7話:血塗られた台本
村の奥深くにある旧家の重厚な屋敷の一室。
畳の上に正座する阿波流川博と姥井山守の前に、禍神村の長老が、しわがれた声で険しい表情を向けていた。
「……いいか、博、守。あの新興宗教どもが最近やたらと動き回っているのは、単なる嫌がらせではない。奴らは、我が一族に伝わる『禍神』の降臨儀式を嗅ぎつけ、それを阻止するためにこの村へ入り込んできたのだ」
「禍神……ですか?」
博は思わずといった様子で眉をひそめた。学校や家で古くからの言い伝えとして耳にしたことはあったが、現代を生きる若者である彼らにとって、それはあくまで形骸化した「村の古い神話」でしかなかったからだ。
隣に座る守も、冷めた目で老人の言葉を聞き流す準備をしていた。――だが、次の瞬間、老人の口から出た言葉に二人は息を呑むことになる。
「そうだ。奴らは『禍神の目覚めは村の破滅を意味する』などと戯言を放ち、我が家が代々伝えてきた儀式を潰そうとしている。……だが、案ずるな。儀式に必要な『依り代』の準備はすでに整っている。あの外様のガキ――藤原啓一の肉体を病気の治療と偽ってこの村に誘い込み、神を迎える器として仕立て上げる計画はな」
「……は?」
博は絶句し、動きを止めた。神話の再現などではなく、長老たちが「外様の人間を生け贄にするための陰謀」を文字通り計画していたという現実。それが作り話ではなく、血塗られた本気の企みだったと知らされたからだ。
守もまた、常に保っていた冷徹な仮面がわずかに揺らぎ、信じられないものを見る目で老人を見つめた。
「奴らを何としても排除し、儀式を完遂する。お前たちも旧家の次代として、その血のしがらみから逃れられると思うなよ」
ぞっとするような老人の笑みに、二人は冷や汗が背中を伝うのを感じるしかなかった。
やがて重苦しい密談が終わり、屋敷の重い扉を背にして夜の庭を歩き出す二人。冷たい夜気が、火照った肌にやけに染みた。
「……なぁ、守。今の聞いたかよ? 禍神の生け贄なんて、ただの言い伝えじゃなかったのかよ……」
博は信じられないといった面持ちで呟くが、その声のトーンにはどこか別の感情が混じっていた。対する守は、眉間に深くしわを寄せたまま腕を組む。
「……面倒な話だな。今時あんな爺さんたちのオカルトにつき合わされるなんてまっぴらご免だが……逆らったところでこっちの居場所がなくなるだけだ。まぁ、うまく立ち回れば、その禍神の力とやらを利用して俺たち自身にも旨味があるかもしれないがな」
「はっ、流石は守だな。損得でしか動かないのは昔からだな」
博はふっと不敵な笑みを浮かべ、夜闇の中で拳を握りしめた。
「いいじゃねえか。あの外様の野郎――藤原が、一族の神様の器になるってんなら、そのまま盛大にやってやろうぜ。どうせあんなよそ者、どうなろうと知ったこっちゃねえしよ。これで爺連中が満足するなら、おもしろがって乗っかってやるよ」
「お前なぁ……。これから大がかりな儀式を控えてるってのに、そんな個人的な嫉妬で目先のゴタゴタを起こすなよ。計画の邪魔になるような真似をしたらお前でも許さないからな」
守が呆れ顔を向けたその時だった。
屋敷の裏手へと続く薄暗い小道の先で、不意に人影が二つ、寄り添うように歩いているのが視界に入った。
「ん……? おい、こんな時間に誰だ?」
足を止めた博が目を凝らすと、月明かりの下に浮かび上がったのは、他ならぬ藤原啓一と、山田ミナの姿だった。
二人はひそひそと何かを語り合いながら、人気のない山あいの見晴らし台のほうへと歩いていく。
「……おい、嘘だろ」
博の顔から先ほどの余裕が消え飛び、一瞬でどす黒い怒りと嫉妬の色に塗りつぶされる。
「ミナ……よりによって、あの外様のガキとあんな密着して……!」
「おい博、待て。何を……」
制止する守を無視し、博は血走った目を据えたまま、音もなく二人の後をつけ始めた。
冷徹な陰謀の予感のすぐ裏で、若い男のどす黒い私情が、静かに夜の闇へと動き出していく――。




