第18話 今まで冷たい態度をとってきた義妹の様子が、おかしい
「ねえ、ごめん」
背中から、ぶっきらぼうな声が聞こえた。
「何がだよ」
俺は、歩みを止めずに、聞き返す。
「なんかあたし、態度悪いよね、いつも」
「え?まあ、うん」
一般的な妹と同様に、図々しさとか、愛想のなさとか、そういうものは持ち合わせていると思う。
しかし、今更なぜ謝る。
「それがなんだよ」
「あたしさ、普通の妹になりたかったの。普通の、お兄ちゃんの妹になりたかったんだ」
俺は立ち止まった。振り向くと、数メートル後ろにいる桜歌は手を後ろに組んで、下をぼうっと見つめている。
彼女に「お兄ちゃん」と呼ばれたのは、いつぶりだろう。
桜歌は足元にあった石を、無造作に蹴った。指先サイズの石ころが、こちらの足元に転がってくる。
「普通の妹ってなんだ」
「兄に対して態度が悪くて、すぐに蹴ったりする妹」
「そうかな」
「そうなの。だって、同級生の男子もみんな言ってたもの。妹なんて可愛くないって。生意気だし、わがままだし、全然仲良くないって」
「ああ……。まあ」
「だから実践してたんだけど、なんか最近、ちょっと違うかなって思い始めてさ。あの子があんたに甘えるから、それであんたもなんか嬉しそうだからさ。あたし間違えてたかなーって」
桜歌は俺のことが嫌いなのだと思っていた。だから、冷たい態度を取るのだと、一人で納得していた。でも、
「兄に嫌な態度とるのが普通の妹で、それが本当の妹のはずだったのに。あたし、普通の、本当の妹になれてたはずだったのに」
ちょっと、違っていたかもしれない。
りるはにやたら突っかかっていたのも、それが原因だったのか?
桜歌が偽物の妹だったことなんて、一度もないのに。
「そもそも、なんで普通の妹にならなきゃいけないんだ。その……、血が繋がってないからか?」
そんなこと、まだ気にしているのだろうか。もう何年も一緒に暮らしているのに。
「だって……」
桜歌はゆっくりと俺に近づき、そのまま俺の体に腕を回した。体が、密着する。ぎょっとして後ずさると、桜歌ごとよろめく。
俺のスウェットにうずもった桜歌の顔は、俺には見えない。数秒迷った後、俺は桜歌の肩に手を置いた。
「お兄ちゃんのことが大好きな妹とか、キモいじゃーん……」
もごもごと、そんなことを言う。
へー、桜歌って俺のことが大好きだったのか。
仰天のあまり思考が一回転して、むしろ冷静だ。しかし、考えてみると変だ。兄が好きな妹がキモい?そんなことは理由にならない。だって。
「俺は桜歌のこと好きだけどなあ」
「……ふぇ!?」
がばっと顔を上げた桜歌は、目を見開いて、口をパクパク。頬のみならず、耳まで赤く染っている。なかなか見ない顔だ。
「そんなの当たり前だろ?それに、お前だけじゃない。小梅も好きだし、胡桃も好きだ。李も好きだし、りるはももちろん好きだ」
桜歌の赤い顔が、一瞬にしてすんと戻る。てけてけ、と俺から数歩離れて、
「はあ」
と覇気のない声を出す。
はっはっは。引いたか。ドン引いたか。
「最近気づいた新事実だ。俺はどうやら、シスコンらしい。それも超がつくほどだ」
「……は」
「可愛くなくても、図々しくても、態度がどれだけ悪くても、部屋から出てこなくても、血が繋がっててもそうでなくても、全部含めて俺にとっては可愛い妹なんだ」
自分でも分かっていなかった。世間一般、ごく普通、どこにでもいる兄貴だと思っていた。せいぜい、ちょっとばかし面倒見がいいかな、くらい。
でも、考えてもみてくれ。両親に代わって飯を作り、休日に遊びに付き合い、家から飛び出したら真っ先に探しに行ってやるんだぞ?
シスコン以外の、何者でもない。
妹と過ごす日々が愛おしいのだ。だから少しくらいの面倒ごとも苦ではない。悪態をつきながらも、本気で嫌になったことなんて一度もないんだ。
「ははっ」
乾いた笑いが漏れる。
俺の様子を見て、すっかり元に戻った桜歌は、口をへの字に曲げる。
「あー、きもきも、まじきも」
「なんだよ、桜歌はお兄ちゃん大好きなんだろ?」
「あーもう、忘れて!さっきのあたし、なんか頭おかしかった。全然嘘だから。さっき言ったこと全部嘘だから」
「はん」
「鼻で笑うな!……かわいいかわいい妹が、せっかくデレてあげたってのに」
なによシスコンって……と、ぶつぶつと文句を垂れる桜歌は、いつの間にか俺の横を歩いている。コンクリートに伸びた影が、二つ分。
「誕生日、何が欲しい」
俺は桜歌に、そんな話を持ち掛ける。
「え、新作コスメ……はあんたは分かんないわよね。じゃあニンテンドースイッチ」
「それは無理」
「かわいい妹の誕生日なんですけど?」
「俺の貯金も無尽蔵ではない」
「ぶっちゃけ、プレゼントなくてもいいけどー」
桜歌はそう言って、ポケットを撫でた。四つ葉のクローバー、形が崩れていないといい。崩れていても、また見つければいい。
川沿いの道を、二人で歩く。
ほんの一瞬、手を繋いで歩いた、あの日の俺たちが見えた気がした。




