ep.2
目の前の少女『ロイン』は、わたしに罪があると言う。
わたしは、何の罪を犯したのだろうか?
「アントニアが罪を犯した?デタラメもいい加減にしてくれないかい?」
呆気に取られていたせいで何も言えなかったわたしの代わりに、ヘンリーがロインの言葉を否定する。
先程までの柔らかな笑みとは違い、ヘンリーは肌寒ささえ覚えるような冷たい視線をロインに送っていた。
「デタラメなんかじゃありません!」
ハリーの視線なんて気にも留めず、ロインはヘンリーの言葉に間髪入れずに言い返した。
許可もなしに発言しているが、ロインは不敬罪というものを知らないんだろうか。
知らないのなら勉強不足だし、知っていてやっているのならあまりに頭が悪い。
「私は、教会で聖女候補生をしています!」
候補生であって、まだ聖女ではないのに……
堂々と発言してもいいものなんだろうか?
「修行のおかげで『呪った者』と『呪われた者』の判別ができるようになりました!」
ロインは『いかに自身が修行で頑張っているか』を、時おり混ぜながら、長々と語り出した。
……長い。本当に長い。
『教会の護衛兵が、彼女のことが好きなのかもしれない』という話は本当に必要だったのだろうか?
そろそろ本題に入ってもらいたい。
頭につきりと痛みが走った。
言いしれない不安が、また立ち込める。
『早く“わたしの罪”とやらを言え!』
『やだ、聞きたくない!』
心と思考が取っ組み合いの喧嘩をしているようだった。
ああ――早く、楽になりたい。
「ロイン嬢、わたしが犯したという罪とは、一体なんなのですか?」
わたしは、我慢できずに声をかけた。
何ひとつ身に覚えのない、『わたしの罪』
もしかしたら、その罪と言われるものこそ、ずっと抱え続けていた違和感の正体かもしれない。
うっとりと自慢話をしていたロイン嬢が、ハッとしたようにわたしを睨みつける。
それからビシッと音がつくのではないかと思う勢いで、わたしに人差し指を向ける。
「あなたは自身に呪いをかけ、王子を魅了して操り、この国を滅ぼそうとしています!」
……初耳である。
わたしは、自分に呪いをかけたらしい。
「なぜ、自身に呪いをかける必要があるのですか?ヘンリー王子本人に、そのまま呪いをかければ済むのではないのですか?」
純粋に思ったことをロイン嬢にぶつける。
ロイン嬢は「うぐっ」と言葉を詰まらせた。
そのあと『ええと』や、『それは……』と言い淀む。
「私を言いくるめようとしても無駄です!悪しき考えを持つ者の考えなんて知りません!」
言い終わると、ロイン嬢は、わたしを指していた手を下ろし、反対の手を上げた。
すると、ロイン嬢は詠唱を始め、みるみるうちに淡い光がわたしの身体を包み込んでいく。
「……ッ、トニー!」
焦った様子のヘンリーが、わたしへと振り返った。
――暖かい。
こんなにも安らかな気持ちは、初めてかもしれない。
「悪しき者よ!今こそ、その醜悪な姿を現せっ! “解呪” !」
みるみると、わたしの身体は形を変えていく。
しなやかだとヘンリーが褒めてくれた脚が、筋肉質なものになっていた。
そこまで豊満ではなかった胸も、なりを潜めていく。
目線が高くなり、ヘンリーより少し低いぐらいまでになっていた。
そして、喉に違和感。
このでっぱりは――喉仏?
「さあ!皆さまご覧ください!これが、アントニア様の本当の姿です!」
周りが騒然とする。
目の端で捉えた父も母も、驚いた顔をしていた。
ヘンリーをちらりと盗み見るが、下を俯き表情はわからなかった。
当のわたしはというと――
胸のつっかかりが取れたような、ある種の爽快感を得ていた。
パズルのピースが、ぴったりとはまったような。
“本来の姿に戻ったような”
「……なんてことだっ!」
ヘンリーは、ゆっくりと膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らしていた。
何も考えられない頭で、ぼうっとヘンリーを見ることしかできなかった。
「アントニア様は自身に女体の魔法をかけ、ヘンリー王子を惑わせ、王国の繁栄を阻もうとした大罪人ですっ!」
勝ち誇った顔をしたロインが、まるで演劇めいた口調で、わたしを糾弾する。
その声に続いて、今までにこやかに話してくれていた者たちが一斉に声を上げた。
『危うく騙されるところだった!』
『大罪人めっ!』
『我が国を滅ぼそうとする悪しき者だっ!』
会場に飛び交う罵声が、わたしには届かなかった。
そんなことよりも、腹立たしいことを思い出したからだ。
わたしは……いや、おれはヘンリーに向かって、ずんずんと歩き出す。
何人かが間に割って入ろうとするが、力いっぱい押し退ける。
おれはヘンリーの前に立った。
そして、彼の顔をそっと持ち上げて――
――ゴッ!
ヘンリーの顔が潰れるようにと、願いと力を込めたつもりだった。
だが実際は、ヘンリーの口の端が切れた程度だった。
周りから息を飲む音が聞こえた。
そんなものは無視して、力なく吹き飛んだヘンリーに近づき、今度は胸倉を掴む。
「おれはっ!おれはこんなこと、望んでなかった!」
虚ろな目をしたヘンリーに、ぶつけるよう大声で叫ぶ。
「お前は王様になって、その横に護衛騎士になったおれがいる!そんな在り方で良かったはずなんだ!」
ヘンリーの目が、おれを見ようと動く。
「なのにっ、なのに……なんでこんなことしたんだ……っ、ハリー!」
ハリーを掴む手が震える。
怒りと悔しさ、恨みつらみ。
それでもなお、消えてくれない友情。
全部が混ざって、おれの目から溢れ出す。
ぽたぽたと、ハリーの顔に雨を降らした。
「ハリー、おれは……お前の親友でいたかっただけなんだよ。」
泣いてるせいか、フーッフーッと浅く息をする。
……ただ一言、「悪かった」って言ってくれればいい。
そうしたら、おれは……お前の親友に戻ってみせるから。
張り付いた喉から、必死に言葉を吐き出した。
胸倉を掴むおれの手に、ハリーがそっと手を添えた。
しっかりとおれの目を見て、ハリーの口が動く。
「僕はそれだけじゃあ、足りなかった。」
――おれの希望はあっさりと打ち砕かれた。
謝罪の言葉ですらない。
なんだよ、足りないって。
ハリーはゆっくりと、首を横に振った。
「愛し愛されて、一緒に幸せになってほしかった。」
「おれでなくてもよかったはずだっ!」
そう言い終わる前に、ハリーがおれの手を払いのける。
離れたかと思った矢先に、ハリーがおれの頭を後ろから抱えた。
「君じゃなきゃ嫌だっ!家族になりたいのは君とだけなんだよ、トニー。」
焦ったような、でも強い意志がおれの瞳を貫く。
ヘンリーの右手が、おれのあごを捕えた。
親指の腹で、おれの下唇をすりっと撫でる。
近づいてくる顔を背けようと身動ぎ、再び右手に力を込める。
その時、甲高い声に阻まれた。
「王子はまだ、魅了にかかってますのねっ!私が解呪してみせますわっ!」
ロイン嬢の言葉に、希望を見た気がする。
そうだ、ヘンリーにも呪いがかけられているから、こんな馬鹿な真似をしたのかもしれない。
顔には少し困惑の色が見えるが、まだ得意げな顔をしているロイン。
それから、先程よりも落ち着いたが、まだ少し混乱を見せる会場の人々。
ロイン嬢が詠唱を終え、ヘンリーの身体が淡い光に包まれた。
光が消え、ハリーは閉じていた目を開いた。
「……騒ぎが大きくなりすぎたね。一旦、別室で話し合おうか。」
いつもの優しいほほ笑みを浮かべ、ハリーは、おれに上着をかけてくれた。
一瞬、『解呪されてないのでは』と、身構えた。
しかし、そのあと彼はロイン嬢の元へ向かい、エスコートするため彼女に手を差し出した。
……やはり、ハリーも呪いをかけられていたのか?
疑心暗鬼のまま、おれたちは見慣れた城の応接間へと向かったのだった。
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