甘酸っぱい出会いとかない
高校二年生ということもあり、新しい環境への緊張や受験への焦りは他の学年よりも少ない。
教室を見渡せば、誰かが友達と笑い合っていて、窓から差し込む光も温かく感じる。授業の内容も退屈に感じる一方で、こうして生徒を楽しませることができているなら勉学以上の価値もあると思う。もちろん、先生にそんなつもりはないだろうけど。
俺は会話の片手間に進めていた板書を閉じて立ち上がる。
食堂行ってくる。そう伝えて、二人の新しい話題から抜け出した。
上ヶ丘高校は、周囲の高校と比べて制服が可愛いと評判だ。ブレザーは一般的だが、灰色と暗い紫色のリボンが特徴。他にもカーディガンは無地なら色の指定はなく、ヘアカラーリングも許可されているなど、この緩めの校則を目当てに受験する生徒もいるらしい。
前を歩く女子生徒二人もまた、高校の戦略に取り込まれたのだろうか。
そう思ったが、実際には二人とも紺のカーディガンにスカート丈は長い簡素な装い。その中でも、一人は装飾はなくとも背丈の高さが凛とした印象を与えていた。
そう考えると、何を着るかより、誰がどう着こなすかが重要なのかもしれない。
「流石に見過ぎじゃない?」
一年生を目で追っていると呆れた顔で蒼が佇んでいた。比較的にゆるい校則すら違反をしない模範的な女子高生が、心の底から軽蔑するように俺を見ていた。
「赤裸々もなく後輩の女の子を眺めるのは楽しい?」
蔑むような冷たい視線。というより蔑んでいた。
「赤裸々に見ている方がキモいだろ?」
「いやいや、見ているだけでかなり気持ち悪いからね」
「そうか?」
「そうだよ。少し考えたら分かるでしょ」
げんなりした表情を決め込まれてしまった。
絶対に赤裸々に見ている方がおかしいのに。
「蒼はどこか行くの?」
「うん。美空は食堂でしょ。だから一緒に行こうかと思って付いてきた」
「あら、なにその可愛い理由」
「私もお昼忘れたの。食べなくてもいいかなって思ったけど、美空が行くなら私も行く」
「でも蒼が忘れ物ってイメージ通りだな。ドジっ子っていうか間抜け」
「あはは、その舌よく動くね。削ぐ?」
「すみませんでした」
そのまま蒼はくすっと目尻を下げた。
「食堂は行ったことがないから不安なの。だから美空が一緒に行ってくれるなら助かる」
「なんだ、そういうこと。なら行こっか」
「美空は使い勝手がよくて助かるよ」
「あれ、小さく何か言いました?」
「普段は内輪ノリうざいし関わりたくないけど」
「あれぇ、大きく言い加える意味ありましたぁ?」
足先を揃えると、蒼がこともなげに口を動かしてくる。
「それより、美空が後輩に興味を抱くのは意外だね」
「なんの話?」
「一年生を見ていたでしょ。よだれを垂らしていそうな間抜けな顔で」
さっきまで赤裸々もなく眺めていたことか。それより俺って女子を見ると、本当によだれを垂らす癖でもあるのかな。マジで気をつけよ。
「確かに、後ろ姿だけでも綺麗な子だねぇ」
蒼の視線は少し離れた位置にいる一年生に向けられている。
彼女は小顔で背丈があるので目立っていた。歩くたびに揺れている後ろ髪が、彼女の凛々しさを増大させている。
「ふぅん、あれだけ大人びているのに私より歳下なんだ。あれ、私って可哀想?」
「んーぼちぼち」
「嘘でも否定して欲しかった」
「赤裸々もなく見る理由も分かるだろ?」
「理由は分かるけど、じっとりと見ていい理由にはならないけどね」
その通り過ぎて何も言えずにいると、突然と一年生のポケットから何かが落ちた。
ハンカチのような物は、静かに廊下に取り残される。
「あ、これ落としたよ?」
見かけた男子生徒が、すかさず一年生に教えてあげていた。
もしかすると、これが甘酸っぱい出会いになるのか。そう思うと、ワクワクと同時に『なら俺が拾っておけばよかった……』という雑念も湧いてきちゃう。
「……」
ただワクワクな展開は起こらない。
本来ならお礼と共にハンカチを受け取る流れだが、実際に視野に映ったのは想像とは違う光景だった。
「え、あの、これ……」
「……」
「えっと……?」
無視。一年生は男子生徒に見向きもせず廊下を歩いていく。
「あ、ごめんなさい。わざわざありがとうございます!」
落とした本人ではなく、隣を共に歩いていた女子生徒が愛想のある笑顔で受け取った。
「あはは。いやー、本当にありがとうございますっ」
「あ、うん……」
会話だけ切り取れば平和な日常。
ただ落とした張本人である大人びた一年生は見向きもせずにお礼もしない。
それが日常かのように隣の子も過ごしていた。
たったったと愛想のある友人が、「こはくー、拾ってもらったよ?」と落とした本人へと駆け出す。
呼びかけられ、ようやく背の高い女子生徒が反応する。
「あれ、落としてた?」
横顔には見覚えがあった。
新入生代表として挨拶をしていた子だ。
「うん、拾ってもらったんだよ。相変わらず、ぼーっとしすぎで心配になるよ?」
「そっか、……ありがと」
何かを呑み込んだかのように、砕けた笑みで礼を口にしている。
二人はそのまま食堂の方面へと歩いて行った。後方から流れを見ていた俺と蒼は自然と目を合わせる。
「可愛い子って、どこか抜けていても可愛いになるから良いよね」
蒼が妬ましそうに呟く。
「世の中、結局は顔ってことか」
「私の容姿は上の下だから良いけど、自己肯定感が低い子は可哀想だよねぇ」
「せっかく自信を持つなら、口だけでも上の上でいてくれ。変に遠慮するな」
「上の上は超人気芸能人で、上の下は人気芸能人レベル」
「なら中の上だな。自己評価甘々か。チョコレートフォンデュかよ」
「フォンデュは絶対にいらないでしょ……というかさぁ」
蒼は目端を細めて恨めしそうな表情を作った。
「私だから良いけど、正直に言い過ぎだよ。もう人として終わりだよ?」
「なんかごめん。そこまで言われる?」
「そういうところが女子に避けられる原因だよ。美空はなんでも正直に言っちゃうんだから」
「え、ちょっと待って。俺って避けられてたの?」
なにその情報。本人が気づいていないとかある?
「女子からヒロインのいない少女漫画のヒーローって言われていること知らないの?」
「まじかっ、俺ってそんな名誉な称号を持っていたのか!」
「いやいや名誉じゃなくて不名誉だから。ほら少女漫画のヒーローって、見た目は無愛想で近づきにくいけど、ヒロインのおかげでクラスや周囲に馴染めていけるでしょ?」
「知らねえよ。常識みたいに語るなー」
「美空は、男子との内輪ノリばっかりで、女子とは全く話さないから怖がられているにも関わらず、ヒロインがいないから馴染めない可哀想な男子ってことを揶揄した言葉だから」
「俺ってつくづく可哀想だよな」
「ちなみに私が考えた」
「蒼が発案かよっ。それ絶対に広まってないよな?」
これが広まるほど女子の会話内容も薄くはないはず……だよな。




