↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/29

十九歳の僕の選択

『これを無視すれば、家族の誰かが死ぬ』


 十九歳の朝倉遥斗は、スマートフォンに表示された文章を見つめていた。


「意味分かんねえ……」


 送信者は『二十六歳の朝倉遥斗』。


 七年後の自分から届いたということになる。


 そんな話を信じられるはずがない。


 誰かの悪ふざけだ。


 そう思い、通知を消そうとした。


 しかし、指が動かなかった。


 メッセージには続きがある。


『午後六時四十分、東都運送第三車庫。


 十七号車に、ブレーキ圧力の異常が発生する。


 警告番号はB七一九。


 午後八時三分までに、父さんと一緒にトラックを止めろ』


 東都運送は、父さんが働いている会社だ。


 けれど、父さんがどの車庫にいるのかも、何号車を担当しているのかも知らない。


 ましてや、警告番号など知るはずがなかった。


 現在時刻は、午後六時三十二分。


 警告が出るまで、あと八分。


「もし本当だったら……」


 信じて何も起きなければ、笑い話で済む。


 だが、無視して本当に誰かが死んだら。


 遥斗はベッドから飛び起き、父親へ電話をかけた。


 一度目は出ない。


 二度目も、呼び出し音が続くだけだった。


「出てくれよ、父さん!」


 三度目。


『どうした、遥斗』


「父さん、今どこにいる?」


『仕事中だ。急ぎじゃないなら――』


「東都運送の第三車庫?」


 電話の向こうで、父親が黙った。


『どうして知ってる』


「十七号車の近くにいる?」


『さっきから何なんだ』


「そのトラック、止めてくれ」


『はあ?』


「六時四十分に、ブレーキの警告が出る」


『誰から聞いた』


「説明してる時間がないんだよ!」


 時計は午後六時三十五分。


「警告番号はB七一九。もし本当に表示されたら、絶対にトラックを出さないで」


『B七一九……?』


 父親の声色が変わった。


「何か知ってるの?」


『いや。その番号は、車両の制御装置で使われるものだ。外部の人間が知っているはずがない』


「じゃあ、信じてくれる?」


『誰に聞いたんだ』


「二十六歳の僕」


『……何を言ってる?』


「僕だって分からない。でも、そのメッセージには、今夜家族の誰かが死ぬって書いてある」


 父親が息を呑む音がした。


『遥斗、落ち着け』


「僕は落ち着いてる!」


 遥斗は財布と家の鍵をつかみ、玄関へ向かう。


「今からそっちに行く。それまで、何があっても十七号車を動かさないで」


 電話を切り、家を飛び出した。


     ◇


 東都運送の第三車庫までは、自転車で十五分ほどかかった。


 到着したころには、雨が降り始めていた。


「父さん!」


 車庫の入口に、作業着姿の父親が立っている。


 その表情を見ただけで分かった。


「警告、出たんだね」


「午後六時四十分ちょうどだった」


 父親の声が震えている。


「警告番号も、B七一九。どうしてお前が知ってる?」


「だから、未来の僕からメッセージが来たんだ」


「そんな話を信じろと?」


「信じられないのは分かる。でも、警告は当たった」


 遥斗はスマートフォンの画面を父親へ見せた。


 そこには、先ほど届いたメッセージが残っている。


 父親は画面を覗き込み、眉をひそめた。


「この文章……」


「何か分かるの?」


「いや。ただ、妙に具体的すぎる」


 車庫の奥には、大型トラックが停まっている。


 車体の前方に『17』と表示されていた。


「あれが十七号車?」


「ああ」


「早く止めよう」


「待て」


 父親が遥斗の腕をつかむ。


「警告は、センサーの誤作動かもしれない」


「もし違ったら?」


「今、整備員が確認している」


「出発を中止すればいいだろ」


「今日中に届けなければならない荷物がある。簡単に止められるものじゃない」


「人が死ぬかもしれないんだぞ!」


「まだ故障だと決まったわけじゃない!」


 車庫の奥から、スーツ姿の男が歩いてきた。


「朝倉君、息子さんか?」


「部長……」


「さっきの警告は解除しておいた。予定どおり、八時三分に出発させる」


「しかし、ブレーキ圧力の異常です。もう一度点検を――」


「必要ない」


 男は冷たい声で言った。


「十七号車は先月も同じ警告を出している。センサーを交換してから問題は起きていない」


「でも……」


「この配送を止めれば、うちがどれだけの損害を受けるか分かっているだろう」


 父親は何も言えなくなった。


 遥斗は、その横顔を見つめる。


 未来から届いたメッセージを信じるなら、このあと父さんは上司に逆らえず、点検記録に署名する。


 そして、家族の誰かが死ぬ。


「父さん」


「遥斗は帰れ」


「嫌だ」


「これは会社の問題だ」


「違う。僕たち家族の問題だ」


 父親の前に立つ。


「父さん、怖いんだろ?」


「何を……」


「仕事を失うのが怖い。自分の判断が間違っていたらって考えると、何もできない」


 父親が目を見開いた。


 七年後の父親から聞いた言葉を、十九歳の遥斗は知らない。


 それでも、現在の遥斗から送られた思いが、言葉となって口から溢れ出した。


「でも、ここで逃げたら絶対に後悔する」


「遥斗……」


「仕事はまた探せる。でも、死んだ家族は戻ってこない」


 未来から届いた最後の文章を思い出す。


『父さんに伝えてくれ。


 僕たちはもう、大事な場面から逃げない』


「止めよう、父さん」


 遥斗は父親へ手を差し出した。


「一緒に」


 父親はその手を見つめた。


 スーツ姿の男が苛立った声を上げる。


「朝倉君、早く点検記録に署名しろ」


 長い沈黙。


 父親は、遥斗の手を握った。


「申し訳ありません」


 上司へ向き直る。


「十七号車の運行は許可できません」


「何を言ってる?」


「整備責任者として、この車両を止めます」


「命令に逆らうつもりか!」


「はい」


 父親の手は震えていた。


 それでも、もう目を逸らさなかった。


「遥斗、来い」


 二人で十七号車へ走る。


 運転席の扉を開け、座席の下を覗き込む。


「あった」


 赤い遮断レバー。


「これを引けばいいの?」


「ああ」


 父親と遥斗は、同時にレバーへ手をかけた。


「せーの」


 重いレバーを引き下ろす。


 車内の照明が消え、エンジンの始動装置が停止した。


「これで、整備が終わるまで動かせない」


 父親が大きく息を吐く。


 腕時計は、午後七時五十八分。


 出発予定時刻まで、あと五分だった。


 午後八時三分。


 十七号車は、車庫から出なかった。


     ◇


 午後十時十五分。


 父親と一緒に家へ帰る途中、遥斗のスマートフォンが鳴った。


 画面に表示された名前は『日和』。


 一瞬だけ、未来からの言葉が頭をよぎる。


『今夜、日和から最後の電話がかかってくる』


 遥斗はすぐに電話へ出た。


「もしもし!」


『お兄、声大きい。雨降ってるのに傘忘れたから、駅まで迎えに来て』


「分かった。すぐ行く」


『えっ、今日は素直じゃん』


「父さんも一緒だ」


『お父さん帰ってきてるの?』


「ああ。二人で迎えに行く」


『じゃあ、駅で待ってる』


 電話が切れる。


 助手席に座っていた父親が、遥斗を見た。


「日和か?」


「駅まで迎えに来てほしいって」


「行こう」


 二人を乗せた車は、東口駅へ向かった。


 あの大型トラックが走るはずだった道を通って。


 時刻は、午後十時二十五分。


 事故は起きなかった。


     ◇


「やった……」


 二十六歳の遥斗は、パソコンの前で呟いた。


 過去へ送信した直後、部屋の中を白い光が駆け抜けた。


 机の上に置かれていたUSBメモリが、砂のように崩れて消えていく。


 壁に飾られている写真へ目を向ける。


 父さん。


 母さん。


 日和。


 そして僕。


 四人が笑顔で並んでいる。


 誰も欠けていない。


 スマートフォンが震えた。


『母』


 画面に表示された名前を見ただけで、涙が溢れた。


 通話ボタンを押す。


「もしもし」


『遥斗? 今どこにいるの?』


 七年ぶりに聞く、母さんの声だった。


『誕生日のお祝いをするって言ったでしょう。お父さんも日和も、もう家に来てるわよ』


「母さん……」


『なに?』


「声を聞きたかった」


『さっきも電話したでしょう?』


 僕にとっては七年ぶりでも、母さんにとっては数時間ぶりなのだ。


『ケーキが溶ける前に帰ってきなさい』


「うん」


『返事だけは昔から素直なんだから』


 母さんが笑う。


 その声を聞きながら、僕は何度も涙を拭った。


「今から帰るよ」


 電話を切る。


 日和も、母さんも生きている。


 父さんも家族から逃げなかった。


 未来の僕が証拠を用意した。


 現在の僕が父さんと向き合った。


 そして、過去の僕が行動した。


 三人で、初めて失敗を変えることができた。


「今度は、誰も死ななかった」


「原因から変えたからね」


 小さな神様が、空になったプリンの容器を持って笑っている。


「これが人生攻略か」


「まだ最初の問題を解いただけだけどね」


 スマートフォンが、もう一度震えた。


 母さんからだと思い、画面を見る。


 送信者は『三十六歳の朝倉遥斗』。


 短いメッセージが届いていた。


『第一攻略、成功』


 その下に、もう一行。


『次は、紬を救え』


「紬……?」


 聞いたことのない名前だった。


 遥斗が画面を見つめていると、添付ファイルがひとつだけ表示された。


 ファイル名は『TSUMUGI_01』。


 開いた瞬間、ぼやけた写真が現れる。


 雨に濡れた駅のホーム。


 消えかけた終電の案内板。


 誰もいないベンチ。


 そして、ホームの端に立つ少女。


 傘は差していない。


 顔は見えない。


 写真の撮影日時だけが、妙に鮮明だった。


『二〇一〇年九月十七日 午後十時二十五分』


 日和から電話がかかってきた時刻と、同じだった。


 遥斗の背中を、冷たいものが走る。


「この写真……今夜?」


 小さな神様が、画面を覗き込んだ。


 その顔から、笑みが消えた。


「違う」


「え?」


「今夜じゃない」


 神様は、写真の隅を指差した。


 そこには、撮影日とは別の表示があった。


『死亡予定日 二〇一〇年九月十七日』


 遥斗は息を止めた。


 その日付は、七年前のものだった。


 なのに、画面の下には赤い文字が浮かんでいる。


『残り時間――六日』


「どういうことだよ……」


 返事の代わりに、本文の続きが表示された。


『ただし、現在のお前は、まだ彼女に出会っていない』


 さらに一行。


『彼女は、次の雨の日に死ぬ』


 遥斗は、写真の中の少女を見つめた。


 顔も知らない。


 声も知らない。


 どこにいるのかさえ分からない。


 それでも、もう見なかったことにはできなかった。


 家族を救った直後、次の攻略対象が現れた。


 その少女は、七年前の雨の中で、まだ誰にも見つけられていない。


 画面の中で、雨が降り続けている。


 やがて写真の端に、見覚えのない文字が滲み出した。


『彼女を救えるのは、現在のお前だけ』


 直後、写真の少女がゆっくりと顔を上げた。


 見えないはずの顔が、こちらを向く。


 画面が暗転した。


 最後に残ったのは、短い一文だった。


『次の雨まで、あと六日』


 その瞬間、暗転した画面に、見知らぬ着信表示が浮かび上がった。


 発信者は――『紬』。


 遥斗の指が、通話ボタンの上で止まる。


 まだ出会っていない。


 声すら聞いたことがない。


 それなのに、スマートフォンの向こうから、かすかな呼吸音が聞こえていた。


 ザーッ、ザーッ、と雨の音が混じる。


 そして、少女の声がした。


『……どうして、私を見つけたの?』


 遥斗は息を呑んだ。


 次の瞬間、通話は切れた。


 画面には、見覚えのない新しいメッセージが表示されていた。


『今、彼女はお前のすぐ後ろにいる』


 遥斗の背後で、床が軋んだ。


 振り返ることができない。


 小さな神様の顔から、血の気が引いていく。


 部屋の窓を叩く雨音が、いつの間にか止まっていた。


 静寂の中、背後からもう一度、少女の声が聞こえた。


『次の雨まで、あと六日』


 遥斗は、ゆっくりと振り返った。


 そこには誰もいなかった。


 ただ、濡れた足跡だけが、窓際からベッドの横まで続いていた。


 そして、その足跡は――遥斗の背後で途切れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
事故の原因を取り除き、家族四人が幸せをつかめたと思ったら、また新たな救出が……。お母さんとの電話にじんとした直後、紬からの着信や濡れた足跡にぞくっとしました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。