矛盾した女の子
放課後になると、運動部の掛け声が夕焼けの下で烏と掛け合いを始める。
青春の呼吸を鼓膜に通し、一人で北校舎の中央階段を下りていくと踊り場の小窓から四つの部活を視界に入れた。サッカー部に陸上部、女子ソフト部に野球部と、グラウンドで仲間と共に成長を志している。
目線を切って歩き出すが、すぐに足を止める。
「あ、変態の子」
昼に食堂で会った新入生代表がそこにいた。
俯きがちに陰りを作り、放心しているようだった。
「……っ」
俺を捉えた途端に一年生の瞳が揺れる。しまった、また変態の子と呼んでしまった。
昼と同じ反応が待っていると思ったが、今度は慌ただしくも一年生の口が動き出した。
「あ、あのっ、二年の美空先輩ですよね」
「え、うん。えっと……知り合いだっけ?」
凝視しても名前は浮かばない。ただ彼女は俺を知っているようだった。
「少しだけお時間いいですか」
「え、俺?」
「先輩にしかダメなんです」
「え、俺っ⁉︎」
「あの、私……」
「お、おう!」
告白だろうか。
絶対にそうだ。き、緊張する。
「どうして、見えているんですか……?」
「……は?」
ただ聞こえてきたのは予想もできない言葉。
「なんで、私と目が合うんですか?」
耳が拾い上げた言葉に、焦点が自然と一年生に定まる。
ただ定まっても、言葉の意味は理解が追いつかない。
「えっと、言っている意味が分からないけど?」
質問に答えたが、一年生は目線をよそに変えて口を閉じる。
静寂に包まれた校舎が、ぎこちない二人の空間をさらに装飾する。会話は言葉のキャッチボールと習っていないのか。これだから最近の若者は困る。
「どういう意味?」
「へっ、わ、私は、おかしなことは言ってなくて、その……」
「とりあえず落ち着けよ」
「落ち着いては、いますけど……」
どこか拗ねたような目線。え、拗ねられる要素があった?
「ならもう一度落ち着こうぜ。ほら、一緒に深呼吸、せーの」
「え、はい。深呼吸」
すーはー、すーはー、すーはー。
自分で促しておいて、なにこの時間……。
「それで、どうかした?」
「そ、それは……」
続きを促したが、一年生は俺を見つめては下を見る。その動作を繰り返していた。
せっかく深呼吸したのに全然落ち着けていない。
気まずいな。その感想に尽きる。
とりあえず名前でも聞いてみるか。なんて気ままに話題を考えていると、幸運にも間を取り持ってくれそうな二年の男子生徒が階段から下りてきた。
「おー美空じゃん。美空もいまかえ……」
そこまでを口にしたところで、男子生徒も一年生の存在に気がつく。
男子生徒は異様な空気感にある俺と一年生を見比べて小指を天井に伸ばした。
「なに、告白かよぉ。絵馬くんったらモテモテだねぇ」
口でも言ってきやがった。俺も告白なら嬉しかったよ!
ただ、おかげで気まずい空間に拍車がかかってしまった。
この野郎……、ちょっと男子ぃーっとはこういった男子特有の空気を読まない状況を指した言葉なのか。すごく勉強になる。呆れて否定しようと、途中まで言葉を紡いだ時だった。
「あのなぁ、くだらないこと————」
「わ、私は美空先輩以外の————」
同時に一年生も口を開き、お互いの言葉が重なってしまう。
「えっ、あ、……ごめんなさい」
声が重なり、一年生は驚いたように俺を見て謝ってくる。
それをおもしろおかしく笑いながら、助け舟を沈没させた男子生徒は去っていく。
————わ、私は美空先輩以外の
彼女はその続きを俺に向けていた。
男子生徒は放置して話を続けようとしていた。
「……」
間が悪い。それで済ませていいことではない気がした。
何かがおかしい。一年生の戸惑いの顔つきが顕著に表れている。
思えば、この一年生は男子生徒に一度も視線を向けていなかったよな。
意図して向けていないわけではなく、ありのままに立っていただけ。
俺と声が重なるまでは、第三者の存在を気にも留めず、声が重なってからは驚く素振りを見せていた。
……やっぱり何かがおかしい。
「今、誰かと話していたんですよね?」
疑問に感じていたが、彼女からボールを投げてくる。
「え、ああ、友達。ごめんな、騒がしくしちゃって」
「そうだったんですね。分かりませんでした」
「え、普通にそこにいただろ?」
意味が分からない。どう見ても目の前を通っていた。
「……」
ただ、ここでの無言が彼女の深刻さを描いていた。
「どういう意味だよ?」
「えっと、そのままの意味、です」
「だからどういう……?」
一年生は嘘をついてない。それは表情から分かる。
俺は一年生を見つめた。そこに騙す仕草や態度はなく、広い空間の中で、俺をはっきりと映している。
俺の思考を置いてきぼりに、一年生はか弱い声音で言った。
「私、男の人が認識できないんです」
ただ一言。
おそらく一番に伝えたかったこと。
でも彼女は気がついていない。
その言葉は完全に矛盾していた。




