End1.True End
『そして、一年以内に見つけられなかったら……』
にじり寄る警備兵たちをかわし、退路をちらりと視線だけで確認する。
『おれ以外で家族を作れよ!』
おれはロイン嬢の手を引き、この場から走り抜ける。
警備兵の叫び声が聞こえるが、おれには関係ない。
「ど、どうして私まで!?」
ロイン嬢が息を切らし、おれの手を振り払おうとする。
もしや、彼女は「私は解呪しただけ!」と本気で思っているのだろうか?
「おれは別に、あんたを置いて行ってもいいが、そしたら……」
警戒心を顔に滲ませながら、ロイン嬢はおれの言葉を待つ。
「幽閉か、国外追放になるかもな。」
「そんなわけないでしょ……!?」
心底驚いてるロイン嬢の顔を見て、思わず小さく笑ってしまう。
「あいつはやるぞ。長年、親友であり婚約者だったおれが言ってるんだ。」
『婚約者だなんて、おれは認めてないけどな』と付け加えておく。
ロイン嬢のお花畑だった脳内が、ようやっと今までの辻褄を合わせていき、『事実になるかもしれない』と受け入れたらしい。
顔が真っ青になっていった。
「私は、これからどうすれば……」
ロイン嬢は俯き、ぶつぶつとつぶやく。
「お父様になんて言えば……」
「聖女であり、国母になるという私の夢が……」
どうやらおれは、ロイン嬢の壮大な夢も壊してしまったらしい。
ほんの数時間前までは、アントニアを陥れる恐ろしい存在だったが、アンソニーにとっては恩人様だ。
おれがやれることだったら、できる限り助けてやりたいよな。
「ロイン嬢、おれと手を組まないか?」
「……私は、貴方を王太子妃の座から、引きずり下ろそうとしたんですのよ?」
ロイン嬢は、眉間にシワを寄せる。
「手を組んだあと、裏切られる未来しか見えませんわ。」
掴んでいる手から、強ばるのを感じた。
なんだ、夢見がちなご令嬢かと思ったが、案外 “酸い” もわかっているらしい。
「裏切らないとは確約できない。」
通路を左に曲がる。
さんざん、妃教育で通った城の内装だ。
うまく他の人たちに会わないよう、走り抜けていく。
「タダで協力してくれとは言わない。おれがハリーから逃げ切れるように協力してくれたら、あんたが聖女になれるよう協力するよ。」
「だって貴方、ヘンリー王子から逃げ回るんでしょ!?そんな貴方がどうやって……!」
おれは、自分の作戦をロイン嬢に伝えた。
***
「……は?そんなことできるだなんて、本気で思ってるの!?」
息切れしながら、ロイン嬢は甲高い声でおれに抗議する。
先ほどよりも速度が落ちている。
彼女の体力も、そろそろ限界かもしれない。
「やってみせるさ。」
振り返り、ロイン嬢を励ます意味も込めて、キザっぽく笑ってみる。
「おれも、自分の夢をまだ諦めたくないんだ。」
走っていると、右手の扉ががちゃりと音を立てた。
そこから伸びてきた手に掴まれ、部屋の中に押し込められる。
突然の出来事で抵抗ができなかった。
だが、おれは、すぐさま髪をまとめていた簪を引き抜き、逆手で持った。
薄暗い部屋の中、おれたちをここに引きずり込んだ者を確認しようとする。
しかし、明るいところから、いきなり暗いところに入ったせいか、うまく焦点が合わない。
「……幼少の頃から鍛錬をしておけば、この程度、対応できたのかもしれないな。」
ため息混じりの低いその声は、おれのよく知った声だった。
声の主を確認するため、目を凝らす。
「……父上。」
別に、長く離れて暮らしていたわけじゃない。
なんなら毎日、顔を合わせていた。
でも何故、こんなにも久しぶりに会えた気がするのだろうか。
「久しいな……アンソニー。」
呼ばれ慣れない名前に、少しむず痒さを感じた。
「父上は、お変わりなさそうで。」
構えていた簪を下ろす。
ロイン嬢が「えっ!ていうことは、王国騎士団団長!?」と少し慌て始めた。
「ああ、そうだな。」
父上はふっと鼻を鳴らしながら、困ったように少し笑っていた。
そのあと、すぐに思い詰めたような顔をしてから、父上はおれに頭を下げた。
「いかがなされたのです!?」
いつも堂々としている父上の、こんな姿を見たことがない。
どうなさったのだろう。
わけがわからないまま、あたふたするしかなかった。
「お前のこと、そしてヘンリー王子のことを気づいてやれなくて申し訳ない。」
その言葉を聞いて、身体が固まる。
『父上が謝る必要はない。全部ハリーのせいだ。』
そう言いたいのに、心の端で『父上たちが気づいてくれていたら。』という考えが頭をよぎる。
「いや、気づけるわけありませんわよ。」
重い空気を察してか、おれの後ろからひょっこりとロイン嬢が顔を出す。
「詳しく解析してみないとわからないけど、あれは、じわじわと思考を侵食するタイプの呪いですの。」
ロイン嬢は腕を組み、うーんと唸りながら、口を開いた。
「しかも、違和感を悟らせないように、“かけられた本人”に、出会った人たちにも記憶改ざんの魔法が散布されるよう魔法が施されていました。」
「ちょっと待ってくれ、おれに関わった人間にも、記憶改ざんの魔法がかけられていた?」
「ええ、そうですわ。」
ロイン嬢は、肩にかかった髪をばさりとかきあげた。
「だから、ぱっと変わったんならともかく、少しずつ変化して、『それが正しい』と思い込んでることに気づくなんて、難しいに決まってるわ。」
さすが聖女候補。
妙な説得力があった。
「……だ、そうなので、顔をおあげください。父上。」
父上が静かに顔を上げた。
その時、部屋の外が妙に騒がしくなる。
「警備兵が、お前たちを探しているんだろう。早く行きなさい。」
「早く行けって、今から廊下に出たんじゃすぐに捕まるじゃないっ!」
父上が放った言葉に、ロイン嬢が噛み付く。
おれは、父上の視線が窓に向いたのを見逃さなかった。
「ありがとうございます、父上。」
ロイン嬢の手を引き、窓へと歩き出す。
「へ?待って、もしかして……っ!?」
ロイン嬢の声を無視して窓に手をかけた。
辺りを見渡し、誰もいないことを確認する。
「手助けは必要か?」
父上の申し出に、首を横に振る。
しかし、ある事を閃いたので、後ろを振り返った。
「……すみません、父上。やはり、ひとつだけお願いをしてもいいですか。」
頷きもせず、じっとおれを見るだけの父上。
目線だけで『なんだ、言ってみろ。』と言われているようだった。
「国外に我々の遠縁がおりましたよね?そちらに物資を送っていただきたい。」
ロイン嬢は『は?なんで?国内で逃げ回るんでしょ?』と不思議そうな顔をしていた。
父上は、静かに目をつぶった。
……どうやら、父上はわかってくれたみたいだ。
「どうか、お身体に気をつけて。母上にもよろしくお伝えください。」
そう言い残し、おれはロイン嬢を横に抱えて、窓から飛び降りた。
ロイン嬢は叫び声が漏れないよう、必死に自分の口を塞いでいた。
***
「ハービヒト団長!こちらに誰か来ませんでしたか?」
ヘンリー王子の親衛隊が話しかけてきた。
「いや、この部屋を私も見て回っていたが、ここには誰もいなかったよ。」
親衛隊もきょろきょろと見回すが、当然、私しかいない。
「そうですか。では、これで失礼いたします!」
部屋を出て走り出す親衛隊を見送る。
……あとは、うまくやれよ。我が息子よ。
***
学園の卒業式の翌日。
王都に号外の紙がばら撒かれた。
見出しには、大きな文字でこう書かれていたらしい。
『王太子の婚約者は呪われていた』
僕は、純粋に自分を慕ってくれている者をかき集めた。
これは、トニーの言う『王家の権限』には、当てはまらないからだ。
あの日から、公務とトニー探しを両立させる生活が始まった。
トニーに似た見た目の者たちがいれば、時間を割いて確認しに行く。
どれも違う者たちだったが。
トニーの父であるハービヒト卿が、国外に支援物資を送っていると聞きつけた時は、歓喜した。
彼は、そこにいると確信したからだ。
……結局、トニーはいなかった。
思わず、ハービヒト卿に尋ねてみるが、「遠縁の者を支援して、何が悪いのですか。」と言い返されるだけだった。
……ある日を境に、妙な噂が耳に入るようになった。
小さな村々に困り事が起きると、颯爽と現れては問題を解決する二人組がいるらしい。
一瞬、トニーかと思ったが、聞けば『金髪の青年と赤髪の少女』だと言う。
トニーは青みがかった黒髪だし、あの聖女候補も赤髪ではなかった気がする。
こうしているうちにも、一年が過ぎてしまう。
……早く、はやく見つけないと。
***
「……結局、トニーを見つけられなかったな。」
ヘンリーは、ひとりごちる。
――あの約束から二年。
王となり、和平の証として隣国の姫を妻にしたヘンリー。
ヘンリーに、いま話題の『救国の英雄』が謁見を申し出たという。
最初は小さな村々を救い、厄介な事件を解決し、最後には王国に降りかかろうとしていた災厄を退けた。
パーティは、たったの二人。
堂々とした金髪の青年と、少し挙動不審な赤髪の少女。
片膝をついていたその者は立ち上がり、玉座に集まった者たちの前で変装を解いた。
金髪から青みがかった黒髪へと変わる。
ヘンリーは目を見開き、玉座の肘掛けを強く握りしめる。
「よう、元気か。親友?」
***
次の日から、変装を解いた金髪の少女は、教会で洗礼を受けていた。
司教の声が、礼拝堂に響く。
「貴方を、聖女に認定しましょう。『救国の聖女ロイン』」
「はいっ!」
***
――そして
「本当は、半年で見つけるつもりだったのに。」
「おれを誰だと思ってやがる。お前が考えそうなことなんて、お見通しなんだよ。」
二人同時に小さく笑い出す。
ヘンリー王の傍らには、王国騎士団の制服を身にまとったアンソニーの姿があった。
評価、ブクマ、レビュー、感想ありがとうございます!
大変励みになっております!
引き続き、どうかよろしくお願いいたします!




