↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/29

守るための檻

「選択肢を作ったのは、僕だ」


最初の僕は、静かに言った。


空中には、二つの選択肢が赤く浮かんでいる。


『はい――三人の遥斗が消滅』


『いいえ――小さな神様が消滅』


「どうして、こんなものを作った?」


「終わらせるためだ」


最初の僕は、午後十時二十五分で止まった時計を見上げた。


炎も雨も、崩れ落ちる瓦礫さえ、その瞬間に縫い止められている。


「僕が死んだ夜、この子は時間を戻した」


燃え残った制服。


焼け焦げた手。


最初の僕は、七年前に死んだ姿のままだった。


「僕を救った結果、日和が死ぬ未来が生まれた。日和を救えば母さんへ、母さんを救えば紬へ死が移った」


「それで、三人の僕が生まれた?」


「ああ。時間を戻すたびに未来が分かれ、別の人生を生きる遥斗が残った」


最初の僕が、小さな神様へ目を向ける。


「この子は誰かが死ぬたび、何度でもやり直した。そのたびに名前も、記憶も、存在も削られていった」


「だから二つの選択肢を作ったのか」


「三人の僕が消えれば、世界は僕が死んだあとの形へ戻る。日和も紬も生き残り、この子は時間を戻す必要がなくなる」


「もう一つを選べば、神様が消える」


「そうだ」


「どちらを選んでも、誰かが犠牲になるじゃないか」


「誰かが消えなければ、繰り返しは終わらない」


声は冷たかった。


けれど、握りしめた拳は震えていた。


「それなら、どうして選ばせない?」


僕は止まった時計を指さした。


「お前は選択肢を作ったのに、世界を午後十時二十五分で止めている」


最初の僕は答えなかった。


代わりに、僕の服を握っていた神様が呟く。


「ボクが選ぼうとしたから」


「何を?」


「三人のはる坊が消えるくらいなら、ボクが消えるって」


最初の僕の表情が歪んだ。


「その子から離れろ」


「嫌だよ」


「離れろ!」


止まっていた炎が大きく揺れた。


熱風がホームを駆け抜ける。


僕は神様を庇うように前へ出た。


「神様を消さないために、時間を止めたのか」


「ここにいれば、この子は消えない。三人の僕も消えない」


「日和と紬は?」


「死ぬ直前の未来で止まっている」


「それは助けたことにならない」


「死ぬよりはいい!」


「生きてもいないだろ!」


僕の声が、無人のホームへ響いた。


「何も選ばせず、同じ瞬間へ閉じ込める。それは守っているんじゃない」


「君に何が分かる!」


最初の僕の周囲で炎が渦を巻く。


「僕はここで死んだ。煙で息ができなくなって、身体が焼けても、この子だけは手を離さなかった!」


雨の向こうに、過去の光景が浮かぶ。


床に倒れた最初の僕。


その手を握り、泣き続ける白い髪の少女。


『はる坊、起きて』


『ボクを一人にしないで』


「この子は最後に言った。僕を救うためなら、神様でなくなってもいいと」


小さな神様が俯いた。


「だから僕は、この子の懐中時計へ二つの未来を刻んだ。繰り返しを終わらせるために」


「最初から、神様を守るつもりだったのか」


「僕は、この子が消えることだけは許さない」


「三人の僕が消えることも?」


「それを選べば、この子は自分を責め続ける。自分のために三人の僕を消したと、永遠にな」


「だから、何も選ばせない?」


「ああ」


「それが、守るための檻か」


小さな神様が、最初の僕の背中を見つめる。


「最初のはる坊」


「何だ」


「もう、止めなくていいよ」


「駄目だ」


「ボクは、みんなを助けたい」


「その結果、君が消えたら意味がない!」


「それを決めるのは、はる坊じゃないよ」


神様が一歩近づく。


「守ってくれたことは嬉しい。ずっと一人で、この時間を支えてくれたことも分かってる」


小さな手が、焦げた制服の袖へ伸びた。


「でも、ボクは守られるために、はる坊と出会ったんじゃない」


「触るな」


「一緒に生きるために出会ったんだよ」


最初の僕が、その手を振り払う。


「僕は、君が消えるところを見たくない!」


「ボクだって、はる坊が死ぬところを見たくなかったよ!」


神様の叫びに、最初の僕が動きを止めた。


「だから時間を戻した。間違っていると分かっても、やめられなかった」


神様の目から涙がこぼれる。


「最初のはる坊も、同じでしょ?」


「……違う」


「同じだよ」


神様は泣きながら笑った。


「ボクたちは、お互いを守ろうとして、お互いを一人にしたんだよ」


炎の勢いが弱まった。


最初の僕が俯く。


「だったら、どうすればいい。僕たちが消えるか、この子が消えるか。二つしかないんだ」


「なら、作ればいい」


僕は空中の選択肢へ手を伸ばした。


「三つ目を」


「できない」


「お前は二つ作った」


「僕は死の瞬間にいたから作れたんだ」


「僕も朝倉遥斗だ」


「同じ名前だけでは足りない!」


最初の僕が僕の手首をつかむ。


その手は、氷のように冷たかった。


「選択肢は、死が確定した瞬間にしか書き換えられない。死ぬ人間が、最後に残す未来だからだ」


「だったら、お前が書き換えろ」


「僕はもう死んでいる」


最初の僕の身体が透ける。


その内側に、炎の中で息を引き取る姿が見えた。


「今の僕は、午後十時二十五分に残された記録だ。一度失った命を、もう一度差し出すことはできない」


「他に方法は?」


最初の僕は、僕の顔を見つめた。


「君なら、できるかもしれない」


「どういう意味だ?」


「君は、僕が死んだときと同じ十九歳だ。僕の死から分かれた三人の中で、最も最初の僕に近い」


小さな神様が息を呑む。


「駄目」


「君なら、選択肢を作った者の権利を引き継げるかもしれない」


「なら、やる」


「条件を聞いて!」


神様が僕の腕へしがみついた。


「何が必要なんだ?」


最初の僕は、すぐには答えなかった。


懐中時計の蓋がひとりでに開く。


一本の針が、午後十時二十五分へ戻り始めた。


「選択肢を書き換えるには、同じ場所、同じ時刻、同じ死を再現しなければならない」


「同じ死……?」


「君が僕と同じように死の直前へ立ち、その瞬間に時計へ触れる。そこで初めて、三つ目を作れる」


ホームの奥で爆発音がした。


七年前の炎が、僕たちへ迫る。


時計が示す時刻は、午後十時二十四分五十九秒。


「やめて!」


神様が首を振る。


「三つ目を作ったら、十九歳のはる坊は――」


最初の僕が、その言葉を引き取った。


「もう一度、ここで死ぬ可能性がある」


止まっていた最後の一秒が、進み始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。