第一話 俺が育てたんじゃない
小鍛冶道場の窓から木漏れ日が上座へ入り込んでいる。
結露したスポーツドリンクがちゃぶ台を濡らし、その隣で麻倫と百花が道着姿のまま爆睡していた。
日に四度ある、殺人的な強度の稽古の間には数時間の休憩が挟まっている。その時間をどう使うかはある程度自由だが、身体を休めていないと母に叱られ、次の稽古をさせてもらえないのだ。
内弟子の日々が始まった初日に懲りた麻倫は、大人しく休憩時間を休憩に当てている。
俺は市から貸与されたパソコンでリモート環境を整え、学校事務を片付けていた。学校現場でいう年次休暇とは、学校に居なくていいよという意味に過ぎないのである。
その隣では乃亜が書き物をしていた。先程までは夏休みの宿題と自習に取り組んでいたはずだが、今は日記(?)に夢中のようだ。内容は勿論見ないようにしている。ただでさえ自宅に女子中学生を招いているという状況で、セクハラリスクを重ねたくはないぞ。
「そういえば乃亜、お盆はどうするの? 玉手の盆踊りもあるでしょ。里神楽の稽古もあるんじゃない? 俺は仕事で見回りに行ってると思うけど」
作業しながら、ふと思い出して俺が聞くと、蚊の鳴くような声が返ってきた。
「こ、今年はお休み、します。きょ、去年も参加しなかったし……」
稽古以外の時間、乃亜の前髪は以前のように猫背に任せて垂れ下がっている。
俺はそんな彼女の様子を見て、「そっか」と短く答えた。
「麻倫、さんは田舎に行くけど、百花さんは道場にいるし……。よろしく、お願いします」
言いながら、乃亜は寝こけている百花をちらりと見た。起こさないよう、声はさらに小さくなっている。
……なるほど。家族と過ごすはずのお盆に、居場所の心許ない友人を一人きりにするつもりはないわけだ。
照れ隠しなのか、乃亜はそれきり日記に目を落としてしまう。俺も余計なことは言わず、頷くだけにした。
「ん、承った」
そう返してから、伝え忘れていたことを思い出す。
「あ、でも明日は俺いないよ?」
「え、何か、用事……、ですか?」
俺はラケットを振り回すジェスチャーをしながら答えた。
「玉手中男テニのブロック大会見てくる。全国に上がれるかの瀬戸際の奴」
「廉三さんへの土産話もよろしくね」
軒先で麻子さんや佳乃さんと一緒に洗濯物を畳んでいた母から、そんな要請が飛んでくる。
そっか、もう迎え盆か。親父が帰ってくる。
俺は「うい」と生返事をして、そのまま天井を見上げた。
記憶の中の親父は今も俺と一緒にコートに立っていて、見上げるほどに大きい。夏の日差しがコートに落とす親父の影に、幼い俺はすっぽりと収まっていた。
◇
山に囲まれた御伽市と異なり、隣県の大会会場には強い潮風が吹いている。
会場入りすると、何人も見知った顔が見えた。
「あ、小鍛冶先生お疲れ様です」
と挨拶をしてきたのは、隣県で専門部長をやっている顧問の教員だ。彼は俺が大会役員として関わっていないことをしきりに不思議がっていた。
道行く知り合いに苦笑いを浮かべながら、手を振り返す。まずは玉手中の連中を探さなければならない。
いた。
第一コートでトモ・タケペアが、第十コートで三雲・宝田ペアが個人戦をやるようだ。コートを見下ろせる場所に懐かしき男テニメンバーが控えていた。いや、三分の一は見慣れない顔ぶれだ。授業以外だと、一年生はこんな顔をしているんだな。
「鍛冶T!」
早速二、三年に囲まれる。一年生はなぜ俺がここにいるかを理解できないようだ。俺は揉みくちゃにされながら、引率をしている保塚教頭に頭を下げた。
「引率お疲れ様です。これ、保冷剤と差し入れです」
「先生も応援に来てくれてありがとう。本当は監督席も譲りたいところなんだが……」
この大舞台で未経験者が監督席に入るプレッシャーは筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。俺は困ったように笑い、コートへと目を向ける。
遠目に見える三雲はストレッチをして、宝田はフォームの確認をしていた。眼下のタケは足のアップをしており、トモはガットのずれを指でカリカリと直している――、と、その顔がふいにこちらを向く。
ラケットを担ぎ、親指を立てる。緊張の色は微塵もない。
――だが、組み合わせは残酷だった。
よりによってトモ・タケの初戦の相手はブロック第一シード、私立潮見学院のペアだ。昨年の全中で個人ベスト8に入った二人がそのまま三年生になって残っており、この大会でも優勝は堅いと目されている。専門部長をやっていた頃、何度も名前を見た顔ぶれだった。
空模様は薄曇り。海の向こうに鉛色の雲の塊が見えた。日差しがサイドの有利不利を左右しないのは、悪いことじゃないが……。
保塚教頭が監督席に下り、ほどなくしてプレーボールの宣言がなされた。
試合は相手チームのサーブから始まり、快音が断続的に響き渡る。
「ゴー、ゴー、レッツゴー。玉手! 守れ、タケ! 撃ち抜け、トモ! 俺たち最強、玉手!」
全国への切符はブロック全体でもわずか数枠しかない。その数枠を巡り、俺の元教え子たちは熱気立ち上る海沿いのコートの上で、ライバルに負けじと気炎を上げている。
「今の一本気にすんな、ドンマイ、ドンマイ!」
「見たか、見たか、まだ行くぞ。オー!」
観客席から、選手たちを鼓舞する応援歌が響く。
俺も無我夢中になって叫ぶ。部外者にできることは応援だけだ。
一ゲームを先取され、サーブ権がこちらに移る。
「一本挽回!」
勇ましい声をあげたのは、前衛のタケだ。こういう苦しい局面を持ち前のポジティブさで打開するのは、いつも彼の役割だった。
ネットを挟んだ敵から一瞬たりとも目を逸らさず、背中越しに相方へ激励を送る。
後衛のトモは冷静そのものだった。ゴム製のボールをラケットで砂入り人工芝の地面にトントンと突き、慎重に感触を確かめている。初心者の頃からずっと続けてきたルーティーンだ。企業ロゴの入った白い帽子を被り直し、顎の汗を手の甲で拭う。
応援の声が止む。
かすかな波の音だけを残し、時間が止まったような会場の中で、サーバーのトモは手に持ったボールをじっと見つめる。そして、それを無造作に宙へと放り投げた。
天高く弓を射るような姿勢を取り、全身を鞭のようにしならせる。勢いに任せて軽く前方に跳ぶと、投手を思わせる腕の振りで加速したラケットが、高い打点でボールを撃ち抜いた。
ドンピシャ。
爆発的な威力のジャンプフラットサーブだ。部内で彼を一番手のエースへ押し上げた武器であると同時に、生半可な相手ならばこれだけでポイントを量産できる必殺技の一つであった。
そう――、敵が生半可な相手ならば。
時間の止まっていたコート内が、にわかに動き出す。
相手の後衛は難なくボールを捉えた。深く高いバック側へのリターン。トモはこれをバックハンドで切り返す。
互いに隙を窺うラリーの応酬が続く。戦況を動かそうとした相手の一打が、わずかに浮いた。それを前衛のタケが俊足で捕らえる。バックハイボレー。並の相手なら、これで決まるコースだ。だが全国を舞台に戦い続けてきたペアはこれすら平然と拾ってくる。
その球を、前へ詰めていたトモがスマッシュで叩き込んだ。
ポイント。
――試合の流れを、実力でもぎ取った。
勢いそのままにこのゲームを奪い返し、ゲームカウント一対一。優勝は堅いと目されていた第一シードに、御伽市の公立中ペアが真っ向から食らいついている。どよめきが波のように観客席を伝い、会場全体が熱を帯びていった。
潮風が強く吹く。俺が監督席に座っていたなら、即座に指示を飛ばしていたことだろう。この向かい風なら、ボールは伸びない。低く滑らせろ、と。
だが、応援席からのアドバイスは禁止されている。
やきもきする中、次のゲームでトモが選んだリターンは、打点の低いスライスだった。風に押し戻されたボールが相手の足元で沈み、崩れたところをタケが仕留める。
以前の二人なら、流れを掴んだ途端に強打で決めにいき、俺に「油断するな」と叱られていたところだ。それが今は、慎重に相手のミスを誘いながら、じわじわと差を詰めていく。
不思議な感覚だった。俺が指摘しなきゃと思ったところを、先回りして潰されているかのような――。
接戦のままゲームカウントが増えていく。
ぽつり、と肌に冷たいものが当たった。見上げれば、海の向こうに見えていた雲がすぐそばにまで迫っている。
雨脚は見る間に強まった。試合を止めるほどではない。だが、ボールを確実に重くしていく、嫌な雨だった。
サイドチェンジの合間に、潮見学院ペアのフォーメーションが変わる。前衛と後衛が前後に並ぶ典型的な雁行陣から、二人そろってネットに詰めるダブル前衛へ。相手校の監督の入れ知恵だ。
まずい、天候を味方につけて勝負を決めに来た。雨を吸ったボールは重く、後衛の打球はどうしても伸びが落ちる。失速した球を、ネット際の二枚の壁が叩き落とす算段だ。
勝利の天秤が潮見学院へと傾いていく。
トモのレシーブは二枚の壁に阻まれて、一本も抜けない。あの隙間を破るには、針の穴を通すようなコントロールが要る。
かといって、タケと二人で前に詰めて迎え撃とうにも、練度の差で押し切られる公算が高い。
――俺なら両手で打つ。
歯噛みしながら、そう考える。雨で握りが滑るなら、両手で面を固めればいい。俺自身がコートに立っていたなら、隠し玉として硬式テニスの打ち方を試しただろう。だが、彼らに教えたことはない。
仮に監督席に座っていたとしても、俺が授けられたのは、壁を越えるロブの打ち方くらいだったはずだ。
アドバイスの得られない二人は、手持ちの武器で戦うしかない。
「あっ」
トモのレシーブが相手ペアに阻まれ、左右に揺らされたタケが必死に拾うという展開が続き、ついにはタケの足が遅れた。駄目だ。今まで耐えていた守りが決壊する――。
瞬間、「こなくそ」とタケがラケットを逆の手に持ち替える。無茶苦茶な体勢だったが、ラケット面にボールがおさまり、そのまま相手のネット際にポトリと落ちた。
タケ自身も倒れ込みながらの、完全なラッキーパンチ。だが、首の皮は繋がった。
「嘘だろ、あの選手。利き手じゃない手でローボレーしやがったぞ」
会場にざわめきが広がる。
倒れたままのタケと、トモの視線が交わった。トモの表情は、空模様とは裏腹にどこか晴れやかだ。
次のポイント。
ダブル前衛の一角から、重いボールが再びトモの足元へ沈められる。雨を吸ったボールがオムニの濡れた砂を跳ね上げ、低く滑った。
腰を落として待つトモに向かって、砂まみれのタケが振り返り、にやりと笑って顎をしゃくる。行け、とでも言うように。
トモの左手が、グリップを握る右手の上に重なる。
腰を深く落とし、肩の入れ替えだけでラケットを振り抜く。雨で滑るはずの面は微塵もぶれない。低い打点から放たれたボールはネットの白帯すれすれを這うように飛び、壁のように並んだ二人のちょうど真ん中を撃ち抜いた。
どちらの前衛も、一歩も動けない。
ボールが後方のフェンスを揺らしてから、ようやく審判のコールが響いた。
「なんだ、今の……」
誰かの呟きが耳に残った。
……両手フォア。
あの構え。打ち終わりに半歩だけ右足を引く癖まで、そっくりそのままだった。
高三の夏、雨の中で行われた全国大会の二回戦。俺が同じように二枚の壁をこじ開けた、あの試合だ。
教えたことはない。ただ、コントロールが要る時だけ、俺は球出しを両手でやっていた。トモはそれを毎日、コートの向こうから見ていたのだろう。そして恐らくは、ネット上のどこかに残っている俺の古い試合動画まで掘り起こして。
コートの上に、十八年前の俺が立っている。
ふと、その姿に、記憶の中の親父の背中がだぶった。見上げるほどに大きかった、あの背中。
あの日の試合会場で、親父もこんな気持ちでコートの外から俺を見ていたのだろうか。
視界がにじむのを、雨のせいにする。
トモが拳を握り、観客席の俺に向けて小さく突き上げた。
デュース。
アドバンテージレシーバー。
デュースアゲイン……。
接戦の最中、ゲームが途切れるたびに相手校の監督が叱咤激励する。もはや作戦がこちらにまで聞こえるほどだ。彼の熱量が伝わってくる。選手に寄り添う、理想的な指導者に見えただろう。少なくとも、今までの俺の目には。
俺は静かに「行け」と呟く。
長らく続いたデュースアゲインの連鎖を打ち破ったのは、両手フォアによるレシーブエースだった。
ゲームセット。
強豪私立の名物ペアを打ち倒した二人はその勢いのまま、全国への切符をもぎ取った。
第十コートの三雲・宝田ペアはベスト16で涙をのんだものの、翌日の団体戦では二人とも持ち前の粘りを見せ、玉手中は団体でも全国大会への出場を決める。
閉会式で全国への切符と共に名前を呼ばれたのは、テニス未経験の教頭が監督席に座る、一介の公立中学校だった。
◇
閉会式が終わると、俺の周りはにわかに騒がしくなった。
「小鍛冶先生! 良かったなあ、念願叶ったね」
真っ先に声をかけてきたのは、県の専門部で長年一緒に大会を運営してきた他校の顧問だった。去年までは、俺もこの人と並んで大会本部に詰めていたものだ。
「俺は何もしてませんよ。見てただけです」
「またまた。……でさ、急で悪いんだけど、一つ頼まれてくれないかな」
聞けば、全中本番に向けた県の強化練習で、全国出場校の相手をするコーチ役が足りないのだという。今年は専門部の顔ぶれが大きく入れ替わり、全国レベルの球出しができる人間がいないらしい。
その一言に弱いのは、教員の職業病だ。
俺も困っていた時には、ずいぶんと周りに助けられたものだった。
お盆には道場に乃亜と百花がいるはずだが……。つい昨日「承った」と返したばかりなのに、二、三日は母に頑張ってもらうしかないだろう。
「……人がいないなら、仕方ないっすね。今年だけですよ」
俺が頷くと、彼は大げさに手を合わせて拝んでくる。
続いて押し寄せてきたのは、トモとタケの両親だった。
「先生のおかげです。本当に、本当にありがとうございました」
タケの母親に至っては、涙ぐみながら何度も頭を下げてくる。いくら「俺はもう顧問じゃないですから」と言っても聞いてくれない。トモの父親に固く手を握られながら、俺はふと三月の朝を思い出していた。
まだ薄暗い河川敷で、トモは言ったのだ。俺が全国常連校にする初の世代だね、と。
あいつは、俺のいない場所でその約束を果たしてみせた。
保護者たちの波がようやく引いた頃だった。
「小鍛冶廉平先生、ですよね」
振り返ると、パンツスーツ姿の女性が立っていた。三十代半ばといったところか。雨上がりの湿った空気の中でも背筋をまっすぐに伸ばし、白いブラウスには皺一つない。人に見られることに慣れた人間の立ち方だった。
差し出された名刺には、『学校法人打出学園 打出中学校・高等学校 経営企画室長 槙野怜子』とある。一緒に手渡されたパンフレットの表紙では、若い男性が腕を組んで笑っていた。新理事長、IT企業の創業者。『受験指導と部活動を、学校最強のコンテンツに』という見出しが躍っている。
道理で、と思った。目の前の彼女からは、教員臭さが全くないのだ。
「少し、お時間いただけますか。先生とは、どうしてもお話がしたくて」
会場の隅の自販機の前で、コーヒーのプルタブを開けながら、槙野さんは単刀直入に切り出した。
「玉手中での先生の人事、伺っています。全国を狙えるチームの監督を、未経験の競技の顧問に回す。……正直に申し上げて、ありえません。先生、JSPOの公認コーチ3を持っていらっしゃるでしょう。そんな方を未経験の部活に!? 人材の浪費です。非効率の極み。教育委員会は何を考えているんでしょうか……!」
その声には本気の憤りが滲んでいた。
日本スポーツ協会の公認コーチ3。専門部長を任された年に、県の強化練習会でコーチを務める肩書きとして、半ば義務で取らされた資格だ。そんなものまで調べ上げてきたらしい。
胸の奥が、ちくりと疼く。俺が飲み込んできた言葉を、この人はいとも簡単に口にしてみせた。
「それに、先ほどの試合。あの両手フォア、先生の高校時代の全国大会、雨の二回戦とそっくりでしたね。動画、拝見しました」
ぞくりとした。そこまで調べてきたのか。
「これからの公立は、部活をやる環境じゃありません。地域移行で部活動は縮小、先生方は働き方改革で手足を縛られる。一方で私立は、高校の授業料支援が手厚くなって、学費の差がどんどん縮まっています。中学の三年間は特待生制度で、高校からは国の支援で。六年間、専門性の高い環境で選手を育てられる学校に、これからの子どもは集まります」
立て板に水の熱弁だった。悔しいことに、どれも的外れではない。
槙野さんは最後に、自信に満ちた笑みを浮かべて言った。
「うちなら、先生の王国、作れますよ」
王国。
その響きに、かつての自分の姿がよぎった。県大会常連の看板。全国に届きかけた夢。コートの上で、俺の一言に部員全員が動いていた日々。
だが、今日の試合を見た後では、その言葉はひどく空々しく聞こえた。
「……ありがたいお話ですけど、お断りします」
俺は苦笑しながら、名刺を胸ポケットにしまった。
「どうやら、認識が違うみたいです。今日のあいつらは、俺が育てたんじゃない。あいつらが勝手に育ったんですよ。あの両手フォアだって、俺は一度も教えてない」
それに、と付け加える。
「今は剣道部の顧問なんで。道場で待たせてる子たちがいるんです」
槙野さんは少しだけ目を見開き、それから楽しげに口元を緩めた。
「……分かりました。今日のところは、出直します」
そう言って一礼すると、彼女はヒールの音を響かせて去っていった。
◇
帰りの電車を降りると、御伽川の土手はすっかり夕焼けに染まっていた。雨雲は、とうに東へ流れ去ったらしい。
人気のない河川敷で、俺は何となく右腕を振りかぶる。
トスを上げる左手。弓を引くように反る背中。十八年前の俺の、そして今日のトモのサーブ。
振り下ろした腕は――、しかし、途中で両手になっていた。
右手が鍔元を、左手が柄頭を握る形で、何もない空間を縦に割る。ラケットのスイングではない。母に何千本と、手のひらの皮が破けて分厚くなるまで叩き込まれた、正面素振りだった。
「……メン」
思わず漏れた声に、自分で笑ってしまう。
今夜は迎え盆だ。家に帰ったら、親父に土産話をしてやろう。あんたの息子は、テニスの王国を蹴って、今は剣道をやっているんだ、と。
少しだけ軽くなった足取りで、俺は道場の明かりが灯る家路を急いだ。




