」

 ともあれ小象は確実に定めた目標に向かい、段々速度と高度を落としていくのだった。

 

 

 砦のような別荘から煌々と灯かりが漏っている。

 その灯かりのあたらないところ、別荘の外側付近に幾つかの人影。

 すでに降り立った草里とわたしはそこに近づいていく。小象はのそのそついてくる。

「どうした。食後のお散歩?」

 草里が発すると、突っ立っていた影たちがぴくんと動き、一瞬戸惑ったあとすぐ、駆けてくる。見知った顔。草里に従った女生徒たちだ。

「ああ。草里さん……!」

「草里さん……遅い。遅いですよ」

 その場に泣き崩れる生徒もいる。それほどまでに我らが草里の到着が待ち遠しかった、というだけではなかろう。

 少し離れて、腕組みして突っ立ったままの影がその場から話してくる。(こおり)さんの声だ。

「忘れ物、それか」

 わたしの後ろについてきた大きな影に気づいて、小象を見たことのない多くの生徒らがびくっと動く。無理もない。が、郡さんの周りにはぴくりとも動かない、しゃがみ込んだままの影が三つ四つ。

「四人、やられた。不甲斐ない采配ですまない」

 郡さんはその場から動かず、声の調子だけ落としてそう言う。

「敵は?」

 草里はその場で毅然と言う。

「射手。学連から派遣されたっぽい」

 わたしは急激に緊張が高まり、辺りを見渡す。小象を、こっちに引き寄せる。

「もういない。いた分は、仕留めた。四人の犠牲者を出してな」

「四人ならまだいい。よくやったよ」

「ど、どうしてこんなところで……早く、中に! えっ」

 わたし以外には、この状況に慌てている様子の子はいない。皆、疲れて、諦めの様子だ。来たばかりの草里も理解している。そうか。

「敵はもう一人いるよ」

 郡さんが諭すように言う。

入間(いるま) (かおる)だ」

 入間さん。最初からそのつもりで……。内通者だった。ってことか。

「状況を少々説明してもらおうか。こちらも道中、時間を盗まれるトラブルがあったんだ」

 

 お菓子屋を出立したのが午前九時頃だった。

 郡さんの言うには、それからなるべく早足で歩き通し、途中に茶店などもあり、昼食の他二、三回の休憩を挟んで、夕刻頃に別荘地へ到達した。その間さいわいに、学連からの追っ手はなかった。だが、別荘地へ着くや否や、待ち構えていたかのように襲撃を受け、二人が倒れた。狙撃だった。入間は、急いで別荘に入るよう皆を促したが、それは罠だった。敷地に入り強固な門が閉じられる途端、おそらくそれは入間の子飼いであろう獣が襲ってきた。入間はあっという間に館に駆け込んだ。まとまっていると、狙撃の的になる。散り散りになれば、獣の餌食になる。郡らは弱い者を内側に、なるべく狙撃の死角になる位置を探し、懸命に戦った。結果、二人が犠牲になり、狙撃手に決死の接近を試みた数人は深手を負いつつも何とか相手を仕留めた。

 その頃にはもう、日はどっぷり暮れていた。

 館に攻め乗り込む隙も見あたらず、怪我人もあるのでひとまず、高い塀を注意深く乗り越えて敷地の外に退避。館から距離を置き、動けないものもいるので見張りを付けた上で数人が近くに薬局や民家を探しに行った。だが、薬を買えるような場所はなく、行き当たった民家はなぜか全てもぬけのからだったと言う。

「で、今が、探しに行って成果なく戻って途方に暮れるしかないなと思ったところだ。犠牲者は、六人になったので」

 郡さんの左右隣にしゃがみ込んでいる重傷者だった二人。事切れていたのか……。四人の亡骸は残念ながら塀の外には出せなかったという。獣に、食われてしまった者もいると。

「そんなっ……う、く。あんまりだ……」

「むう」

 草里も幾らか、肩を落とした様子に見えた。いや、暗がりなのでそう見えただけかもしれない。

 

「おーっほほほほ」

 辺りに甲高い声が響き渡る。

 館の方を見れば、上階の窓が開き、入間と思われる姿がそこから呼びかけている。

「どうでしたか? 皆様。わたしの余興は。お楽しみいただけましたでしょうか? さきほどお姿が見えませんでしたが……草里楓はもう到着しておいでのようですわね。

 草里よくお聞きなさい。よくもわたしの十年来の親友・シヲリを危険な場所に連れ出し、見殺しにしてくださいましたわね。わたし、許しませんことよ」

 入間薫、やはりそのことを、本当は草里を恨んでいたのか。

 わたしも、シヲリさんらの死を思うと、勿論、胸は痛い。シヲリさんは、やっぱり、草里に乗せられて……? 草里を見る。

「シヲリは、自ら望み、カヲリを守るためもあり、ついてきた。シヲリの死は、本人の責任だ」

 影の草里が一歩踏み出す。

「ほっほっほ。ほうーら皆様、お聞きになって? この人の恐ーい本性が垣間見えますよ。あなたたちが死んでも、この草里という女は同じように自分の責任だと言うだけで、一切の哀れみもない、自分の手駒としてしか他人を見てはいない、ただの暴君女ですわ!」

 影の草里は反論しない。周りも、影ばかり。皆、どう思っている。

「草里。どうする?」

 影の一人。郡が近くに来ている。

「まだ時間を稼ぐ必要があるんだ。あの館は、しばらく留まるには打ってつけだろう。館を落とすさ」

 当然、こんなところに立ち往生していても、すぐにまた学連の狙撃手だか追っ手が来るだろう。

 今更、戻ったってどこかで追っ手との戦いになる。

 この近辺は、おそらくわたしたちの来ることが前もって報告されていたのか、もぬけの殻で何もない状況。下手すれば、包囲網でも張られていそうだ。こんなことに、なってしまっている。だけど、どうしてか、間違っているとも思えなかった。

「館の外にいた獣は片付けた。だが、館内にどんな罠が潜んでいるかわからない。入間はあの余裕ぶりだと、何かある」

「そうだな。少人数の方がいいだろう」

 もしかして。

 草里はわたしを見た。わたしは小象に抱きかかる。

「無論、その小象にも手を貸してもらうよ」

「はぁ」

「じゃあ、後は……わたしか?」

 郡さんが歩み出るが、

「いや。郡は外で怪我人含め今戦力にならなそうな者をまとめてくれ」

「ふふっ」

 郡さんが微笑する。

「何。きもい郡だな」

「最近、あてにされているようだな、と思って」

 そうだね。とわたしも思う。郡さんは今やグループのサブリーダー的存在に思えるし、郡さん本人も自信がついているみたい。犠牲者のことは、仕方ないことだけど、郡さんはきっとよくやった。

「や。郡は腕の方はもう一つだから、館内にはピエロ斬りの腕のいいの二人を連れて行く」

 ……ひどいよ。

 

 

 館内には、草里、わたしと小象、それに草里が選んだピエロ斬りの腕のいい蟻江(ありえ)香鳥(かとり)の二人が来ることになった。二人は、郡さんとはクラスメイトで最後の二回のパレード斬りに参加して無事生き延びた子らだ。腕は、わたしにはわからない。必死だったようだけど、郡さんよりも多く斬っていた気もする。いずれにしても実戦を経ている安心感はある。

 郡さんはまた、腕組みしたままの影絵に戻っている。六人が犠牲になり、他郡さんと残るのは八人。怪我を負っていても軽症だ。

「だけど、正直なるべく手早く片をつけてほしい。今、学連のやつらに来られたらもう、わたしらは生き延びれない」

 そう言う、郡さんの声調は至極、真剣だ。

 館も危険だけど、ここも襲われたら逃げ場がないんだ。

 そう思うとここへ誘い込んだ入間に対し怒りがこみ上げそうになる。幾ら、シヲリさんのことの復讐だからと言って……。

「行くぞ」

 草里ら三人が、ピエロ斬りを携え歩き出している。わたしは小象を促す。

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