日常は君視点で
その日は、しとしとと梅雨を先取りした春の雨が朝から降っていた。
各人各様の色とりどりの傘を片手に持ちながら、生徒たちは校舎へ向かっている。
「美空、おはよ」
校門を過ぎると、蒼に声をかけられる。
「早いんだね。今日は遅刻しなかったんだ?」
「今日は、って、普段から遅刻しているわけじゃないけどなー」
「雨の日は自転車の摩擦が足りないから遅れる、とか意味の分からないこと言ってなかった?」
「ああ、だから歩いてんだよ。というか去年の俺おもしろすぎるだろ」
傘の柄を持ち直す蒼が、俺の顔をまじまじと見つめてくる。
「それよりどうだったの?」
「どうだったって?」
「一年生のこと。いつもよりテンションが低いからさ?」
「……」
あれから衛藤は走って立ち去った。
その後をどのように過ごしたのか、周囲からどのように思われていたのか。
放課後に教室を訪れてみたが、衛藤も白波もおらず、学年の違う俺には分からないままだった。
でも女子生徒との衝突から派生する何かがあったはずだ。
もし、俺がもっと早くに介入していれば、二人は衝突せずに済んだのかもしれない。
そう考えると、自分が正しかったのかを考えてしまう。
「珍しいね。美空が真剣に人のこと考えているの」
「会ってから短いけど一緒にいるからな。気になる」
「素直じゃない言い方しちゃってさぁ。美空も案外可愛いねぇ」
「なんだよ。頭触ってくんな」
「大丈夫だいじょうぶ。女子はケロッと仲直りしているものだから」
呆れ笑いを浮かべ、蒼は傘の下で俺の肩に手を置いた。
その瞬間、「え?」と、後ろから驚いたような声が飛んでくる。
振り返ると、すぐ近くに衛藤の姿があった。
————全部、無くなっちゃえばいいのに
あの日、衛藤が言った言葉、
もしかすると、本当に何もかもが無くなってしまうのではないか。
千草さんの考えた神隠しの理屈を知っているからこそ落ち着けなかった。
それでも俺にはしっかりと衛藤が見えている。
ひとまずはそれだけで安心した。安心はしたけど……、
「何してるの?」
衛藤は、俺と蒼の間に入り込み、俺の腕を抱え込んでいる。
鋭い視線を二人ともに寄せて、敵対するような雰囲気を醸し出している。
「いえ。ただの独占欲です」
「いつから俺は衛藤の所有物になったわけ?」
「ご存知ありませんでしたか?」
「存じ上げませんでした。……改めて聞くけど何してるの?」
俺の言葉を無視して、衛藤は蒼に首を向ける。
「清楚の擬人化さんは、美空さんとどういう関係ですか?」
「へ、清楚の擬人化って私のこと?」
「はい」
「うーん、ただの同級生だよ」
「同級生……。そうですか」
衛藤は俺の腕から若干だが力を緩める。
いまいちどういう状況なのかを読み取れずにいると、蒼は目を丸くしてから口端を緩めた。
「あっ、私は本当にただの同級生だからね。うん、だから頑張って!」
「え、あ、はい……?」
「またお話し聞かせてね!」
颯爽と消え去っていく。あいつ、何か勘違いしていそうだな……。
とはいえ、朝のうちに元気な衛藤を見れてよかった。心配が消え去ってようやく頭が軽くなったが、衛藤が掴んでいる俺の腕に、さらに力が込められる。
「あの人とは本当に何もないんですか?」
「蒼のことなら本当に何もないって。前にも言ったじゃん」
「んー、互いが真顔で答えるあたり本当っぽいですね。信じてあげます」
信じてもらえたから良しとしよう。
それにしても、衛藤はいつも通り……だよな。少なくとも、昨日に友人と喧嘩をしたとは思えない。
それどころか、心なしか今日は機嫌が良さそうに見えた。
「えっと、腕はいつまで組むの?」
「なんですか、私とのスキンシップは嫌なんですか?」
「え、うん。まあまあ嫌」
「正直すぎる……。とにかく、私に隠し事は禁止ですからねっ!」
「なんで束縛されてるわけ?」
「んふふふぅ」
「んふふふぅじゃねえよっ。というか今日はテンションが高くないか?」
「ええ、いつもですよぉ」
俺の顔を覗き込んで口元に弧を描く。
心なしか目端も柔らかく全体的に優しい表情が、今日は甘いという表現が適切かもしれない。
ただ本当に何もなさそうで良かった。その感想に尽きる朝だった。




