3-3.再び夢の空で
わたしと草里と、わたしの家まで急ぎ戻ってきた。
家には誰も、来ていない。辺りに気配もないし、静かだ。中に入り、小象の無事を確認した。
「急ぎましょう。入間さんの別荘地へ」
「ああ」
一瞬、沈黙が流れる。
「えーっと草里……」
「うん」
「入間さんの別荘地ってどこ……」
「うん。だよな」
二人で戻ってきて、場所も聞いていなかったんだ。
途方に暮れる……暇はないので、
「とりあえずさっきのお菓子屋に向かう? 誰か待っているかも……って望みは薄いか。一刻を争うし、きっとわたしたちが場所を聞いてなかったなんて思ってないでしょうね。ああまぬけだ」
あそこから学園とは反対方向に出発したのは確かだ。
駆け通せば、どこかで追いつける?
しかし問題は、小象か。
「ねえソラミミ。この子、乗れないの?」
「あ、ああ。そうね。考えたことはあるんだけど、試したことはない」
「意外と足、速いかも」
そうね。あの突進を思えば少しは……そう思いわたしは、巨象に突進していき小象が潰されるのを思い出してしまう。いやな光景だ。何度見ても。
とりあえず今、そんなことも言っていられないし、わたしはひょいと小象に飛び乗った草里の後ろに乗る。
「しっかり掴まっててー」
「う、ウン……」
草里の小さな背中をぎゅっと抱く。こうしてみるとわたしだって小さい方だけど草里のがもっと小さいんだと感じる。この子のどこにあんな力が……
「ねえ。聞いてるの、ソラミミ」
「へっ」
「そんなにぎゅってしないで。なんかへんな……」
「あっ、ごめん、ごめん!」
「や、でさ。やっぱこの小象、あなたじゃなきゃ動かないみたい」
「あ……」
ぴくとも動かない小象の上で、草里の背をぎゅっと抱いてそのままだったわたし、なんだか恥ずかしくなってしまう。草里がすっと飛び下りて、わたしはよいしょと前に移動する。今度は草里が後ろから、わたしを抱きしめてくる。ぎゅっと力が入る。
「ううっ……あ」
「ヘンな声出してないで早く、うっ」
小象が、もう走り出していた。ぱぽー! すごい、速さ。パレードに突進していくときはなんだかのそのそめいているが、今は、快速。駆ける、駆ける。
「うっひゃ。いいねえ、これなら速いよ!」
行っけえーと草里が楽しそうに叫ぶ。
わたしは声も出せずに、小象にしがみつくのに必死だ。
ものの二、三分だろうか、もう峠のお菓子屋に着いて、飛び越した。誰も待っているといった様子は、なかったな。そのまま、一直線に。
「小象……場所、わかってるの?」
わたしは小象に呼びかけるのも必死だ。
ぱぽー!
小象は、加速度を増していく。お、わかってる……ぽい?
「あっ」
前方から、大きな雲が来る。
「草里! 気をつけて。雲が来る。草里、嫌いなんでしょ? 雲」
「好きだよ……」
「え?」
「わたし、ソラミミのこと」
はっ。はあ……? 瞬間、雲に飲み込まれた。小象ごとすっぽりと、いや感触としてはどぷっと、雲の中に沈み込むように。
この感触は、まるで夢だ。
小象が、速度を落とす。上手く走れないのかもしれない。もやもやとした黒。黒が少しずつ途切れて、空の色になる。雲を抜けた……のじゃないか。どうやら、迷い込んでしまったのかもしれない。
「草里?」
さっき、なんて……まさか。ソラミミのこと……まさか、ソラミミでしょう。それこそ。
草里の姿は、なかった。
背中に、草里の体温だけが、残されている。あたたかいようで、どこかつめたいその体温。
小象は今はのそのそと、やる気のない速度で一応の前進をしている。
こんなときに、夢に迷い込んでしまうなんて……。
しかも草里を、どこかに置き去りにしてきた。雲に入る前に、落っこちただけなのならいいけれど。夢と現のはざまで落っこちてしまったなら、大変なことになる。もう二度と見つけることができないかも。
ぱぽー……小象が動きを止めたので、わたしは降りて小象を引きながらとぼとぼと歩く。
辺り一面空しかない。歩く地面にも、空が映っているだけ。わたしと小象の影がそこで揺れている。
見たことのあるような、ないような空。
ふと高い高いところを飛ぶ、一体の飛行物。
泣いているもの。ふと、そんな気がした。どうしてここにいるの。ここはわたしの夢。わたしの夢に、迷い込んでしまったの?
それは、そのまま高い高いところを飛んで、行ってしまう。
それから、何かがわたしたちを見ている視線を感じる。四方から。取り囲まれている。
音楽が聴こえてくる。まただ。あの、パレード……禿げた奇形のどうぶつたちが、ひょこっひょこっと顔を出し、ぴょんぴょん不規則な踊りを踊って回り始める。
この小象は、わたさない。
なにを言ってる、仲間だよ。――仲間? ――みんな、仲間さ。おまえだって、そうさ。おれたちはおまえの仲間だ。迎えに来てんだ。その小象は、おれたちのパレードの象様だよ。――そんな、馬鹿な。この小象はわたしの小象だ。わたさない。――どうして? おまえは、パレードになれるんだ。おまえと小象をパレードに迎えに来てんだ。みんな、仲間さ。一緒に行こうよ。――わたしが、パレードに……馬鹿な!
「失せろ、卑しいものたち!」
わっははは! 禿げの奇形のどうぶつたちは一層笑いを増す。おれたちが消えれば、おまえも消えちまう。気づいてるんだろう本当は!
「草里は、草里は」
奇形のどうぶつたちが一様にどんよりした目つきになりわたしを重たく見据える。空もどことなく重たくなった。
「草里は、言ったよ。あんたらなんか、存在すらしないと! 潰す前に、存在すらしないパレードだと!」
空が、収束する。黒が点々と現れる。奇形のパレードは、収束の外側にいてまだそのどんより曇った目でわたしを見ている。なんて悲しげな目……わたしと小象は、収束に飲みこまれていく。わたし、どうしてあんなこと言ったのだろう。だけど草里は……そう言っていた。存在を否定したんだ。黒ばかりになる。わたしは、悲しかった。




