日常を生きる女の子
自転車を停めると、駅に隣接されたショッピングモールを訪れた。
九州各地の都市の主要駅に展開されているアミュプラザと呼ばれる駅ビル型商業施設。大分市内にあるショッピングモールとして多くの若者に利用されている。
白波がバイト先の候補として挙げているのは四階にある本屋らしい。
四階までエスカレーターで昇り、折り返すと正面に目的地が見えてくる。
建物の角を占領している大きめな本屋だ。ただ県庁所在地である大分市でも『新刊の発売日は大分の場合は二、三日遅れます』と残念な注意書きがされている。頑張れ大分県……。
「どうですか?」
店に入ってすぐ、衛藤が聞いてくる。
「え、何が?」
「何がって雰囲気ですよ。お店の」
「どうって言われても、普通の店としか……」
衛藤は棚の陰からレジを覗き、店員の動きを窺っている。
これならバイトの下見というよりは不倫調査をする探偵の動きに近いような気がする。
この子は何をしているんだろ……。
「ていうか、あいつ本は読まないって言っていたのに本屋で働くのか」
「まだ候補らしいですけどね。あとファミレスも働いてみたいって言っていました」
「へえ、あの容姿ならどこで働いていても不思議じゃないな」
そんな感想をこぼすと衛藤の瞳が俺を捉える。その目はやたらとキラキラしていた。
「ですよね、あの子は綺麗すぎですっ。琥珀がファミレスにいたら通っちゃいません?」
「分かる。推し的なやつな?」
「そうそう、それです、それですっ。あ、でも美空さんがすると普通にストーカーなので、通うのはやめてくださいね。キモいですし」
「俺じゃなくてもストーカーになるわ」
衛藤はまた本棚から顔をはみ出して偵察している。
呆れて見守っていると、すぐに浮かない顔を見せた。
「あ、男の人がいる……」
「そりゃいるだろ」
「あの人、どんな人に見えますか?」
「どんな人って言われてもなぁ……」
ぐいぐいと腕を引っ張られ、お前も見ろと言ってくる。
視界に入ったのは大学生ぐらいの青年。外見では特別おかしなことはない。
「付き合ったらめちゃくちゃ大事にしてくれそう、……とか?」
「ええ、なんですかそれぇ。もっと悪いところはないんですか!」
「なんで粗を探してるんだよ?」
「だ、だって良いところがあっても意味ないですし……。だからないんですか、もっと。美空さん、粗探しが得意そうじゃないですかぁ」
「この際、俺がどういう評価を受けているかは見逃すけど、勝手に年下から粗を探される店員の気持ちにもなってみろ。なんか可哀想だろ」
そう言ったが、俺の腕を掴んで強く揺さぶってくる。
「そんなのいいですからぁ、ほら早く!」
「少なくとも悪い人には見えないけどな。って痛えよ、ぐわんぐわんするなってのっ」
「だってぇ、人は見かけによらないじゃないですか」
「人は見かけによらないとか言い出したら、それこそ下見なんか意味ないだろ」
「じゃあ何をしろと?」
本来なら何もしなくていい。
「見るなら暇な時間にバイト同士が話しているか、とか、男女の割合じゃないのか?」
「暇な時間に話しているか……なるほど」
「納得しちゃったよ、この子」
この子は本当に何をしているんだ。改めてそう思う。
ここから動く様子もなさそうなので、そのまま目の前にある本を眺めることにした。
本はあまり読まないが本屋の雰囲気はわりと好きだったりする。
一つ、二つと右から流し見していくと、目に留まった本を手に取った。すると衛藤も隣から覗き込んでくる。
「旅行、よく行かれるんですか?」
「んー、別にそうわけじゃない」
「ならどうして旅行ガイドの本を?」
「あまり旅行には行かないからさ。少し興味があって」
「ふーん、そうですか」
店員観察にも飽きたのか、衛藤も本棚を物色し始めている。
興味の方向が定まらないのか、しばらく同じ棚で視線を泳がせていた。
隣でそれを見守りながら、昼に衛藤から誘われた時の会話を思い返す。
「なあ衛藤。ちょっと見たい本があるんだけど見てきてもいい?」
「はい。全然大丈夫ですよ」
「……ありがとー」
衛藤に断りを入れてから見たかったコーナーに足を運ぶことにした。
大学受験に使われる赤色の本が延々と続き、奥に見える資格のエリアにまで足を運ぶ。
その中から一冊を手に取ると中を軽く流し見ていると、
「何してるの?」
と、不意に横から声をかけられる。
「お、奇遇ですね。昨日ぶり」
「絵馬が本屋にいるの珍しいね。彼女の付き添い?」
どこか涼しげな服装の千草さんはうっすらと笑っている。
やっぱり大分県は狭いから知り合いと遭遇することが多い。
「俺がそんな知的な人と付き合うと思いますか?」
「女子と付き合えると思えない」
「おい、それはまた意味が変わってくるぞ」
「じゃあ、あの子は彼女ではないんだね」
ここから姿は見えないが、『あの子』というのは衛藤を指しているようだった。
「見てたの?」
「うん、エスカレーターでね。ちょっとした野次馬根性でついてきた」
「親指立てるな、グッジョブじゃねえから……」
「でも変わってるね、絵馬が女子と放課後デートなんて」
千草さんはへらっとした表情で小癪に笑う。
「あの子が男子を認識できない子?」
「いえ、あれはその友達です」
「友達?」
「まあ話すと長くなるけど、色々あって」
「……」
「え、なに?」
「ううん、何も」
妙な間があったが、千草さんは再び微笑む。
「元気で可愛いらしい子だね」
「俺もそう思う」
「でも元気で可愛らしい女の子を一人にしていいの?」
「一人にしたんですよ。確認したいことがあって」
「ふぅん」
衛藤については興味がないのか、掘り下げるつもりはないらしい。
千草さんは隣でSPIの参考書を持ち上げると裏に表記されている値段を見て、元にあった位置まで戻す。お金が足りなかった、というよりは買う素振りすら感じなかった。
「その男子を認識できない子はどんな感じなの?」
衛藤はともかく、思念性プラシーボには興味があるらしい。
「どんな感じって?」
「あれから何か変化があったのかなって」
「さあ、今のところはないですね。ただやっぱり悩みがあるようにも見えないかな」
今日で分かったのは、中学生の頃は女子に妬まれていた訳ではなく好かれていたことと、千草さんはかなりうざいタイプの野次馬ってことだけだ。
千草さんは「そっか」と呟くと髪をなびかせる。
「何かあったらまた教えてね?」
「あれ、やけに協力的ですね。俺に優しさは込めてないんじゃなかったっけ?」
「絵馬じゃなくて、その子への優しさだよ。でも、絵馬は女子の誘いにホイホイ乗っちゃうんだね?」
細目で見られるので、とにかく口を動かしておく。
「強引に連れ出されたんですよ」
「本心は?」
「可愛い子と出かけることができて嬉しいなーって思ってる」
「それにしては、随分と楽しくなさそうなデートだね?」
「まあ隠し事って、相手に悟られたら全ての行動が意識されますから」
「隠し事?」
「あっちの話です。ただの直感だけど、何か隠していそうで」
「使えなさそうな直感だね」
千草さんはふわりと微笑む。
その笑みは余裕のある大人らしさがあった。
「それにしても友達……か」
その言葉は、どこか楽しげで含みが持たされていた。
「それがどうかしました?」
「ううん、何もないよ。それじゃ、お邪魔虫はさっさと消えちゃうね」
「殺虫剤が手元にないから助かります」
「女の子には優しくしてあげなよ。特に、普段から元気で可愛らしい子には」
ずいぶんと意味深な口調で千草さんは手をふりふりと動かす。
いつもは後ろ結びにされている髪の毛が振り返る遠心力で個々に揺れていた。
「……」
千草さんと話していて、衛藤に対しての一つの怪訝は明確になった。
それは千草さんが衛藤を恋人だと疑ったこと。俺と衛藤は学年が違うが、同じ高校に通う二人の男女だ。
その場で騒ぎ立てることはしなくても、二人が一緒に行動していることが知り合いの視界に入れば関係を勘ぐられてしまう。
白波は、自分では気がついていなかったが、図書館では俺といるところを周囲に見られることを危惧していた。
蒼も、俺や翠との関係を勘ぐられていることを良く思っていない。
これが普通と言いたいわけじゃない。
ただ衛藤は、男子との距離についてどう考えているのか。
「見終わりましたか?」
衛藤のもとに戻ると明るい笑顔で出迎えてくれた。
隠す気もない、もしくは言ったことすら忘れているのか。
一人での行動が恥ずかしいとは微塵も思ってなさそうだ。
「そっちはいいの?」
「はい。ここのバイトは高校生不可って書いていましたっ。琥珀ったら、ちゃんと応募要項を見てなかったらしいですねぇ」
「あ、だから元気だったのね。他の候補はファミレスだっけ?」
「はい、学校側じゃなくてもう少し奥に行った方です。行きましょー」
気軽に身体の向きを変え、衛藤は気ままに歩き出す。
やっぱり衛藤小豆は何かを隠している。
千草さんには悪いが、これはきっと使える直感だ。




