誰も知り得ない方向に
「あ、美空」
教室に入ると扉付近で集まっていた男子生徒に声をかけられた。
立ち止まると、男子生徒は周囲との談笑を切り上げて言ってくる。
「さっき、ショートカットの一年生が来てたぞ?」
「それって美人? なら大歓迎」
「憎たらしいことに美人だった。前にもこの教室に来てた背の高い子」
その特徴は考えなくても白波だ。
実際にスマホには白波からメッセージが届いていた。
文字で返す気分ではなく、昼休みに一年一組の教室に足を運んだ。
白波と衛藤が所属している教室だ。後方の扉から教室内を見渡す。
「あれ?」
一通り見て、また見返す。そこでようやっと白波を見つけた。
白波は三人の女子生徒と机を合わせてお弁当を囲んでいる。一目で気が付かなかったのは白波の容貌が普段とは変わっていたからだ。ヘアピンで前髪が左右に分けられ、表情が読み取れるようになっている。
「……」
高校生らしい日常の一幕がそこにある。
でも、そこに衛藤はいない。というより教室にもいない。
衛藤はどこに行ったのか、それを頭の隅で考えていると、白波が俺に気がついたようだった。
ただ視線を鋭くさせて険しい表情になっていく。
周囲を気にしたのか、他人のふりをすることに決めたらしい。
その意図は分からないこともない。学年の違う男子が教室にまで来ると周囲に勘繰られるはずだ。
事実、俺が諦めて教室に戻っていく最中に『教室には来ないでくださいよ』と怒りの文章が送られてきた。でも今朝の自分の行動もぜひ考え直してほしい。お前、教室に合計2回来てるからな。
『話したいことって?』
文字で返すと、すぐに返信が来る。
ただ一文だけ。
『男の人が認識できるようになりました』
階段の途中で足を止める。
歩くときぐらいやめろ。と背後から教員にありがたい指導を頂くがそんなことは気にしていられない。
文字列を見返すが、何度見ても変わることはない。
「どういうことだ……」
衛藤の思念性プラシーボは解決したというわけではないはずだ。
それなのに白波に起きていた現象が解決した。
なら、衛藤に何かが起きているのか?
でも衛藤なら、朝は機嫌がすこぶる良かった。あれは演技ではなく本心だと思う。
分からない。何が起きているのか、実害がない今は思考も働かないままだった。




