↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/42

進むべき場所(2)

 時間はすぐに過ぎていき、俺の中学と翠の中学の校区を隔てる県道が近づいてくる。

 じゃあな。普段ならどちらかが言い出すが、俺は足を止めた。


「なあ、どうでもいいこと聞いてもいいか?」


 軽く世間話をするように切り出す。

 翠はいつもの冗談だと思ったのか気軽に笑った。


「絵馬との会話は、大半がどうでもいいことだけどな?」

「これを言ったら関係が変わるって話を、翠はその人に言えるか?」


 もらった皮肉を無視すると、翠は何も言わずに見てきた。

 驚いたような表情は次第に、性格悪いな、という顔に変わる。


「翠のことじゃないからな」

「なんだよ。じゃあ誰のこと?」

「誰でもいいだろ。単なる雑談だって」


 事細かに説明しないと察したのか、翠は「はぁーあ」と口から呆れた息を出す。

 急な疑問に対しても追求するつもりはないらしい。


「俺なら言わない」


 見えない道筋を視線でなぞり、翠は強く言い切る。


「そっか」

「なんだよ、その反応。俺の話じゃないんだろ?」

「ないけど、そっか、ってなった」


 だからなんだよ。そう言って、翠は子供のように肩を殴ってくる。

 その翠に、真摯に問いかけた。


「もし千草さんより良い人が現れたら、翠はその人を好きになるか?」

「……」

「悪い。でも教えて」


 訝しげな視線を向けられたが、次第に焦点を俺に合わせてくる。

 視線は変えないまま、けろっと軽く言ってきた。


「そりゃあ、なるだろ」

「なるのかよ。意外と翠も単純な男だな?」

「だってそうだろ。越えるなら好きになって当然」

「そっか。じゃあな、また今度」

「なんかモヤモヤする終わりだけど、またな」


 目元で笑い、翠は背中を向けて自宅へ舵を切った。

 誰だってそうだ。一番を越えたのなら心変わりは簡単だ。


「……」


 忘れるわけではなく、乗り越える。衛藤はそれを目指している。

 俺が白波を越えることは出来るのか。そんな馬鹿げた思考は巡らせない。

 ただ自分に嫌気がさして、見えない未来をため息に置き換えた。


「盛大なため息だね」


 動揺もなく、声の主を見つめ返す。

 千草さんが駅の方角から歩いてくるのは見えていた。

 

「今なら翠に追いつきますよ」

「絵馬が深刻な顔をしているから、今はこっち」

「……」

「何かあった?」


 朗らかに微笑んでくる。

 無意識に視線は遠くの山々へ向いた。

 自然を見つめながら、俺は言った。


「人の記憶は、失ったら戻らないの?」


 千草さんは目を丸めたが、すぐに目端を緩める。


「人の記憶は、簡単には無くならないよ。脳でなくとも、一つ一つの細胞が覚えている」

「……」

「記憶は無くならない、絵馬は誰よりも経験しているよね?」


 そう言って、千草さんは耳元へ視線を寄せてきた。

 知っている。それが、俺が衛藤に現実を生きてほしい理由だ。

 衛藤の表情。感情の結果というより処理の痕跡に近かった。

 過去に触れないために過去を書き換える、その操作だけが一貫していた。


 衛藤の願いは、白波との関係をなくすことではない。


 だって、衛藤は白波のことを忘れなかった。


 白波を忘れるだけで全てが治まるのにも関わらず、本心がそれを望まなかった。


 衛藤が思い描いた結末は、白波が幸せになること。


 そして、それを見届けること。


 だから白波の記憶から、自分の存在を消し去った。

 自分を足枷だと思い込み、自分から身を引いた。

 誰もができる事ではない。それは紛れもない一つの感情だ。

 だからそうだ。


 答えは、ずっと前から決まっている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。