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素性の仮面

 辿り着いたのは有名なファミレスチェーン店。

 国道沿いに建てられた二階建ての店は一階部分が駐車場になっており、外から二階への階段が伸びていた。


「美空さん、夜ご飯どうします?」


 風で乱れた前髪を整えながらに問うてくる。


「どうせ入るなら食べようかな」

「なら私もそうしますねー」


 衛藤はてくてくと、はしゃぐ子供のように階段を駆け上がっていく。

 その所作は良くも悪くも男子から視線を集めそうだ。

 遅れて背中を追ったが、開け戸に手をかけた衛藤がなぜか硬直していた。


「行かないの?」

「……」

「衛藤?」


 二回目の問いかけに衛藤は渋い顔を見せる。


「接客業全般に言えることですけど、挨拶って大切ですよねぇ……」

「何を今更。そんなの常識だろ」

「いえ、そういうことではなくて、」

「よく分かんないけど行こうぜ。こんなところで止まったら迷惑だろ」


 言っている意味が分からないまま、衛藤の背後から扉を押す。

 まず視界に入ってくるのは、ファミレス特有の眩しいほどに暖かな微笑み。

 その瞬間、言っていた意味を理解した……。


「いらっしゃいませ、ジョイフルへようこそ!」


 元気な挨拶に思わず「いらっしゃいました」と返事をしてしまいそうだった。

 ただでさえ感情を読み取りにくい白波に、この笑顔をさせるのは酷だな。というか不可能に近い。

 もう下見はもう意味を無くしたが「あ、もう結構です」と言って帰るほど常識がないわけではない。

 とりあえず二人と告げて窓際の四人席に案内してもらった。


「どうしましょう。こんなの琥珀に絶対できないじゃないですかっ。でもやめとけって言えるほど私は鬼じゃないですよぉ」


 店員が離れて行った途端に、早口で耳打ちをしてくる。


「白波がやりたいならやらせてやればいいじゃん?」

「で、でも。でもぉ!」

「それに、無理そうなら面接で落とされる」

「あ、それもそうですね。何食べよっかなぁ」

「切り替えが早すぎる」

 納得した衛藤はメニュー表を開いていた。

 適当に注文を済ませると店員は笑顔でバックヤードに戻っていく。

 その様子もしっかり観察していた衛藤はホールスタッフの性別だろうか、よく分からないが何かを用心深く確認していた。相変わらずこの行動に意味があるのかは分からない。

 衛藤の視察中はすることがなかったので、席を立って二人分の水を注いでおいた。席に戻るころには衛藤の視察も終えていて、唸っている姿が残されている。

 間違いなく、今後の人生で本屋やファミレスで視察といった言葉を使う日は来ない。


「そんなに心配か?」

「心配です。あ、お水ありがとうございます」

「心配ってどういうところが?」

「それは……特にないですけど。でも心配は心配です」


 箱入り娘。友達にそう言われているって言っていたけど、十中八九、衛藤に言われた言葉だと思う。

 今日の言動が、それを教えてくれた。


「俺は何事も経験だと思うけどな。バイトも人間関係も」

「じゃあ琥珀がクズ男に雑に扱われたら、美空さんは責任が取れますか?」

「それは、とれないな……」

「何かあってからだと遅いんですよ」


 ありえないわけではないから無下にはできないけど飛躍しすぎな気がする。

 ただ衛藤の表情は真剣だった。本気だった。有無を言わせない強さがある。


「それより美空さんはファミレスには誰かと来るんですか?」


 露骨に逸らされた話題は素直に受け取ることにした。


「まあ部活の先輩とかクラスの子とか。衛藤は?」

「琥珀とは行きますよ。前は琥珀の他にもいましたけど最近は会うこともなくなりまして」


 口調には未練などはなく、もう割り切ったようだった。


「私は琥珀といる方が楽しいからいいですけどね。他の友達は必要ないです」

「衛藤の場合は、人への当たりがきついだけかもしれないけどな」

「それは美空さんだけですよ?」

「なんでだよ。俺にも優しくしてくれよ」


 衛藤は微妙な表情を浮かべつつ、俺の挙動を窺ってくる。


「美空さんはこういう接し方の方が話しやすいと思っていましたけど、ダメでしたか?」

「確かに変に畏まられるよりは、そっちの方がいいかも」

「やっぱり。私、美空さんとの関わり方は完全に把握しちゃいました!」

「一日で分かるわけないと思いますけど、じゃなかったっけ?」

「……性格悪いですね」


 昼間に言われた口調を真似すると眉根を寄せられる。なので、わざとらしく口にチャックをしておいた。

 店内はまだ落ち着いていて、奥の厨房からは料理を準備する音がかすかに響く。

 二人の間には料理が届く前のゆったりとした間が流れ、自然と意識が互いに向いた。


「でも私、他の人と話すより美空さんと話している方が好きですよ」


 店内の雰囲気に流されたのか、その言葉はお淑やかな声量で届いた。


「あら、そんな可愛いこと言ってくれるんだ?」

「なんだか気軽でいられますから」

「俺じゃなくても気軽に話せばいいのに」

「何を思われてもいい、そう考えているから気軽に話せるんですよ」

「そこまで雑に扱われることしたっけな?」

「まあ、そういう意味ではないですけどね」

「ならどういうこと?」

「内緒です」


 衛藤は視線を外に向ける。

 外では女子中学生が三人で楽しそうに笑っていた。

 あの子達もまた、出会う前は他人だった。誰でもそうだ。最初から友達だった人なんていない。


「美空さんは友達が多い方ですか?」

「どうだろ。指を折って数えたこともないから」


 衛藤はこの数時間ですっかり風采に合う揶揄めいた笑みを浮かべる。


「美空さんは男子と一緒にいすぎて、女子は近寄ってこなさそうですねぇ」

「そうそう、白波の男子版な?」

「おこがましー」


 衛藤はすでに注文は終えているが、メニューを開き、顔色を次々に変えていく。美味しそう、と物欲しげに見たと思えば、苦手そうな顔もして、写真を見て楽しんでいた。

 元気で可愛らしい。改めて感想が浮かんでくる。

 人懐っこい行動は得意に見えるけど、人付き合いとなるとまた違うらしい。

 というより、彼女自身が拒んでいるようにも見える。


「……」


 どうして人間関係を気安く考えているのか。

 その割に、どうして俺を連れ出したのか。

 衛藤しか知らない答えを考えていても仕方がない。

 ふと入り口を見ると四人組の女子グループが入店してきた。

 視線が吸い込まれたのは、きっと同じ制服を着ていたからだ。

 ネクタイやブレザーは真新しく、高校生にしては幼い顔つきも相まって、なんとなく一年生だろうなって思えた。

 ここは学生の勉強会や溜まり場として使われているからおかしなことではない。

 俺の視線を追ったのか、衛藤も女子高生たちの存在を視野に入れる。


「(同じ学校ですね)」

「(だな)」


 普通に話していても聞かれる距離ではないが、そんな会話が視線だけで行われていた。


「(一年生?)」

「(どうですかね)」

「(少なくとも二年ではないと思うけ————)」

「どうして無言で見てくるんですか? 警察呼びますよ?」

「意思疎通って難しいな」


 目で話せていたと思っていたのは俺だけだったか。恥ずかしい。


「同じ学校ですね?」


 衛藤が言葉にして届けてくれる。


「だな。知り合い?」

「いえ、私は見たことないです。でも、」


 何か続くのかと思い、黙って続きを促す。

 衛藤は頬杖をついて無心に四人を眺めていた。

 そして相好を崩すことなくそっと呟く。


「噂になったら困っちゃいますねぇ」


 伸ばされた語尾は店内に捌けていく。

 言葉の通りに困っている様子は感じられない。

 瞳は黒に塗られ、まるで未来を見越したように余裕な佇まいだった。

 それが不気味の閾値に達したのか、俺は自然と唇を結んでいた。

 一瞬だが、本当の顔が見えた。そんな気がしたのだ。

 閉じたはずの思考がまた働き出す。


「……」


 やっぱり衛藤はまだ自分を隠している。

 一つ一つの発言や読み取れない素性は、俺が思っているよりも、ずっと違うのかもしれない。


「……どうして」


 口を中途半端に開けたが、コップで蓋をする。流れ込んできた液体を口腔内に通すと空になってしまった。


「ドリンクバー。なんかいるか?」


 どことなく空気感を断ち切りたかった。

 衛藤は静かに微笑むと、腰を上げた。


「私も行きますよ。美空さんに任せたら混ぜられそうですし」

「子供かよ。混ぜねえし」

「噂になったらどうします?」


 衛藤は入口の生徒をみると、なぜか嬉しそうに頬を吊り上げた。


「噂になったらどうします?」

「こうして二人でいるから噂じゃなくて事実だろ」

「あ、それもそうですね」


 二人で入り口付近へドリンクを注ぎに行く。

 四人は視線は向けたが、何かを共有してから自分達の世界に戻っていった。どうやら知り合いではなさそうだ。


「美空さんは女子と噂されるのは嫌なタイプですか?」


 氷を入れている衛藤が小さな声音で聞いてくる。


「そんなの好きなやついるのか。得する事ないだろ?」

「好きな人とだったら全然いいって思う人もいますけどね」

「周りに雰囲気を作らせるってか。それはまた賢いな」


 なるほどね、機会があればやってみよう。


「男らしくないし私はダサくて嫌いです」


 やっぱりやめておこう。男らしくないもんな。うん、俺も思っていた。


「男の人は堂々としている方が普通の女子には人気が出ると思いますよ」

「俺みたいな?」

「美空さんは堂々としすぎて、女子は寄ってこなさそうですけどねぇ」


 悲しいことを言って、席へと戻っていく。その後ろに続いた。


「衛藤はどうなわけ? 男子と噂されることについて」

「私はどうでもいいです。中学の頃から周りに流されるタイプではなかったので」

「その口調からして、男子と噂される経験があったってこと?」


 言うとこちらを見て、むむっと眉根を寄せてくる。


「そういうのをスマートに流せる人がモテると思いますけどねっ、私は!」


 拗ねたらしく、すたすたと一人で戻ってしまう。


「なんだあれ。かわいい」


 そう呟いてから俺も同じテーブルへ戻った。


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