衛藤小豆(3)
「もうすでに悪い人に引っかかってそうですし」
「それは俺が悪い男に見えたってことを遠回しに言ってるのか?」
「遠回しじゃなくて、はっきり言ってるんですよぉ」
立ち止まって、じーっと俺を観察してくる。
舐めるような視線が頭頂から足元に着くと、ふっと嘲笑うような微笑みを浮かべた。
「まず髪の毛が跳ねているのはマイナスです。三点マイナス」
「九七点か、まだ許容範囲だな」
「もう制服をしっかり着ていること以外は褒めるところがないですねぇ、二八点です」
「制服って点数高いんだな」
衛藤は視線を漂わせると、俺の耳に視線を着目した。
「あとはピアス」
「ピアス?」
「そもそも美空さんはピアス……が、」
衛藤は追撃しようと何かを言いかけたが言葉が止まる。
「なんだよ?」
「いえ、珍しいなって思いまして。レディースのピアスですよね、それ」
「ですな。よく分かったな?」
「なんだかキラキラしているので。……あ、」
静かに一文字が浮く。
「もしかして、恋人にもらった……とかですか?」
申し訳ないことをした。そんなおずおずとした反応に吹き出す。
「なぁに、悲劇のヒロインみたいな可愛い妄想しちゃってる?」
「きもいです」
「おいこら、女の子が使う言葉じゃないぞー」
「女の子に使わせていることがやばいです。思わず殴りたくなりましたよ」
呆れた様子で拳を握りしめている。殴られるのはごめんなので、素直に話を戻しておく。
「これはまあ、ただのお守り……って感じ」
「お守り……?」
「そうそう。とにかく衛藤が思うようなことはないよ」
「ピアスの種類は変えないんですか?」
「言ったろ、お守りだって。変える必要はない」
「でも男の人がレディースのピアスを付けていると変な感じに見られませんか?」
「どうだろ。あまり気にしたことないかも。そもそも気づかれないし。というより、」
一言だけ前置くと衛藤と改めて目があった。
きょとんとした上目遣いが愛らしく見上げてくる。
「他人の評価なんて自分に関係ないじゃん?」
「……え?」
「男子が女子の物を付けてようが、自分が好きな物なら男女は関係ない」
興味なさげだった瞳は、俺を数秒間だけ映すと色が追いついてくる。
数カ所に瞳が寄り道をして俺を捉えた。
「なんだよ、鳩が蹴り入れられた顔をして?」
「言うなら、豆鉄砲ですけど……」
「どっちも似たような顔するだろ」
「でも、男女は関係ないって……。確かにそうかもしれませんね」
淡々と口を動かしたと思えば、おどけたように衛藤は笑い出した。
「美空さんは、意外と良い人ですね?」
「はあ? どうした急に」
「いえ、急にそう感じて」
「今更気がついたのか。俺はいつも良い人だ」
「はい、ちょっとだけ印象が変わりました。変な人だけど、良い人です」
思いのほか得心が行ったらしく、表情は柔らかいものに変わっていた。
表情のスイッチが切り替えると、衛藤は優しげに細めた瞳でくしゃりと笑う。
「良い考え方ですね。美空さんみたいな人が増えたらいいのに」
「人気者は俺一人で十分なんだよ」
「人気者のわりに、廊下を歩いていても誰一人として声を掛けてこないですね?」
「うるせえやい!」
言っているうちに、校舎の三階に着いていた。
俺は三階に教室があるので、四階に教室がある衛藤とはここで解散になる。
「ハムカツサンド。美味しかったら俺も食べたいから、また感想教えてくれ」
「あ、はい。了解しま……ってオススメなのに食べてないんだ⁉︎」
意味のない話で締めようとしていると、食堂からの帰りなのか、二年の男女が俺たちの横を追い越していく。イチャイチャすんな、と思っていた俺とは違い、衛藤は興味津々に視線で追ってまで見つめていた。
「青春って感じですねぇ」
「ざぁけんなし、羨ましい」
「美空さんは彼女いるんですか?」
「いない」
おどけることも忘れて食い気味に即答してしまった。
「そうなんですか?」
「なぁに、美空さん彼女いそうなのに意外ですねーってか。俺もそう思うよ」
「何も言ってないんですけど……。でもそうですね、てっきり美空さんは彼女がいるものだと思っていました」
「彼氏候補に二年の美空先輩を一年生に薦めておいてくれ」
「……」
「無視は一番心にくるんだけど……」
「いえ、少し考え事していまして」
衛藤は言葉の通りに熟考すると、苦い表情をして片眉を上げる。
「でもそうですか。なら放課後は暇ですよね?」
「彼女いないだけで暇って思われているのか。てか、どうしてだよ?」
恋人の有無や放課後の予定を聞いたところで「ちょっとお茶でも」と誘われる間柄でもあるまい。
そう思っていたが、
「ついて来てほしいところがありまして」
そう言われてしまう。
「俺に?」
「ちょっとバイトの下見をしたくて。付いてきてくれませんか?」
そもそもバイトの下見って何をするんだ。初めて聞いた言葉なんだが。
「下見って、随分と慎重だな?」
「いざ面接に受かって働くことになっても、変な人がいたら嫌じゃないですか?」
「それはそうかもだけど、俺じゃなくても白波と行けばいいだろ?」
バイトの下見へ行くだけなら知り合ったばかりの俺じゃなくてもいいはずだ。
俺からすれば、下見に行く意味も分からないけど。
そう思っていたが、衛藤は心底不服そうに「はぁ?」とムカつく息を吐いた。
「琥珀が応募するところなのに、琥珀が行くのはおかしいじゃないですか。馬鹿ですか?」
「今の情報量でそこまで理解できるやつは逆にバカだろ。どうして白波のバイト先を衛藤が見に行くんだよ?」
「どうしてって……、怖いじゃないですか。もし悪い人がいたら琥珀が騙されそうでっ」
「なに、保護者なの?」
「違いますけど、でも心配です!」
「仮にそうだとしても、それは白波が自分で考えることだろ?」
意図が読めず、投げやりに返す。衛藤は納得がいかないようで、唇を尖らせていた。
「あの子は世間知らずなところがあるので、ちゃんと見ておかないと怖くって」
「白波が見に行ってくれって頼んだのか?」
「頼まれてはないですけど……。で、でも行くんですっ。だから美空さんも来てください!」
「なんで俺なわけ……」
「だって美空さんなら押せばホイホイついてきそうですし。それに私は遊びに行くような友達がまだ琥珀以外にいないですし……」
「今の短時間にすごく心外なことを言われて、同じぐらい悲しい自虐を聞いた気がする。先輩は二つの意味で悲しいよ」
衛藤は視線を逸らす。
「だって一人で行くのも恥ずかしいじゃないですか」
「恥ずかしいって、一人で食堂にはいたのに?」
「あー、それとこれとは違うじゃないですかー」
本当に意味が分からない。
自分のためならまだしも、他人のためにそこまでする必要があるか。
どう考えても、これに付き合うのは馬鹿馬鹿しい。
ところがどっこい、俺も健全な男子高校生である。本心では可愛い後輩からのお誘いを断る理由もない。部活がないので、どうせ放課後は時間が有り余っている。
「いや、行くのはいいけど」
そこから渋るパートを続けようとしたが、先に衛藤が割り込んでくる。
「ほんとですか! じゃあ放課後に門を出て南側にある公園に待ち合わせで!」
「えっ、あー、うん」
「決まりですねっ」
すかさず言ったもの勝ちと言葉を放り込んできた。
「それではよろしくお願いしますね」
最後は律儀に頭を下げると踵を返して駆けていく。
そよ風かと思っていたが、嵐のような後輩だった。
ただ振り返る直前に、瞬間的に持ち上がった口端が、彼女の本当の性格を表しているようにも見えた。
律儀な後輩という印象は、一日を経たずに崩れ落ちている。




