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高嶺の花にも棘がある

 人は、作品のように整った美しさに惹かれる。

 人間の魅力を五角形で捉えるなら、各頂点が均等に伸びた図形は、それだけで一つの完成として成立する。過不足のない輪郭は、誰の目にも分かりやすく美しい。

 そういう人間が『高嶺の花』と呼ばれるのは自然なことだと思う。

 一方で『綺麗な薔薇には棘がある』は対極な言葉だと思う。

 棘は単なる欠点ではなく、均衡を崩す要素でもあり、同時に他者との接点を生む引っかかりでもある。人の心を動かすのは、完全に整った形よりも逸脱した輪郭だったりする。

 すでに完成されたものは崇められ、不完全なものは親しみやすく興味を誘う。


「へんたい」


 高嶺の花か、それとも綺麗な薔薇か。

 どちらかを連想させた女子生徒は、そう最後に口にした。

 一年生一組の中から一人だけ選ばれる可哀想な生徒は、入学式から一週間後の今日、全校生徒の前で新入生を代表して挨拶をしなければいけない。

 今、新入生を代表して挨拶をしている女子生徒。

 彼女が体育館の壇上に上がったとき、周囲は軽くざわついた。それほどまでに彼女は目を惹く容姿をしていた。

 身長は170センチに近い。ショートヘアは首元に触れ、対照に長めの前髪は綺麗に切り揃えられて整然とした双眸に触れていた。

 遠目ながらも、彼女の第一印象は高嶺の花として扱われると悟った。

 だからこそ、余計に最後の言葉が引っかかった。


「変態……?」

 誰かが繰り返す。途中までは非の打ち所がない模範的な挨拶だった。だから誰もが、彼女の言葉を気掛かりなく上の空で聞いていた。早く終わらないかな、といった様子で。

 それでも最後の言葉に、全てが持って行かれた。


「え、どういうこと」

「噛んだ?」


 憶測は広がるも、誰も答えには辿り着けない。

 答えを知るのは、壇上から何気ない顔で下りている新入生代表だけ。

 綺麗な佇まいは周囲の視線をまるで気にすることなく、自分の世界に戻っている。

 近くにいた教員も誰も咎めることもなく、自分の配置へ戻っていく女子生徒を呆然と眺めていた。

 意味は分からないが、咎めるにしては不明瞭で曖昧な文言。


「でも綺麗な子だったね」


 誰もが意味を追ったが、結論はそこに落ち着いた。彼女は彼女で、何かしたいことや伝えたいことがあったのかもしれない。それにしても意味がわからないけど。


「ああいう変わった子、美空は好きでしょ?」


 隣の列に並んでいる伊佐町蒼が、長髪を揺らして言ってくる。

 白い肌には彫刻されたような端正な目端が微笑している。


「まあ顔が良い子は大体なぁ」

「わぁ、正直でキモいね?」

「聞いてきたのそっちだろ。でも、何だったんだろ、最後の言葉」

「美空でも見つけたんじゃない?」

「それは視力がよろしいことで」


 瞳で一年生を追った。列に戻るまでの途中、彼女は同級生からも視線を集めていた。

 関心の距離感が近くなることで羞恥心が生まれたのか、少し恥ずかしそうに俯く。

 その様子を見ていると、度胸試しの悪ふざけで口にしたわけではなさそうだ。


「でも良いねぇ、一年生は初々しくて」


 蒼は、俺とは違った意味で一年生を眺めていた。


「一年しか変わらないじゃん」

「でも可愛く見えない? 制服とか少し大きめで、これから三年間もかけて見合った姿への成長を見届けられるってエモいよねぇ」

「三年間ってことは留年するのか。よろしくな後輩、パン買ってこい」


 話している間に集会は終えていて、一年生から順に教室へと戻っていく。

 二、三年生とは違い、緊張感の漂っている制服の列は秩序を守って行進していた。丈の新しいブレザーは光を弾き、背中はまだ角張って見える。初々しいと言う感想も納得だ。


「……」


 そんな中、自然と視線が吸い寄せられる。

 壇上で言葉を編んでいた新入生代表の女子生徒。概念として記憶していた存在が、制服を着て同じ高さで歩いていると、急に個人として立ち上がる。周囲と同じ新品の制服でありながらも、彼女の存在感は際立って見えていた。


「ん?」


 その新入生代表と目が合う。

 陽の光が交差するみたいに意味を持たない視線が重なった。俺と彼女の空間だけが、別の速度で進んでいるような不思議な感覚。そこには違和感と呼べるまでの何かを感じた。

 規律正しく保たれていた列が淀む。彼女がほんの一瞬だけ立ち止まったのだ。

 歩調がずれて堰き止められた列は、川水のように後ろでさざ波が生まれている。整っていた直線が歪んだことを知り、新入生代表は慌てて視線を前に移した。遅れを取り戻すように歯車を揃えたと思えば、歩みを進めながらまた振り返って俺を見た気がした。

 初めは素っ頓狂に傾げていたが、今回は何か居た堪れなさを感じたようだった。

 言葉はない。それでも壇上で聞いた声が、まだ浅い記憶から抽出される。


————へんたい。


 ああ、そうか。確かに一年生を見続けていたら変態だな。

 驚きようから考えて、俺の口からはよだれが垂れていたのかもしれない。

 気をつけないと。


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