クリス、リンゴを食べる
まだ、ロビンから良い返事は届いていないが、
屋敷の使用人が少なくなっていた日を狙って、
お菓子の盛り合わせを片手に、久しぶりにクリスのもとへと行こうと廊下を歩いていると、
「奥様、どちらへ?」
と怪訝な顔をしたマリーに呼び止められた。
「え、ええ。ちょっと気が滅入っているから、
外に出て鳥たちにお菓子をあげようと思って。」
しまった。
脱出通路使えばよかった。
気が緩んでいたとしか、思えない...。
「こんな寒空の中で、ですか?」
「ええ、少し晴れ間も出てきたし...」
「そうですか。
お体が冷たくなる前に、お戻り下さいね。
ほら、ローブも肩から落ちておりますよ。」
といつもの笑顔に戻ったマリーは、私のローブを直してくれた。
「お付き合いいたします。」
と言ってくれたが、一緒に行けるわけがなく、
「ちょっと一人になって考えたいから」
とマリーの申し出を断った。
「ありがとう。では、ちょっと行ってくるわね。」
「はい、いってらっしゃいませ。」
あ、あぶなかった...。
私、変じゃなかったかしら...。
とまたドキドキした胸が収まらない中、クリスのいる森へと向かった。
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クリスを預けているイーサムの小屋につくと、私は静かにノックした。
トントン
「私、カメリア。」
しばらくすると、
バタバタ、ドンッ、バサバサーッという音が中から聞こえた。
えっ、何かぶつかって、何かをバラまいた音かしら?
とちょっと心配になりつつ、くすりと笑っていると、
中からカワイイ笑顔のクリスがそっと開けたドアから出てきた。
「ああ、お義母様!お久しぶりです!お元気でしたか?」
「ええ、ええ。元気だったわよ。さっき派手な音したけれど、大丈夫だった?」
「はい、ちょっとテーブルに足をぶつけてしまって、
その拍子に置いておいた紙の束が雪崩のように崩れてしまって...。」
と恥ずかしそうに答えた。
「あら大変、ケガはなかったかしら?」
「大丈夫です。ありがとうございます。
ここでは何ですから、さあ、中へ入ってください!」
あ~やっぱりカワイイ!癒されるわ!
「今日はね、あなたが好きだったお菓子を持ってきたの。」
「まあ、素敵!ありがとうございます!今、お茶を入れますね。」
「ありがとう。」
ロクサムがイタズラしてイーサムが怒った話や、クリスのうっかり失敗してしまった話など、他愛無いクリスの話を聞きながら、お湯が沸くのを待っていた。
話をしているクリスの顔は、お屋敷にいる時に比べ、とても穏やかで幸せそうだった。
「あっ、お湯が沸いたみたい!」
とパタパタとヤカンへと戻ったクリスを目で追いながら、イーサムにクリスを預けて、やはり正解だったと思えた。
ふと、窓から外をのぞくと、さっきまで晴れ間が出てきた空は、西から東へと分厚い黒い雲に覆われ始めてきていた。もうすぐ帰るであろうイーサムには会えないが、雨が来る前に帰らなくては、と思っていると、
「あら、お義母様。
リンゴの差し入れなんて、どうしたんですか!
あっ、もう食べても良いんですね!」
え?リンゴ?
今、 何て?
リンゴって言った?
待って、私、リンゴなんて持ってきてないわ!!
いつの間にかコンロから戻ってきていたクリスは、私が持ってきた籠からリンゴを取り出し、動揺して声が瞬時に出なかった私を気にせず、リンゴを口にした。
「やめなさいっ!クリス!!口から出して!!」
とムシャムシャ、咀嚼しているクリスに向かって、大きな声を出してしまった。
ビクッと驚いたクリスは、その拍子にゴックンとリンゴを嚥下し、
だんだん顔色は青くなり、
苦しそうに身をもがいていく。
ああああああああああああああああああああああぁぁ
どうしよう、
どうしたら良い?
どうしたら
どうしたら...
はっ、解毒剤!
解毒剤はどこ?
「クリス、クリス!しっかりして!あなたに渡した解毒剤はどこっ?」
必死にクリスに話しかけると、彼女のポケットから出した解毒剤を私に渡した。
「さあ、これを飲んで、良くなるはずだから...。」
口がしびれているのか、クリスはうまく解毒剤が飲めずに、口の横から漏れ出てしまっている。
このままでは、ダメだわ。
どうしたら、どうしたら...。
そうだ!
迷いなく、自分の口に解毒剤を含め、直接私の口からクリスの口へと流し込んだ。
お願い!
お願い、戻ってきて...
そこへ、イーサム達が鉱山から戻ってきた。
私がクリスに覆いかぶりさりながら、
必死に叫んでいる姿に、イーサムはギョッとして
「カメリア様、これはいったい!どうしたんですか!!」
「私が持ってきたリンゴを、クリスが食べたの...。そしたら、そしたら...。」
「何で、リンゴなんて持ってきたんです!」
「ちがう、違うの!
私っ、持ってきてない!いつの間にか籠の中に入っていて...」
「わかったら、しっかりしなさい!」
「どうしよう...どうしよう。私が来たから...」
毒の量、わからないし、
解毒剤も口から漏れちゃったから、
全部飲めてないし...
それに、それに...
「あっ、お屋敷にまだ予備があるから、私、急いで持ってくるわ!!」
「落ち着いてください!カメリア様!解毒剤ならうちにも...」
とイーサムが叫ぶ声が聞こえたが、
私は急いで、彼らの小屋を出て、お屋敷へと走った。
解毒剤、部屋の中にまだあったはず...
スリンにも確認しなくては
そして、その後ろから
イーサムではない人影が付いてきていることに、もちろん気がついていなかった。
森を走り抜けている間、いつの間にか雨が降り始め、気づけは土砂降りになっていた。
屋敷に着いた時には、服はビシャビシャに濡れていたし、
森を走っていたので、泥まみれになっていたが、
そんなことは関係ない。
早く、早く!
クリスの元へ、解毒剤を届けなければ...。
「やあ、お姫様、元気か...って、オイッ!いったい、どうしたんだ!」
いつものように気安く声をかけてきたロビンが、私の様子を見てギョッとした顔をした。
しばらく屋敷を離れるって言ったけれど、帰ってきてほしいのは、今じゃない!
「ごめんなさい。ちょっと急いでいるのよ。そこ、どいてもらえるかしら?」
と彼の横を通り過ぎようとした時、手首を掴まえられた。
「ちょっと!離して!急いでいるの!!」
「一体、どうしたんだ!びしょ濡れだし、服も汚れている。
手だって、こんなに冷たく控えているし。何より顔色が悪いぞ!」
「ゴメン。後で話すから。本当に通して!」
と彼の手を振り切って、自分の部屋へと向かった。
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はぁはぁ...。
「ねぇ、スリン!解毒剤はどこ...?」
と自分の部屋の扉を開けたと同時に、大きく叫んでしまった。
「は~い、カメリア!解毒剤って、どの解毒剤だろうー?解毒剤って、いろんな酒類があってね。例えば、ワラワラダケの毒なら、アレだし、イボコウモリの毒なら、ソレだし...。」
スリンのうんちくが始まってしまった。
違う、いつもの揶揄いか。
ちがうちがう、解毒剤の場所はわかっている。
今スリンに聞かなければ、いけないのは...なんだ?
「ねぇ、スリン!聞いて!クリスが、リンゴを食べて倒れたの!」
「何だって!」
「解毒剤、飲ませたんだけど、まだ足りなくて。
ねぇ、あとどの位飲ませたら、良いかしら...」
「どの位、リンゴ食べたんだい?」
「一口よ!」
「う~ん、今考えるから、ちょっと、待ってて~」
「お願い、急いで!」
今のうちに解毒剤を!
部屋に備え付けてある机の一番上の引き出し。鍵付きの引き出しだから、鍵を差そうとすると手が、フルフル震えて、うまく差せない。なんで、こんなに急いでいるのに、こんな所に仕舞ってしまったんだ...。ブツブツと口に出しながら、やっと引き出しから解毒剤を手にした時だった。
「カメリア!そこまでだ!!」
声がする方に顔を向けると、冷たい目をした旦那様とロンバート、その後ろには、私兵が整列していた。
「君は、そこで何をしているんだい?手にしているのは、なにかなぁ...。」
優しい声で聴いてくるのに、その目は全く笑っていない。
やだ、こわい...
背中が、ゾクゾクする...。
体全体が、ガタガタ震え出して、何も答えられないでいると、
「ひっとらえて、牢に入れておけ」
とエドワードは、私兵に命令した。
部屋から引き出される直前、スリンを横目にチラッと見ると、ただの鏡の状態のままだった。
良かった。空気が読める子で。




