End3. Bad End
王城で行われている、卒業式後の交流会にて。
聖女候補生だというロインが、わたしが罪人だと叫んでいた。
「アントニア様の思惑を、私が断ち切ってみせましょう!」
ロイン嬢は、わたしを指さしていた手を下ろし、反対の手を上げた。
すると、ロイン嬢は詠唱を始め、みるみるうちに淡い光がわたしの身体を包み込んでいく。
「……ッ、トニー!」
焦った様子のヘンリーが、わたしへと振り返った。
――パァンッ
「きゃっ!」
頭に差していた簪の石が、弾け飛ぶ。
驚いて、その場にしゃがみこんでしまった。
簪が壊れた拍子に、まとめていた髪がはらりと落ちる。
本当は、ヘンリーに『十八歳の誕生日に贈ったブローチをつけて来てほしい』と頼まれていた。
でも、わたしは六歳の誕生日にヘンリーからもらった簪の方が気に入っていた。
だから、こちらをつけてきたのに。
大切に使っていたつもりだったが、こんな時に壊れるなんて……
どうやら手入れが甘かったらしい。
「大丈夫かい、アントニア。」
ヘンリーが、わたしを支えようと手を伸ばす。
――パシンッ
何故だかわからないけど、彼の手を振り払ってしまった。
お互いに驚いた顔をしていた。
「ぁ、っ……わたしは大丈夫よ。」
振り払ってしまった手を、ぎゅっと胸で抱きしめる。
恐る恐るヘンリーの顔を盗み見た。
「っ!」
ヘンリーは無表情で、わたしに叩かれた手をじっと見ていた。
なんだか彼が、とても恐ろしく思えてしまった。
今まで、そんなこと思ったこと……なかったのに。
「アントニア様!本性を現しましたわね!」
ロインが勝ち誇った笑みを浮かべ、後ろ髪をかきあげる。
『まだ呪いをかけているみたいですけど、さっきより弱まってますわ!』
『手を弾いたのが、その証拠!早く事実をお認めになって!』
ひとりで、わあわあと騒いでいるロインを構っている余裕が、今のわたしにはなかった。
ヘンリーの手を借りず、わたしはひとりで立ち上がる。
わたしはきっと、ここで『わたしは何もしていない』と否定しなければならない。
それなのに、頭の中で『早くヘンリーから離れろ』という考えでいっぱいになってしまった。
「アントニア……?」
心配そうな顔でヘンリーは、わたしを見ている。
『お願い、ヘンリー信じて』
なんて言えば、彼はわたしを信じてくれるだろう。
そう思えるくらいには、信頼関係を築き上げてきたつもりだ。
少し呼吸が荒くなり、震える口をどうにか動かす。
「……ごめんなさい、ヘンリー。」
出てきた言葉は、自分が言いたかった言葉と違う台詞だった。
これじゃあ、本当にわたしが呪いをかけていたみたいではないか。
慌てて自分の口を塞ぐ。
近くにいた交流会の参加者たちが、ざわつき始めた。
胸の鼓動が早くなる。
口の中が、からからに乾いていく。
――わたしはその場から逃げ出してしまった。
***
ひたすら城内を走り続ける。
あちらこちらから、わたしを捕まえようとする警備兵たちの声が聞こえてくる。
妃教育で教えてもらった秘密通路の途中。
わたしは立ち止まり、壁に寄りかかっていた。
『ごめんなさい。』
――『手を振り払ってしまって、ごめんなさい』なのか。
それ以外の謝罪が、わたしの中であったのか。
ひとりで考えたかったからだ。
ぼんやりと考えていて、はっきりしたことがひとつある。
あれだけヘンリーと結婚したかったはずなのに、今ではそこまでの気持ちがないということに気づいた。
どうして、あんなに『結婚しなければいけない』なんて思っていたのだろうか?
まるで『義務』みたいに……
わたしは考えを切り替えるため、両頬をペチンと叩く。
こんな逃げ出してしまったわたしを、受け入れてくれるかは、わからない。
でも、頼れるのは家族だけである。
……とりあえず、家に帰ろう。
***
「……ただいま、戻りました。」
正門からではなく、使用人たちが利用する勝手口から声をかける。
年配のメイドが気づいて、駆け寄ってきてくれた。
わたしはあれよあれよという間に、湯浴みをさせられ、着替えさせられ、軽食をすすめられ。
今、父様と母様の前にいた。
「父様、母様。誠に勝手ながらお願いします。わたしを勘当してください。」
両親も卒業式で見ていただろうから、今回のあらましを伝え、わたしが家に着くまでに考えていたことを話した。
母様は『勘当だなんて……』と、どうにかわたしを説得しようとしていた。
父様は腕を組み、難しい顔をして黙っているだけだった。
「日に日に強まる不安の中で、わたしは『ヘンリーとの結婚』以外の選択をしてみたくなったのです。」
胸の前で手を組み、真剣な顔で父様を見た。
父様の目が開かれた。
「今、この場をもってアントニアを勘当する。」
父様の言葉を聞いて、母様がわあっと膝から崩れ落ちる。
そばにいた父様の執事が、母様を支えていた。
父様は、つかつかと自分の机に向かい、紙にさらさらと何かを書き始めた。
「……以前、遠征で北の辺境地に行った際、孤児院が併設された修道院があった。」
父様はわたしに、書き終わった紙を渡してきた。
渡された紙に目を通す。
「……紹介状?」
「これが、最後に父がしてやれることだ。」
“最後”という言葉を聞いて、目の奥がじんじんと熱くなる。
気がついたら瞳からぽろりと涙が零れていた。
『勘当してくれ』と言ったのは、わたしだ。
――なのに、何故こんなにも悲しいのだろう。
父様に抱きつき、わたしは子どものようにわんわんと泣き出す。
優しい手付きで、父様がわたしの頭を撫でる。
母様も目を赤く腫らしながら、わたしをそっと抱きしめてくれた。
「名前に、誰かに縛られず、お前は自由に生きなさい。」
わたしの泣き声で満ちる部屋の中。
父様の優しい声が聞こえたのは、きっとわたしだけだろう。
***
日が昇る前。
執事が手配してくれた馬車の中で、わたしは揺られていた。
『ヘンリー王子には私から言っておく。』
『向こうは冷えると言います。身体に気をつけて。』
母様がわたしの頭に頬を寄せた。
『あなたはいつまでも、私たちの大切な子よ。アントニア。』
たとえ、もう二度と会えなくても。
この暖かい家族の思い出があれば、わたしは大丈夫。
整備されていない道を走る馬車。
わたしは、穏やかに目を瞑るだけだった。
***
辺境の修道院に来てから一年が経とうとしていた。
ようやく慣れてきた修道院での生活、孤児院の子たちともすっかり仲良くなった。
毎日、楽しく過ごしている。
王都の方ではヘンリーが、聖女になったロインと婚約したという噂と、元婚約者を探しているという噂が聞こえてきた。
『また王子が“アントニアはどこだ”って訪ねてきたけど、あの人ったら“うちの娘を妾にでもする気か?”って、怒り出しちゃって』
元実家から寄付されたものの中に混ざっていた、わたし宛の手紙。
筆跡から、母様からだとわかる。
勘当してくれたのに、父様はまだ、わたしを『娘』だと言ってくれているらしい。
思わず小さく吹き出してしまった。
読み終わった手紙を、ベッド下の箱の中にそっと仕舞う。
ちょうどよく、扉がノックされる。
「トニー姉ちゃん!早く朝ごはん食べよー!」
「いま行くから、待ってて!」
簡単に身支度を済ませる。
部屋の前で待っていた、孤児院の子たちと手を繋いで食堂へと向かった。
***
修道院に来てから二年目。
わたしの身体に変化が起きた。
前の夜から、どこもかしこも激しい痛みに襲われ、寝れずにいた。
痛みがやっと落ち着き、水を飲もうとベッドから降りる。
ふと姿見をみると、そこには見慣れない『男』がいた。
……いや、この男は『わたし』だ。
鏡に映る自分の輪郭をなぞる。
すると、ずきりと頭に痛みが走った。
そうして思い出した。
『アントニア』は『アンソニー』であったことを。
***
着れる服がないため、シーツで身を包みながら、慌てて修道士様の部屋を訪ねた。
回らない頭で思い出したことや、今までの経緯を修道士様に話していく。
現実離れしたわたしの話を、修道士様は急かさず、口を挟まず、うんうんと穏やかに聞いてくれていた。
わたしの話を聞き終わり、修道士様は口を開く。
「誰よりも、多くの試練を神より、与えられていたのですね。」
修道士様が、わたしの震える手をそっと包む。
「そして、神は貴方の試練が、終わったとお認めになったのでしょう。」
慈しむような顔で修道士様は、ほほ笑んでいた。
わたしはその顔を見て、少し落ち着きを取り戻す。
「これからは、貴方の今に目を向けていきましょう。」
そうだ。
これからは、わたしは男として生きていかなければならない。
握られている手に、思わず力がこもる。
「まあ、ゆっくり考えていきましょう。」
修道士様はそう言い残して、席を立った。
次に戻ってきた時には、湯気が立っているマグカップをふたつ手にしていた。
***
「トニー、屋根の修繕が終わったら、お昼にしましょう!」
「ああ、わかった!」
男として生き始めて半年が経った。
身体が元に戻ってから、徐々に記憶も思い出してきた。
年相応に活発だったこと、王子の護衛騎士になりたかったこと。
そして――親友に裏切られたこと。
今は北の町で働きに出て、たまに修道院の雑用をしている。
友達になってくれていた修道女たちも、最初は距離をとっていたが、最近では前と変わらないように接してくれている。
孤児院の子たちは、順応が早かったり、気にもしていない子が多かった。
特に仲がいいと思っていた男の子は、時折「女に戻んないの?」と冗談を言ってくる始末だ。
『無理だな』と笑い飛ばしていると、落ち込んで、別の子に励まされているのは、何故なのだろうか?
――そして、一番変わったことがある。
「ねぇ、トニー。来月の結婚式についてなんだけど……」
町長の娘である、彼女と結婚することになったのだ。
以前、森で魔獣に襲われていた彼女を助けたのが、きっかけで付き合い。
今に至る。
まさか、あんなことになっていた自分が結婚するだなんて、思いもしなかった。
……到底ヘンリーのことは許せない。
だが、こうして彼女と出会い、結婚できるのは、あの一件があったからとも言える。
そこだけは、感謝してもいいと思えた。
食事の片付けをして、彼女に話しかける。
「幸せな家族になろうな。」
***
『ハービヒト家に一通の手紙が届いた。』
ハービヒト家に忍ばせておいた間者から知らせがあった。
トニーからではないかと思い、ヘンリーはハービヒト家に向かう。
いつものように、ハービヒト卿に追い返されてしまったが、間者から手紙の写しを受け取った。
帰りの馬車の中で、ヘンリーは手紙を広げた。
『おれも家族を持てました。二人のように、いつまでも仲睦まじい夫婦でありたいです。』
手紙を持つ手に力が入る。
ヘンリーは、とある一行から先が読めなかった。
『おれは今、とても幸せです。』
ぱさりと手紙が足元に落ちる。
そのあと御者が語った。
『馬車の中から、獣のような叫び声が聞こえた』と。
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