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第16話 上質な思い出

 四人姉妹と家族になってから、初めての父の日のことだった。


 俺含め、各々ささやかながらプレゼントを用意し、和やかな一家団欒の光景……のはずだったのだが。


 一人、猛烈に不機嫌そうな奴がいた。


 桜歌だ。


 俺たちが親父に、ハンカチやらビーズやら幼稚園で拵えてきた工作やらを渡していたそのとき、桜歌は家からだっと脱走した。


 あっという間に逃げ出して、行方も分からない。妹三人を家に置いておいて、親父と母さんと俺は、町中を駆けずり回って桜歌を捜索した。


 それぞれてんでばらばらに捜して、親父は商店街の方を、母さんは駅前の方を、そして俺は……。


 何となく、だ。確信めいたものは何もなく、ただ何となく近くの公園に行ってみた。


 しかし、それがビンゴだったわけだ。


 公園にはポコッと隆起した、小高い丘があり、桜歌はそこに居た。小さな背中と、栗色の髪。すぐに分かった。


 しかし、見つけたはいいものの。


 うずくまる桜歌に、俺はなんと声をかけたらいいのか分からない。


 心配したんだぞ?なんで出てったんだ?一緒に帰ろう、とか?


 心配した気持ちは嘘ではないが、ほんの二ヶ月ほど前にできた新しい妹に対して、俺はまだ距離感を測りかねていた。


 怒るべきなのか、寄り添うべきなのか。寄り添うにしても、そもそも桜歌は他の妹に比べて、何を考えているのかよく分からない。


 迷いながら俯いたとき。ふと、足元の"それ"に気がついた。


***


「思い出バトルしようぜいっ」


 拳を突き上げたりるはが、威勢よくそんなことを言う。今日はやたらと機嫌がいい。


「思い出バトル……?」


 俺のつぶやきに、待ってましたとばかりににんまり笑うりるは。えいと掲げた手に、立った指は三本。


「真の妹決定戦、ついに第三回戦っ。甘え、癒し……と来て、次は思い出だよ。妹なら、お兄ちゃんとの思い出がたっぷりあるはずだよね」


 当初の予定通り、きっちり三回勝負をするみたいだ。正直、途中で有耶無耶になると思っていたので、やり抜く精神は見習いたい。


 それはそれとして、そういや勝敗を判定するの俺なんだよな。本当にどうでもいいし、本当にめんどくさい。


 頬ずえをついた桜歌は、馬鹿にしたようにへらっと笑う。


「思い出ってあんた。そんなの負け戦じゃない。あたしの方が長く一緒に暮らしてるんだから、あたしが勝つに決まってるわ」


「思い出は量じゃなくて質っ。私の思い出の方が質が高いんだよ」


 だったら、どうやって勝敗つけるって言うんだよ。低品質の思い出とレッテルを貼られた方が、可哀想じゃないか。


 桜歌も同じことを思ったようで、


「……それ、何をしたら勝ちになるのよ?」


 声に呆れが混じっている。りるははきゅっと口角を上げる。


「ちゃんと考えてるよ。あのね、各自お兄ちゃんとの思い出の品を用意するの。それで、それにまつわるエピソードトークを披露。どっちが感動的かで競うんだよ」


「感動的ぃ?」


 桜歌はちらりと俺を見ると、うげっと目を細めた。俺は桜歌から目を逸らし、ふんとため息をつく。


 ま、要はりるはは、三人で思い出話をして親交を深めたい、と。そういうことだ。だったら、別に勝負というテイを取らなくたって良かろうに。


 しかし、現在のりるはの所持品は、ここに来るときに抱えていた旅行用カバンの中身のみだ。どっちにしたって、りるはの不利は変わらない。


「受けるでしょ?この勝負」


 自信満々に桜歌を挑発するりるは。勝利を確信しているのか、はたまた既に勝つ気がないのか。


「別に、いいけど」


 唇を突き出した桜歌が、ぼそりと言った。りるははやった、と拳を掲げる。一体、あの旅行カバンの中には何が仕込まれているのだろう。


 頬ずえをさらに深めて、頬がむに、と柔らかく変形している桜歌は、何か考え事をしているのか表情を硬くしている。


 感動的ねえ、と俺は考える。感動するかどうかは分からないが、桜歌との思い出なら両腕で抱えきれないほどある。


 誕生日プレゼントも幾度となく渡したし、一緒に出かけたことだって一度や二度じゃない。気まぐれでお土産を買ってきたこともあるし、喧嘩した次の日に仲直りのしるしとして、ぬいぐるみを買ってやったことも。


 対して、りるはの方は。ぶっちゃけ、あまりこれといって思い出が浮かばないのが正直なところだ。家族四人で行った旅行も、俺たちが通っていた保育園も、すべてがぼんやりと輪郭を失っている。


 十年も前のことなのだから。


 壁にかかったカレンダーを見ると、本日は三月二十八日。


 りるはが家に来てから、一週間以上経っていた。


「今日、何か食いたいもんでもあるか?」


 りるはに聞くと、


「え、食べたいもの?んー、おすし……?」


「わかった」


「えわかった?」


 却下されると思っていたのか、りるははぽかんとしている。はて、と首を捻っている様子を見る限り、気づいていないようだ。


 今日が誕生日であることに。


 それから数時間経ち、そろそろ夕方。俺がおやつのクッキーをかじっていると、


「桜歌ちゃん、準備できた?」


 意気揚々とリビングに入ってきたのはりるは。第三回戦とやらを始める手筈が整ったらしい。


「んー……」


 むっつりと顔をしかめる桜歌は、ぎこちなく頷く。納得のいってなさそうなその顔に、俺は疑問を覚えた。


 勝敗はどうでもいいが、それはそれとして、何を出したって桜歌の勝ちだろう。なにが不満なんだ。


「ふっふっふ。じゃあ、私から出しちゃうね」


 食卓を挟んで、桜歌とりるはが向かい合う。その様子は、さながらカードゲーム、そう、デュエルのよう……。


「私が先攻で、いいよね?」


 にたにたと笑いながら、りるはは着ているニットの中に手を突っ込む。そしてしゅるっと何かを取り出し、食卓の上に叩きつける。


「こ、これは……」


 桜歌の表情が、氷のように固くなる。りるはが召喚したものは。


「ああ、俺が送ったやつか」


 海の写真だった。鮮やかとは言い難い、黒々とした海。崖の上で撮ったもので、その際には木でできた柵。そして、石で作られた何かの記念碑、の横でピースする俺。


 なんのことはない。


 桜歌らと出会う前に、りるはに送ったものだった。


 親父と、休日に二人で行った。


 ここから電車で二時間程度だろうか。なんたら岬とか言う、観光地だったと思うけれど、確かあの日は若干天気が悪かったのだ。写真のなかの空は、どんよりと黒ずんでいる。


「あの頃、私は悲しみに暮れていました。お兄ちゃんと離れ離れになっちゃたから……。そんなとき、この写真がどれだけ私の心を慰めてくれたか。どんなに辛いことがあっても、この写真を見たら、私にはお兄ちゃんがいるからって、元気を貰えてたんだよ……」


 "感動的"な話をしているりるはの向かいで、桜歌の顔はどんどん暗くなっている。テーブルに置かれた写真を凝視するその目は、光を吸い取られたかのよう。


「つぎっ、桜歌ちゃんの番だよ」


「え?ああ、うん」


 大演説を終えたりるはが、俯いた桜歌に声をかける。我に返った桜歌は、慌てたように顔をあげ、頷いた。


 そしてキュロットのポケットをまさぐり、取り出したものを食卓に置く……。


 桜歌の指の隙間から、ちらっと見えたものはピンクの何か。リボンだろうか、と思う。家族になって初めての誕生日に、俺が贈ったものか?


 が、りるはに見せる前に、桜歌はそれを、もう一度ポケットに戻してしまった。


「ん?桜歌ちゃん?」


「ごめん」


 冷たい声で桜歌は言った。


 そしてりるはに背を向け、そのままリビングを飛び出す。


「え、ちょえ、おうかちゃ……」


「夕飯までには、戻ってくるから」


 そんな言葉を残し、直後に響く玄関ドアの音。出ていったのだ。家を。


 残されたりるはは状況が飲み込めず、軽くパニック状態になっている。


「お、おに、おにーちゃん。桜歌ちゃん、桜歌ちゃん出ていっちゃったけど、どうしよう、どうしよう。怒らせた?私怒らせちゃった?」


「いや……怒ってはないと思うけど」


 夕飯までに戻ってくる、と言っていたのだから、自暴自棄になっているわけでもないのだと思う。


 慌てるりるはと対照的に、俺の頭はいやに冷静だ。桜歌が家を飛び出すのはこれが初めてではない。そう、父の日のときもそうだった。


 父の日……。


 ふと、ある可能性が俺の中に浮かぶ。


「……俺、桜歌を探しに行ってくるよ」


「へ?」


 りるはは素っ頓狂な声を上げる。


「場所、分かるの?」


「いや、分からん。けど、何となく」


 何となく、そうしなければいけないような気がしたのだ。

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