先輩
午後六時を過ぎた頃、空の色は少しずつ濃さを増していく。
白波と解散して、俺は一人、公園のベンチに腰を下ろしていた。
大分駅の正面にある芝生の広場は、夕方になると年齢の層が変わる。昼間は買い物帰りの人が多いけど、この時間は親子連れや部活帰りの中高生がゆったりと散らばっている。
そんな空気に混じって呆けていると、一匹の子犬が駆け寄ってきた。
頭を撫でると、リードの先から女性が近づいてくる。
「待った?」
澄んだ声だった。顔を上げるまでもなく、誰かは分かった。
「いえ、さっき着いたところです」
「集合は五時半だったよね。なら三十分も遅刻している絵馬は最低だね?」
伊佐町千草は、悪びれることなく淡々と言ってくる。
「いや、庇ったんだけどな……。実際は三十分待った」
「集合の十分前が基本だよ?」
「その台詞、遅れた側が言えたことじゃないですよ」
立ち上がると、視線が自然と千草さんの高さを越える。
ただ大学生らしい落ち着きが、背丈以上に大人びて見せていた。派手さを抑えたメイクは飾り気がないのに、逆に彼女らしさを強調していた。蒼といい、千草さんといい、憎たらしいが姉妹で容姿が整っている。
「絵馬と会うのは久しぶりだね。少し背が伸びた?」
「まだ二ヶ月ですよ。短期間で伸びるかっての」
「水泳部はどうしたの。私が卒業してからは顔を出してないんだ?」
歳は二つ離れている。ただ数字ほどの差を感じないのは部活での時間のおかげだ。
「今は顧問が入院していて、部活ができないだけです」
「入院? 病気でもしたの?」
「食あたりらしいですよ。ホルモンがどうのって」
「なら良かった。……いや、良くはないか。まあいっか」
「もう少し心配して差し上げろ」
「それで? 今日は何の用?」
雑談もそこそこに切り込まれる。
俺が千草さんに連絡したのは、どうしても聞きたいことがあったからだ。
「思念性プラシーボの話です」
回り道もせず、直球にぶつける。
こちらを振り返るかと思ったが、飼い犬のレタスを追いながら歩き出す。
俺が並ぶと、少し経ってから千草さんは口端を朗らかに上げた。
「懐かしいね、その名前」
千草さんは、俺に思念性プラシーボの存在を教えてくれた人だ。
彼女自身、思念性プラシーボに強い関心を持っている。
「絵馬から、その言葉が出るとは思わなかったよ」
「それについて、聞きたいことがあります」
「そっか、なら面白い話が期待できそうだね」
「話が早くて助かります。妹の方だと、そもそも会話が成立しない時があるので」
「蒼はね。あの子は何を考えているのか、家族でも分からないから」
察したように柔らかく微笑むと、千草さんは手綱を差し出してきた。
「いいよ。散歩しながらでよければ、教えてあげる」




