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第6話:見出した救い

 図書館の重い真実を知り、心身ともに疲弊して家に戻った俺を待っていたのは、さらに息が詰まるような現実だった。


 書斎の扉の隙間から、父親が電話で誰かと激昂している声が漏れていた。相手は旧家の幹部らしかった。


「ふざけるな! 息子の病気を治すっていうから会社を辞めてここまで移住したのに、あれは一体どういうことだ! お前たちが狙っていたのは、最初から啓一を生け贄にすることだったのか……! 騙しやがって、許さないぞ……!」


 ガチャン、と電話が乱暴に切られる。俺は書斎の扉を勢いよく押し開けた。


「父さん……どういうことだ。母さんの実家がこの村の救手家に関わっていることも、俺がこの村に連れこられた理由も……最初から全部、あの旧家に嵌められていたのかよ!」


 振り返った父の顔は、怒りと、息子を危険に晒してしまった後悔と絶望に歪んでいた。


 父はその場に崩れ落ち、頭を抱えてむせび泣いた。


「……すまない、啓一……許してくれ……!」


「父さん……?」


「お前の身体を蝕む原因不明の病気を治してやりたい……ただその一心だったんだ。母さんを若くして亡くし、お前まで失いたくなかったんだ。『禍神村(まがじんむら)に連れてくれば、我が家に伝わる秘術で完全に治してやる。だから会社を辞めてこちらへ移住してこい』。旧家にそう言われた時、私は藁にもすがる思いでその誘いに飛びついてしまった……。だが、すべては真っ赤な嘘だったんだ。蓋を開けてみれば、あの旧家が狙っていたのはお前の身体……禍神を解放するための生け贄の器だった……!」


 父は両手で顔を覆い、許されない過ちを犯した自分を責めるように声を上げて泣き続けた。


「気づいた時には、移住の約束も、お前の治療の件も、すべてあの旧家にいいように握られていた。私が愚かだったばかりに……お前をこんな地獄に連れてきてしまった……!」


 目の前にいたのは、息子を裏切った冷酷な男などではなかった。


 ただ息子の命を守りたい一心につけ込まれ、旧家の悪辣な謀略に絡め取られた末に、愛する我が子を危険に晒してしまった絶望の淵に立たされた、あまりにも無力で哀れな父親だった。


 その姿に、俺は怒りすら忘れてただ立ち尽くすしかほかなかった。


 呼吸をするのも苦しくなり、俺はそのまま家を飛び出した。


 冷たい山の夜風が、火照った頬を容赦なく撫でていく。


 あてもなく暗い坂道を下る俺の前に、ふと現れたのはミナだった。


 彼女は俺の顔を見るなり、すべてを察したように黙って優しく手を引いた。


 ミナに連れられてたどり着いたのは、村の喧騒も、阿波流川(あばれがわ)博や姥井山(うばいやま)守らの気配も一切届かない、山あいの断崖絶壁にある小さな見晴らし台だった。


 そこから見下ろす夜の山々は、冷たい月明かりに照らされてどこか異様に輝いていた。


 張り詰めた糸が切れたように、俺は震える声で、旧家の謀略に父親が利用されていたことのすべてをミナに打ち明けた。


「……そうだったんだ。親父さんも、旧家の連中に騙されて……」


 ミナは静かにうなずくと、切なそうに微笑みながらそっと手を握り締めてくれた。


「誰だって、愛する家族のためなら抗えなくなることだってあるよ……。私だって、旧家の連中に利用されてるだけの人生なんて、本当はまっぴらだもの」


 その横顔のあまりの儚さに、俺は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


「俺さ……この村に来て、父さんのこともあって、もうどうしたらいいかわかんないんだ……。でも、君がいてくれて、本当によかったよ」


 俺がそう返すと、ミナは少し驚いたように目を丸くし、そしてふっと柔らかく微笑んだ。言葉はいらなかった。


 お互いの過酷な宿命と、行き場のない孤独を分かち合うように、二人は自然に引き寄せられ、静かに唇を重ね合わせた。


 それは恐怖に満ちた山村の中で交わされた、あまりにも純粋で、プラトニックな温もりだった。


 この時はまだ、翌日に訪れる残酷すぎる絶望など微塵も知らずに、一時の幸せを噛み締めていた。

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