衛藤小豆(2)
廊下の延長のように足を進めた先で、ふいに陽ざしが頭上を覆った。
一時的に世界が開け、白く揺れる光の中を通り抜ける。
やがて陽の下を歩いていた足元は校舎の影に包まれる。
正面からは男子生徒が三人ほど歩いてきており、衛藤は自然と半歩ほど距離を広げた。
「気になるなら白波に聞けばいいのに?」
「琥珀は駄目です。嘘は下手なのに無駄に頑固ですから」
「ああ、なんか頑固なのは分かるかも」
「一日で分かるわけないと思いますけどね」
拗ねたようで、棘の込もった一言。
そこには一日しか知らないお前より、私の方が白波琥珀を知っている。
そんな感情が込められている。
それはそうだろうけど、そこまで敵意を剥き出しにしなくてもいいのにな……。
ただ、それならそれで上手く利用できるかもしれない。
「なあ、聞いてもいいか。知りたいことがあって」
「自分の質問に答えないのに、私には質問ですか。卑怯ですね」
「最近、白波に悩みとかありそうか?」
皮肉を無視して聞いてみる。
マウントとも取れる言動をとってきたからには、この質問には答えてくれる、そう解釈した。
「悩みですか?」
思いのままに、衛藤は質問に向き合う姿勢を見せてくれる。
「えーっと。履歴書に何を書くかはずっと考えていますね」
「あいつ、そこまで悩んでいるのか……」
ここまできたら本当にそれかもしれない。次は真剣に聞いてやろう。
「でも、琥珀に悩みがあるようには見えないですね。琥珀はのほほんっと生きていますから」
「なに、あいつ幼稚園児なの?」
「そこも可愛いじゃないですかぁ」
けろっと衛藤が一言でまとめる。
本当に意味が分からない。
友人である衛藤から見ても、ストレスの要因が分からないなら余計にややこしくなってくる。
白波はいったい、何に対して思念性プラシーボを引き起こしているのか。
「ところで、美空さん」
「うん?」
「本当は、琥珀とどういう関係ですか?」
また同じ質問。
「この質問、まだ続く?」
「答えてくれるまで続けるつもりですよ?」
「あのなぁ、しつこい女は嫌われ……いや俺はわりと好きだな」
「聞いてません。私は、美空さんに琥珀と関わってほしくないです」
淡々とした口調で、衛藤は直球に言ってくる。
成り行きで始まったはずの会話が、気づけば帰り道まで引き延ばされている。
その中で、俺のペースなんて最初から存在していない。問いを投げては相手の反応を逃さない。この小さな体のどこにそんな執念が詰まっているのか。白波の名前を出す衛藤の眼差しは常に真剣そのものだった。
「正直だな?」
「正直な意見はまだ他にもありますよ」
「ほう、他の意見とやらも聞いてやろうではないか」
「この信用できない男と一緒に歩きたくないけど、琥珀のために渋々歩いている、です」
「おい、正直すぎるだろ。少しは隠せよ!」
「私はどうでも良い相手からの評価は気にしないので」
「急に本性出してきたなっ」
ものの数秒で、礼儀正しかった後輩から遠慮のない本性が溢れ出ている。
もしかしなくても衛藤は良い性格をしているらしい。
「琥珀に美空さんのことを聞いたら『猫被りのお調子者』だったり、『ふざけた人』だって聞いていたので」
「くそ、あいつ許さねえ……」
「だから私も遠慮がいらないかなって思いまして。美空さんは少し変わった……いえ、少なくとも異常者ってことは分かりましたから」
「言い直すならせめて優しい言葉にしてくれ」
「琥珀と話せている時点で異常ですよ」
今度はクスッと笑われる。
その仕草で本物の嫌悪とは違うようだったので安心する。
「白波は友達から見てもそういう扱いをされているのか?」
「あの子は重度の世間知らずですから。……でも琥珀、どうして美空さんとは話すんだろ」
ふと、最後に衛藤から絞り出された言葉。
人通りが途切れた廊下に、足音だけが反響していた。
衛藤の言葉は、からかいでも探りでもなく純粋な疑問として投げかけられている。
「白波って、本当に中学の頃から男子と接点がないのか?」
「そうですね。というより、背も高くて顔も綺麗だし、それに天然なところがあって同性から愛される感じでした」
「容姿のことで妬まれたりは?」
「女子の嫉妬を生むのは中途半端に可愛い子ですよ。琥珀ほど整いすぎた容姿だと『可愛いから調子乗ってる』の枠を越えちゃって一目置かれるようになるんです」
「そういうこともあるんだ?」
「だから男子よりも女子に人気があって、男子も迂闊に近づきにくいらしくて」
女子から一目置かれている存在には男子にもその空気感が伝染する。
あの人は孤高だから、高貴な人だから、と線引きをされていることが多い。
「ずっとかっこよくて、みんなの王子様って感じで。それに琥珀自身も男子と話すのは最低限だったので、そこもカッコよくて」
「異性に媚びないやつって同性から人気あるよな。俺もあんぱんとライダーは女子に媚びないから好きだったし」
「なんか、それと一緒にされたくはないんですけどぉ」
引き吊った表情で呆れ面を浮かべている。
これまでは淡々としていたくせに、表情が豊かなのは第一印象と変わらず愛嬌がある。
その豊かな表情が俺を見上げた。
「でも、本当に琥珀と話せているのが訳わかんないです」
「俺もよく分かってないよ。話せているのか分かんないときあるし」
「そこもあの子らしいですけどね。……でも、琥珀はそんな子だから、私が知らない男子と話しているのはちょっと怖いんです」
そっと声が小さくなっていく。
寂しさと不満を表面に声が洩れていた。
そこには怒りや敵意なんてなくて、ただ心配だけが滲んでいた。
白波を守ろうとする気持ちが顔を出している。




