第12話 カンパン
「クソ映画だったじゃん」
りるはの容赦ない一言に、桜歌は悔しそうに顔を歪めた。
自宅の最寄り駅から、五駅ほどの距離にある、大型ショッピングモール。そして、そこに併設されているシネマコンプレックスに、俺たちは来ていた。
上映が終わり、映画館を出て、俺たち三人はモール内のカフェに入った。感想会―という名の、桜歌への責任追及を行うために。
しかし、開口一番のりるはの言葉に俺も若干ぎょっとする。クソ映画、とまでは言わなくても……いや、事実であっても言っていいことと悪いことがある。たとえ事実であっても。
俺は天を仰ぐ、と、先程まで目の当たりにしていた映像が、悪夢のごとく脳内に蘇ってくる。
支離滅裂、荒唐無稽、見ているだけで頭のネジを数十本失ったような心持ちさえしてくる。
桜歌が推薦した作品は、まあはっきり言って、りるはの言う通りクソ映画だった。
映画に対する造詣が深くない俺でも、確信を持ってそう言えるのだから、筋金入りだ。
少女漫画原作らしいが、内容としてはこうだ。
主人公は自称どこにでもいる女子高生。そこに、いきなり生き別れの兄を名乗る男が家に押しかけてくるのだ。しかし主人公は義理の兄とも同居していて、そいつらが二人して主人公のことを取り合う……なんていう、話なんだが。
これだけでも十分トンチキだっていうのに。
「まさか生き別れの兄が宇宙人だったなんてなあ」
序盤から中盤にかけては、トンチンカンなラブコメが続くのだが、なんとラスト二十分で、いきなりSFにハンドルを切り、見事に観客を置いてけぼりにした。
しかも。
「NHKの教育番組だって、もうちょっとマシなCG使うよ。子供だましっていうか、子供すら騙せないっていうかさ」
りるはの言葉に、俺も頷く。特にラスト、デタラメSF展開が始まってから、映像のクオリティが著しく低下していた。何かしらの裏事情を疑わざるを得ない。
「原作はこんなんじゃなかったの……」
撃沈した桜歌の口から、弱々しい声が漏れる。ここまで意気消沈している桜歌も珍しい。かなりショックを受けているみたいだ。
「原作の桜庭明子先生は、女の子の繊細な感情を描く、名手だって言われてるのよ……」
繊細な感情、あったかなあ。生き別れの兄と出会って二日目に、一緒に風呂に入り始めたときは目を疑ってしまった。
「王道のラブコメに見せかけて、実は重厚なSF作品だったっていう、大どんでん返しがこの作品のミソで……」
「どんでん返しっつうか、ちゃぶ台返しっつうか」
「伏線も綿密に散りばめられてて……」
「そうだったかなあ」
「原作では散りばめられてたのっ!」
桜歌がテーブルをごんと叩く。店内からほんの一瞬音が消える。桜歌は我に返ったのか、すん、と居住まいを正し、こぼれたアイスココアを布巾で拭い始めた。
はあ、と大仰にため息をつき、恨めしげに眺めるのは、入場口でもらったパンフレット。
「演技、演出、脚本……言い出したらキリがないけど、一番ショックだったのは、原作がありえないくらい端折られてたことね。十巻分削って映画にまとめるなんて、無茶苦茶すぎるわ」
スマホで軽く検索をかけると、どうやら大きめの漫画賞も受賞している作品らしく、なんというか……気の毒なことだ。
「あーあ、ほんっと今日はツイてない。動物園は閉まってるし、サルに弁当パクられるし、挙句の果てに映画までこんな出来なんだもの」
ココアをストローで掻き回しながらそうこぼす桜歌に、りるはがじっと目を向ける。
「映画に関しては桜歌ちゃんのセンスの問題じゃない?」
「だ、だから原作はっ、」
「それも、桜歌ちゃんの調査不足だよぉ。評判確認しとかなきゃ。それに私、入場前に『アリエッティ』観たいって言ったのに、桜歌ちゃんがどうしてもって言って聞かないから、仕方なく従ったんだよ?」
ちょうどジブリの作品が再上映されていたのだ。りるははそちらに興味を示していた。
桜歌はよほど悔しいのか、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。
「あとさあ、ヒロインを取り合ってたあの二人?の顔が似すぎてて、どっちがどっちか、結局最後まで分かんなかったんだよ」
りるはの愚痴は続く。桜歌はきっと鋭い目を向けた。
「それはあんたが流行りに疎いだけよ。紅白に文句言う老人みたいな感想はやめなさい、カントリーパンプキン」
「かん……え?どういう意味?」
りるはは首を傾げて、俺の方を見る。
「田舎モンってことだ」
「ひ、ひどいよっ」
まあ、確かに主演の若手俳優くらいは、俺でも区別がついた。擁護はできん。
ここだって大都会のど真ん中ってわけじゃあないんだけどな。とはいえ流石にりるはの地元よりは数百倍栄えている。
「あんた、上映前はしゃいでたじゃない。ショッピングモールに映画館がくっついてるなんてすごぉい、スクリーンでっかぁい……って。一体どんな僻地に住んでたのよ」
「へ、へきち……!だって、ずっと映画館行ってみたかったんだもんっ。しょうがないじゃん」
「やっぱり田舎モンじゃない」
「田舎モンじゃないもんっ」
口論が始まった。俺はアイスコーヒーをストローで吸いながら、ふう、とため息をつく。
映画を見たあと特有の心地よい疲労感は、嫌いじゃない。内容はトンチキではあったけどさ。
巨大なスクリーンに、腹の底に響く音、ポップコーンの甘い香り……。それだけでいくらか満足してしまえるのだから、俺も単純な人間だ。
「そもそも、服装だって地味すぎるのよ。いっつもそんなのばっかじゃない」
口論はまだ続く。桜歌がりるはの服を指さした。
「もっとオシャレなの着なさいよ」
りるはの今日の格好は、白い長袖Tシャツに、赤茶色のベスト。黒のプリーツスカートを合わせている。
地味、すぎるという程ではないけれど。よく見ると厚手のベストには毛玉が付いているし、スカートも皺が寄っている。世間一般のイケているファッション、にはそぐわないものかもしれない。
対して、桜歌を見れば、流石なもんだ。
襟付きブラウスに、パステルのニットを合わせ、ミニのスカートはフリル。甘いコーデだが派手すきず、後頭部にちょこんと乗っている黒いビッグリボンが、いいアクセントになっている。
とにかく、垢抜けてまくっているのだ。ファッションに疎い俺でも分かるくらい。
「私の地元じゃ、これくらいが普通なんだもん。桜歌ちゃんみたいなの、誰も着てないよ。パステルなんて浮いちゃう」
むくれたりるはが、頬を膨らませて言う。
「あなたの地元じゃそうかもね。でも、ここだとむしろ地味な方が浮くのよ。オシャレがデフォなの。せめて、その野暮ったいベストは今脱いじゃいなさい」
「……そ、それは」
無理だよぉ。そう言ってりるはは、ベストを守るように胸元で手を合わせる。気まずそうに目を伏せて、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「なんでよ。毛玉だらけじゃない。無駄に厚手だし。ファッションとして、結構ノイズだと思うんだけど」
「む、無理なものは無理なのっ」
「脱いだら幾分かマシになるわよ?」
「それでもダメっ」
頑なに首を縦に振らないりるは。
言い方はキツいが、桜歌のアドバイスは的確なもののように思える。りるはは何を嫌がっているのだろうか。
思い出の品なのだろうか?下のシャツにシミでも付いているとか。それとも、りるはなりのこだわりとか?
「な、なんでよ?」
頑固な様子に、桜歌も少し面食らったようだ。怒りよりも、疑問がその顔に滲む。
桜歌はりるはをじっと見つめ、口に手を当て何かを思案する。そして、小さく頷いた。
「どうかしたのか?」
俺が聞くと、桜歌は満足気な笑みをたたえ、
「よし、決めたわ」
「決めた?」
「これからの予定よ」
真っ直ぐにりるはを見据え、桜歌は言い放った。
「今から、服を買いに行きましょう」




