衛藤小豆(1)
図書室で回収した教科書を教室に置いてから食堂を訪れると、昨日と同様に多くの人で賑わっていた。なので前日と同様に自動販売機の軽食で凌ぐことにする。
「……」
ただ昨日と違って、気になる人物がいた。
「オススメはハムカツサンドだぞー」
自動販売機の前で悩み込んでいたのは、白波の友人である衛藤小豆だった。
女の子らしさを感じる角のない輪郭に綺麗な肌質。髪型は愛嬌のある三つ編みを対側へ流してシルバーのヘアピンで留めていた。白波を綺麗とするなら可愛いに分類されるタイプだ。
「あ、美空絵馬先輩」
衛藤は声に振り返った。ハキハキとしたよく通る声。
「長いな。絵馬だけでいいよ?」
「では美空さんで。こんにちは」
礼儀正しく挨拶をしてくれる。
同じ敬語でも、白波とは違って口調や表情には柔らかさがあった。
「それより、どうされたんですか?」
「何を買うか悩んでいそうだったからオススメ言おうかなって」
「あっ、なるほど。ありがとうございます」
言いながら衛藤はハムカツサンドのボタンを押した。
「今日は白波と一緒じゃないの?」
「琥珀は昼食を持参しているので、教室で待っているかと思います」
だから暇つぶしに一人で図書室にいたのか。
教室で新しい友達でも作ればいいのに。でも、自分から声をかけるとか苦手そうだしな。
なんて気ままに考えていると衛藤が隣に並んできた。
彼女は十五センチ近くある身長差からおずおずと視線を上げている。
「え、なに?」
「あの、琥珀とはどういう関係ですか?」
「前に白波が説明してなかった?」
「あんなの嘘って丸分かりですよ」
下足室でのことを思い出す。確かに白波のごまかし方は酷いものだった。
「あれで騙させるほど馬鹿ではないので。それに琥珀は嘘をつくときは決まって『そうだ』って言います」
「嘘をつく時の癖がひどすぎるだろ」
「そういう子ですから。そこも琥珀らしいですけどね」
全てを把握し尽くしているような口調で簡単に言いまとめたが、そこから彼女は間を切らない。半歩ほど足を前にして、明確に俺の視界に入り込んできた。
「ただ最近は琥珀らしくなくて。男子を無視するようになっちゃって」
声の芯だけを少し下げる。笑みは崩さないのに、目だけが答えを拾う体勢に入っていた。
こちらを見上げる瞳は、言外に「あなたのせいでは」と疑っている気配すらあった。
「単刀直入に聞きますが、先輩が原因ですか?」
気配だけではなく、衛藤は真摯に問いかけてくる。
「俺が原因って、どうして俺がそんなことさせないといけないんだよ?」
「それは分かりませんが、何かあるのかな、と思いまして」
「随分と心配してるんだな。中学の同級生だっけ?」
「はい。部活も同じです」
「ふぅん、そっか。何部?」
「それで、琥珀とはどういった関係ですか?」
逸らした話題もすぐに戻される。
「どういったねえ……」
「はい、気になります」
友人として悪い男に捕まっているかを気にしているらしい。
ここで『俺しか認識できない体になってしまった』なんて馬鹿げたことは流石に言えない。仮に言ったとしても『この人、何言ってるの。厨二?』と思われておしまい。俺はもう卒業したっての。
「うーん、これから友達になるのかも……?」
「……」
「なんだよ?」
俺の返答には無言の眼差しを向けられる。
「琥珀が自分から異性の先輩に近づくとは到底思えないです」
「じゃあ衛藤さんが知っている白波じゃなくなったのかもな。高校デビューってやつだ」
「……そんなわけ」
長いまつげが影を落として、衛藤の視線は石製の地面一点に縫い留められている。
返事を待つわけでもなく、ただ黙って思考の底に潜っていくようだった。
俺の言葉なんかより、彼女の中での疑念の方がずっと強いらしい。
沈黙が広がると、余計にこちらの居心地の悪さばかりが募っていく。
焦ったく待つより、いっそ切り込んでしまった方がいいか。
「逆に聞くけど、どうして気になるわけ?」
自販機から離れながら問うと、衛藤も小走りに付いてくる。
衛藤は純粋な瞳で眉を寄せた。
「どうして、ですか?」
「もう高校生だろ。友達が誰と話していようが、気になる年齢じゃないと思うけど」
「そうですか?」
「わざわざ『新しい友達できたんだよね』って報告するのも馬鹿馬鹿しいじゃん」
仮に言われても、俺は反応に困る。
ただ衛藤の態度は、白波が誰かと関わることそのものを怪訝としているようだった。
「琥珀、普段は男子と喋らないので。それも先輩と話しているとなると気になります」
「へえ、友達思いだな?」
「だから教えてください。どうして琥珀なんですか」
「まるで俺から近づいているみたいな言い草だな?」
「違うんですか?」
「どっちもどっちかも。白波から声かけてきて、俺が話を続けた、みたいな」
嘘は混じらぬように、適度に曖昧に濁しておく。
「でも本当に何もないよ。ただ知り合って、普通に話していただけ」
「ほんとに?」
衛藤の瞳が冷えている。そんなわけがない。表情がそう断定していた。
俺がなんて誤魔化そうが納得してくれそうにない。




