ep.3
『もし、おれがハリーと結婚っていうやつをして、家族になったら……』
幼いアンソニーが振り返りながら、僕に笑いかける。
『お前もいい子ちゃんをやめれるのになっ!』
きらきら輝いて見えたのは、太陽のせいか、それとも――
あの日から、僕の夢は『君と家族になる』ことなんだよ。
***
案内された別室で、ハリーに長椅子の方に座るよう促される。
……染み付いた身体の“くせ”は、すぐには抜けないみたいだ。
というか、そろそろドレスを着替えたい。
おれが座るのを見届けてから、ハリーはロイン嬢からすっと離れた。
そのまま、エスコートをお付きの者に託したハリーは、おれの隣に座った。
……なんで、途中でエスコートを変わったんだ?
席に座らせるまで、ロイン嬢をエスコートすればいいのに。
……どうして、二人用の長椅子に、おれと一緒に座る必要がある?
対面に座ってもいいはずだ。
まさか?
胸の奥がざわりと粟立つ。
隣のハリーにも聞こえるのではないかと思うほど、心臓から鼓動が聞こえる。
……当たってほしくない予想ほど当たる、そう教えてくれたのは、誰だったか。
ハリーから距離を取るため、腰を浮かせようとする。
「いっ……!?」
だが、それを阻止するためか、ハリーに足を踏まれ立ち上がれなかった。
痛みで涙目になりながら、ぎろりとハリーを睨みつける。
思わずゾッとしてしまった。
ハリーは、いつも通りの完璧な笑顔だったから。
急に息が吸えなくなった感覚になり、はっはっと短く息を吐く。
「やはり、ヘンリー王子は呪いにかけられていたのですねっ!しかし、ご安心ください!」
ハリーの笑顔を見て、ロイン嬢は顔をぱぁと輝かせる。
彼女は胸を張って、トンっと軽く叩いた。
「このロインが解呪しました!さあ、悪しき令嬢……いえ、令息を断罪いたしましょう!」
解呪に成功したと信じて疑わないロイン嬢が、またもやおれに指差す。
おれは、未だハリーに踏まれている足を退かすことに集中していた。
「……まったく、とんでもないことをしてくれたよ。」
ハリーはそう言うと『ぱちん』と指を鳴らした。
ぞろぞろと音を立て、警備兵が部屋の中に入ってくる。
「やめろ、ハリー!」
おれの台詞を『最後の悪あがき』だと思ったのか、ロイン嬢の口角が上につり上がっていく。
ロイン嬢の顔が、より一層輝いた。
こちら側からは見えないが、おそらくハリーも笑ったのだろう。
「ロイン嬢。」
警備兵がすぐさま “ロイン嬢” を捕えた。
「えっ?」
拘束されたロイン嬢は、何が起こったのか理解できてないらしい。
ハリーは相も変わらず、にこにこと笑っているだけだった。
「僕が十年以上かけ続けてきた『記憶改ざんの魔法』と『性転換の魔法』をあっさり解くだなんて、油断してたよロイン嬢。」
「は?」
ああ、やっぱりハリーは……
「解呪の魔法か……今度から反転魔法も施さないといけないな。」
……呪いなんかにかかってなかったんだ。
「やめてくれ、ハリー。……ロイン嬢を離してくれ。」
おれは、ドレスの上で自分の爪が食い込むほど、手を握りしめる。
現状でおれができることは、これぐらいしかなかった。
「……頼む。」
一縷の望みをかけて、ハリーの顔を見る。
ハリーとかちり、目が合った。
彼は、おれの顔を見て、困ったように笑っていた。
「ごめんね、トニー。」
……こういう顔をしている彼が、おれの願いを聞く気がないことを知っている。
「彼女には、今回の騒動の黒幕になってもらうんだ。いくら、トニーのお願いでも、それは聞けないんだ。」
「ちょっと待って!なんでそうなるの!?」
さっきまで警備兵に食ってかかっていたロイン嬢が、ハリーの言葉を聞いて、こちらに振り向いた。
「私は、ただ貴方の呪いを解いただけですっ!」
警備兵の拘束を解こうと、ロイン嬢が暴れるが、余計に押さえつけられるだけだった。
「呪いが解かれた王子は、アントニアを断罪して、代わりに私を王妃に据えるっ!」
ロイン嬢の激しい怒りの顔から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。
「至極、簡単なことではありませんかっ!!」
ロイン嬢からしたら、そうなるべき道筋だったんだろう。
思いと通りにならなかったのは、彼女が悪いんじゃない。
元凶である彼の顔を、もう一度盗み見た。
呆れも嘲りも、何もない。
どう表現したらいいのか、わからない顔をしていた。
「君が思うほど、簡単じゃないんだよ。」
すっと細められ、背筋に冷や汗が伝うほどの冷たい視線。
ロイン嬢は「ひゅっ」と息を飲み、警備兵たちは身体を強張らせていた。
「君では駄目なんだ。君となら簡単に家族になれるだろう。でも、それじゃあ意味がない。」
どうして、ここまで『おれ』と家族になることにこだわるのだろうか?
『ヘンリー、大人になったら、わたしとけっこんしてくれる?』
ふと、朝見た夢を思い出す。
……違う。
これは、実際にはなかった記憶のはずだ。
幼少期を思い出してみる。
もっと昔、おれがまだハリーと友達でいられた頃……
『もし、おれがハリーと結婚っていうやつをして、家族になったらさ――』
あれは確か、おれたちが五歳ぐらいの頃だった。
登城する父上に、いつものようについて行った日のこと。
家庭教師たちに、子どもらしくない顔を見せながら歩いているハリーが、どうにも気に食わなかった。
おれを見つけて、嬉しそうに駆け寄ってくるハリーに『こっちが本当のハリーなのに』なんて、あの頃はそう思っていた。
今はどうだ。
このハリーが『本当のハリー』だなんて、言えるのか?
ハリーの膝にそっと手を乗せる。
その感触に気付いたハリーと目が合った。
「お前は、あんな子どもの頃の戯言を本気にしてたのか。」
愛おしいものを見るように細められたハリーの目に、少しだけ影が差したように見えた。
「君の中では中身のない言葉だったんだろう。でも、僕がその台詞に救われたのは事実だからね。」
救われた。
今、ハリーはそう言ったのか?
「救われた?なら、おれに対するこの仕打ちはなんだ!?」
怒りで視界が真っ赤に染まっていく。
おれはハリーの膝に、思いっきり爪を立てた。
生地が厚くて、彼に痛みを与えられているかわからない。
「おれの夢は、どうだっていいっていうのかよっ!?」
「トニーにも、僕と同じ夢を持っててほしかったんだ。」
膝に爪を立てる手の甲を、ハリーの手がぎゅっと握る。
彼の顔を見た瞬間、沸騰した怒りがだんだん冷めていくのを感じた。
懇願するような、でも諦めたような顔。
「……わかった。お前をこんなんにしたのがおれだというのなら、責任を取らなければならない。」
おれは、力を込めていた手を、ハリーの膝から少し浮かせた。
そのまま、彼に手を握られる形になる。
嬉しそうな極上の笑みを浮かべるハリー。
徐々に近づいてくる彼の顔は、おれの『よく知る彼』だった。
ロイン嬢は「呪いのせいで!」や「私が国母になるのっ!!」と叫ぶ。
警備兵たちは、少し色めき立っていた。
「……しばらく、さよならだ。親友。」
唇が触れる手前。
――ガッ
おれは、ヘンリーの顎目掛けて思いっきり、頭突きをかました。
「……ッ!」
さすがのヘンリーも予想していなかったのか、もろに食らったようだった。
眼球がくるりと上を向き、ばたんと倒れた。
「責任は取ろう。おれのやり方でな!」
警備兵が、わたわたとこちらに近づいてきたのを見計らって、おれも扉まで近づく。
そして、警備兵に声をかけた。
「そいつが目を覚ましたら伝えておいてくれ!」
『おれは一年、お前から逃げ回る。』
『一年以内におれを見つけられたら、お前の家族にでもなんでもなってやる。』
『ただし、王家の権限を使わないこと!お前自身の力でおれを見つけてみろ!』
警備兵がおれににじり寄るが、どうにか避ける。
『そして、一年以内に見つけられなかったら……』
おれは警備兵たちに向けて、アントニアならしないような笑顔で言い放った。
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