進むべき場所(2)
時間はすぐに過ぎていき、俺の中学と翠の中学の校区を隔てる県道が近づいてくる。
じゃあな。普段ならどちらかが言い出すが、俺は足を止めた。
「なあ、どうでもいいこと聞いてもいいか?」
軽く世間話をするように切り出す。
翠はいつもの冗談だと思ったのか気軽に笑った。
「絵馬との会話は、大半がどうでもいいことだけどな?」
「これを言ったら関係が変わるって話を、翠はその人に言えるか?」
もらった皮肉を無視すると、翠は何も言わずに見てきた。
驚いたような表情は次第に、性格悪いな、という顔に変わる。
「翠のことじゃないからな」
「なんだよ。じゃあ誰のこと?」
「誰でもいいだろ。単なる雑談だって」
事細かに説明しないと察したのか、翠は「はぁーあ」と口から呆れた息を出す。
急な疑問に対しても追求するつもりはないらしい。
「俺なら言わない」
見えない道筋を視線でなぞり、翠は強く言い切る。
「そっか」
「なんだよ、その反応。俺の話じゃないんだろ?」
「ないけど、そっか、ってなった」
だからなんだよ。そう言って、翠は子供のように肩を殴ってくる。
その翠に、真摯に問いかけた。
「もし千草さんより良い人が現れたら、翠はその人を好きになるか?」
「……」
「悪い。でも教えて」
訝しげな視線を向けられたが、次第に焦点を俺に合わせてくる。
視線は変えないまま、けろっと軽く言ってきた。
「そりゃあ、なるだろ」
「なるのかよ。意外と翠も単純な男だな?」
「だってそうだろ。越えるなら好きになって当然」
「そっか。じゃあな、また今度」
「なんかモヤモヤする終わりだけど、またな」
目元で笑い、翠は背中を向けて自宅へ舵を切った。
誰だってそうだ。一番を越えたのなら心変わりは簡単だ。
「……」
忘れるわけではなく、乗り越える。衛藤はそれを目指している。
俺が白波を越えることは出来るのか。そんな馬鹿げた思考は巡らせない。
ただ自分に嫌気がさして、見えない未来をため息に置き換えた。
「盛大なため息だね」
動揺もなく、声の主を見つめ返す。
千草さんが駅の方角から歩いてくるのは見えていた。
「今なら翠に追いつきますよ」
「絵馬が深刻な顔をしているから、今はこっち」
「……」
「何かあった?」
朗らかに微笑んでくる。
無意識に視線は遠くの山々へ向いた。
自然を見つめながら、俺は言った。
「人の記憶は、失ったら戻らないの?」
千草さんは目を丸めたが、すぐに目端を緩める。
「人の記憶は、簡単には無くならないよ。脳でなくとも、一つ一つの細胞が覚えている」
「……」
「記憶は無くならない、絵馬は誰よりも経験しているよね?」
そう言って、千草さんは耳元へ視線を寄せてきた。
知っている。それが、俺が衛藤に現実を生きてほしい理由だ。
衛藤の表情。感情の結果というより処理の痕跡に近かった。
過去に触れないために過去を書き換える、その操作だけが一貫していた。
衛藤の願いは、白波との関係をなくすことではない。
だって、衛藤は白波のことを忘れなかった。
白波を忘れるだけで全てが治まるのにも関わらず、本心がそれを望まなかった。
衛藤が思い描いた結末は、白波が幸せになること。
そして、それを見届けること。
だから白波の記憶から、自分の存在を消し去った。
自分を足枷だと思い込み、自分から身を引いた。
誰もができる事ではない。それは紛れもない一つの感情だ。
だからそうだ。
答えは、ずっと前から決まっている。




