世界との向き合い方(2)
「どこか行きたいところはありますか?」
商業施設に着くと衛藤が意見を求めてくる。
前回ここに来たときは、本屋に足を運んだだけだった。
ただ今回の目的はバイトの下見ではない。純粋に楽しむことを目的に来ている。
その証拠に案内板を見る衛藤の顔は活き活きとしていた。
「衛藤の行きたいところでいいよ。行きたいところはないし」
「なら、ここに行ってみてもいいですか?」
衛藤が指をさしていたのはアパレル店。
どこへ行くことになろうが考えていた反応は一つだ。
「いいんじゃね。行こうぜ」
「あれ、意外と気乗りですね。そんなに私のファッションショーが見たいんですか?」
「ん、あー、うん。めちゃくちゃ見たい」
「なんですかその棒読み。男子ってこういうのを喜ぶんじゃないんですか?」
「それは男子を低く見過ぎ。でも水着なら喜ぶと思うぞ。あっ、あんなところに下着の店が————」
衛藤は俺を置いて、すでに歩き出していた。
今度はさっきみたいに戻ってきてくれないので早足で追う。
「何か服を買うの?」
「今日は美空さんの服をコーディネートしてみたいです」
「別にしなくていいよ。ちょっと怖いし」
「何か小声で言いましたか?」
「あずきん、センス悪そう。ダサそう。あと馬鹿そう」
「失礼な言葉が強化されて返ってきた……」
大分駅の西側出口に向かうのではなく手前にある分岐部を左に曲がり、本格的に商業施設の入り口に足を踏み込んでいく。ここからは駅の雰囲気は一切なくなり、ファッションビルという名がふさわしい。
早速、入り口近くの店舗で江頭は足を止めた。
「これ、良くないですか。チェックのスカートと合わせたりして」
衛藤が指をさしたのは、ラフなアザラシが貼られた半袖の白シャツ。単体では可愛いかもしれないが、チェック柄のスカートとは絶対に合わないと言い切れる。おかげで本当にセンスのないことを確定づける一着となった。
「あー、うん。……いいんじゃね?」
「え、なんですか。その『もうこいつ終わりだな』みたいな顔」
「そういえば、アザラシって水中で二時間も息を止められるらしいな」
「え、急なうんちくですね?」
「哺乳類のくせに水中に潜ってばかりとか、こういうのが来世で人間になって女子更衣室とかに潜り込むんだろうな。俺、アザラシってほんと嫌いだわー」
「うっわぁ。この人も終わりだなぁ」
終わりなのはお前のセンスだ。
「もお、デートって言ってるのに雰囲気が台無しですっ」
拗ねたようにタイツに包まれた脚の振り出しが早くなっていく。
その脚は、またすぐに隣のマネキンの前で動きを止めた。
次は可愛らしいロゴスウェットに綺麗なサテンスカート。カジュアルだが大人っぽさを含んだ春コーデだ。ただ、ある程度のスタイルでないと背伸びしているように見えそうだ。高校に入学したばかりの衛藤なら尚更のこと。
「このスカートは可愛いですよね」
「君の方が可愛いよって言ってやろうか?」
「絶対に服に対抗する言葉じゃないです。ちょっと見てきますね」
衛藤は呆れながら店内に入っていく。
商品を見ては目移りし、違う商品を見ては目移りを繰り返している。
それを後ろから金魚の糞のようについていくしかなかった。
これなら俺は一緒に行く意味はあったのか。下着の店で待っていた方がよっぽど充実した放課後になったのに。
「これ……」
ふと衛藤から溢れる。
足を止めた衛藤の意識はヘアピンに注がれている。シルバーに輝く細長い髪留め。
「それ、持ってなかったっけ。見たことある」
「いえ、持っていませんよ」
「あれ、そっか。なら見間違いか」
衛藤はまた重心を前方に進める。それに合わせて俺もヘアピンから視線を上げた。
衛藤が不思議そうに首を傾げている。
「どうすれば可愛い服って着こなせますかね」
「好きな服を着ていたら大丈夫だろ?」
「でも私が選ぶ服って、背伸びをした感じで、スタイルが良くないと似合わないってよく言われるんですよ」
「ああ、確かに白波とかが似合いそ……」
言った後で気が付く。完全に無意識の産物だった。
ただ衛藤は聞こえていないのか、また違うマネキンに惹き込まれている。
「……」
どうにも釈然としない。
もちろん、衛藤が元気なことに越したことはない。
それでも頭を悩ませたのは白波のことがよぎったから。
今日の衛藤の行動は何かを忘れようとする空元気にも見える。
それを確信する確かなものを俺は感じていた。
この日、衛藤は一度も白波の名前を出していない。
それでも衛藤は笑顔だった。
きっと腹を括って決断したのだ。
白波のことを諦めると。




