End2. Happy End
王城の広間で行われている卒業式。
聖女候補だというロインが、わたしに向けて指を差す
「アントニア様は罪人です!私がその正体を暴いてごらんにいれます!」
言い終わると、ロイン嬢は、わたしを指さしていた手を下ろし、反対の手を上げた。
すると、ロイン嬢は詠唱を始め、みるみるうちに淡い光がわたしの身体を包み込んでいく。
「……ッ、トニー!」
――ピシッ
胸に付けていたブローチにヒビが入る。
十八歳の誕生日に、ヘンリーから贈られたものだ。
『前に贈ったブローチを付けてきてほしい。』
昨日、ヘンリーに言われて付けてきたのだが、こんなことになるなら付けて来なければよかった。
「なんでっ!?」
ロインが大声で驚く。
なんでも何も、わたしが知るわけがない。
「王太子の婚約者に、害をなそうとした現行犯だ。あの者を捕らえよ。」
ヘンリーが警備兵に呼びかける。
落ち着いた声ではあるが、怒りが滲んでいるのがよくわかる。
「無事かい、アントニア?」
刺々しい物言いはなりを潜め、心配そうに声をかけてくるヘンリー。
彼はわたしの肩をそっと抱いた。
「ええ、わたしは大丈夫。でも……」
胸元のブローチをちらりと見る。
ヘンリーの瞳と同じ、赤色の宝石が大きくひび割れていた。
「せっかく、ヘンリーから貰ったブローチが……」
「アントニアを守れたんなら、そのブローチも本望だろう。」
『でも、』と言いかけて見上げる。
すると、そこにはヘンリーの顔があった。
『……ちゃんと作動してよかった。』
声には出ていなかったが、口元がそう動いたように見えた。
「ヘンリー?何か言っ……」
「離してよっ!アントニア様は、呪いの元凶ですのよ!彼女を野放しにしたら国が滅びますわっ!」
警備兵に捕らえられたロインは、わけのわからないことを叫んでいた。
わたしが呪いの元凶?
魔術の先生に『才能がない』と、お墨付きをもらっているわたしが?
「わたしが呪いの元凶ですか?昔から魔力がないと言われてきたんですが。」
ヘンリーに支えられ、ロインに近づく。
「嘘を言わないでくださいまし!私は『呪いをかけた者』と『呪われた者』がわかりますのよ!?」
警備兵に押さえられているロインが、わたしの台詞を聞いて、キッとこちらを睨みつける。
「その身を隠すほどの膨大な呪いをまとわせておいて、魔力がない!?そんなわけありませんっ!」
ロインがまた、自分の自慢を混ぜながら『呪いの見え方』を説明し始める。
……要するに『呪いをかけた者は、呪いをかけている最中、呪いが身体から放出されているように見える。』
『呪われた者は、身体に黒いもやのようなものがまとわりついている』らしい。
そして、わたしの姿は呪いを出しすぎて、ロインからはほぼ見えないと言う。
自分ではわからず、手のひらや手の甲を見たり、足元を確認する。
いたって健康である。
「私がもう一度、解呪してアントニア様の思惑を暴いてやりますわ!」
身をよじり、ロインは手を伸ばそうとする。
わたしの前にヘンリーが立ち塞がった。
「ヘンリー王子、どいてください!……いえ、先に王子の呪いを解いて差し上げますわ!」
ヘンリーを庇おうと、前に出ようとするが、彼の手に制止された。
ロインが『解呪』と叫ぶと、ヘンリーの身体が淡い光に包まれた。
これでもし、本当にヘンリーに呪いがかけられていたら。
彼が、呪いを解いたロインを好きになったら。
……わたしは、どうなるのだろう。
やがて光は収まり、ヘンリーが目を開ける。
「大丈夫?」
ヘンリーに恐る恐る近づく。
彼の肩に触れようとした時、ヘンリーに手を掴まれた。
「……ヘンリー?」
心臓の音がうるさい。
この手を振り払われたら、どうしよう。
ちらりと視界の端に、勝ち誇った笑みのロインが見えた。
その顔を見て、みるみる手先が冷えていくのを感じる。
「アントニアも知ってるだろう?」
ずっと握っていた手を、ぎゅっと握り返される。
「王族には、 “悪意を持った魔術への耐性” があるって。」
握られた手が、ヘンリーの口元へと寄せられる。
軽いリップ音が鳴った。
「もう、ヘンリーったら。心配したんだから!」
「不安そうな顔で、子猫のように僕を見つめるアントニアが可愛くてね。」
周りから大きな歓声と口笛が鳴り響く。
そうだ、今は交流会の最中じゃないか。
火が出そうなくらい、顔が熱くなるのを感じる。
「そんなはずは、っ……なんで!?」
ヘンリーが、目を見開いているロインに向かって言い放つ。
「次期国王への殺害未遂で、この者を牢屋へ連れて行け。」
ヘンリーの言葉を聞いて、警備兵がロインをぞんざいに扱う。
髪を振り乱し、ロインは必死に抵抗する。
「おかしいっ!何かの間違いよっ!」
「わ、私は、ヘンリー王子をお慕いしているのですっ!」
「呪いを解いて、王子に見初められるのは、私のはずなのにっ!!」
抵抗も虚しく、ロインは連行されて行った。
ロインの手は必死に “誰か” へと伸ばされるが、その手を掴む者は誰一人いなかった。
閉められた扉の音が会場に鳴り渡る。
静まり返った場内で、国王様が交流会の終わりを告げた。
今日一日で色んなことがありすぎたせいか、胸を占拠していた不安はいつの間にかなくなっていた。
――明日は、ついに結婚式だ。
***
「聖女候補だからって、甘く見てたな。」
交流会が終わったあと、ヘンリーは自室でつぶやく。
ひとりがけのソファに座り、手には赤く輝く石。
それを、ころころと手のひらで転がしていた。
ブローチにはめられた赤い宝石。
これはヘンリーの魔力から抽出されたものだ。
「本物の聖女の力は惜しいけど、僕とトニーの仲を引き裂こうとするなら……」
転がしていた赤い宝石を、指輪の石座にはめ込む。
そして、指輪をベルベットのリングケースに入れる。
「仕方ないよね。」
***
花嫁の控え室に、ノック音が響く。
「どうぞ。」
がちゃりと開いた扉から、現れたのは花婿であるヘンリーだった。
彼を見て、わたしは思わず頬がゆるむ。
「このドレスどうかな。似合ってる?」
「似合いすぎてて、雪の精かと思ったよ。」
くすくすと二人同時に笑い合う。
ヘンリーが『変更点があるんだ』と言って、懐からリングケースを取り出す。
ケースを開けると、大粒の赤い宝石がはめ込まれた指輪があった。
ガーネットだろうか?
深い赤色が日光に照らされて、キラキラと輝いていた。
「……綺麗。」
「気に入ってくれて、よかった。昨日、ブローチがひび割れて落ち込んでいただろう?」
昨日の今日で、似た色の指輪を用意できるのか不思議に思い、少し驚く。
「街を視察しに行く度に、君に似合いそうだなって思って、つい買っちゃうんだ。」
わたしの様子に気づいたヘンリーが照れくさそうに笑った。
どうやら、昨日の今日ではないらしい。
視察の度に買っているとなると、ヘンリーの部屋には、あといくつ、わたし宛のアクセサリーがあるのだろうか。
これからは、わたしがヘンリーのお財布を管理しないと。
「それで、変更点って?」
「式には王家伝統の指輪を着けてもらうけど、パレードにはこれを着けてほしいんだ。」
ヘンリーは、わたしの前に跪き、左手を差し出した。
わたしも左手を乗せる。
指輪がするすると第二関節まで通り過ぎ、薬指にぴったりとはまる。
その瞬間、幸福感に包まれる。
昨日の不安が、嘘のようだった。
「改めて『僕と家族になってくれるかい、トニー?』」
「ええ、もちろん!これからもずっと一緒よ。ヘンリー!」
***
国を挙げての華やかな結婚パレードが、無事行われた。
翌年には、王太子妃であるアントニアが妊娠を発表し、のちに出産。
王国は幸せに包まれていた。
ただひとり、不幸になった者がいる。
誰も訪れない塔に幽閉された聖女候補が、今日も泣き続けていた。
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