第5話:血の宿命
約二百年前、この地で禍神を巡る強大な術を分かち持ったとされる伝説の家系――救手家。
その血を引く者たちには、血の宿命として代々定められた役割があったという。
男子は禍神を「解放」する能力をその肉体に宿し、女子は禍神を「封印」する能力を宿す――。
だが、ミナの家系には奇妙なことに、代々不思議と男子が一人も生まれず、女性の血統ばかりが受け継がれてきた。
旧家にとって禍神の完全な降臨・解放には「男子の血(解放の力)」がどうしても必要不可欠だった。
しかし同時に、ミナたちの家系が持つ強大な「封印の力」や、貴重な救手の血そのものを旧家の支配下に繋ぎ止めておく必要があったため、旧家も彼女たちの家系に対しては露骨な手出しをせず、腫れ物に触るように遇してきたのだ。
オレの亡き母親の祖先は、その救手家の血筋でありながらかつて村の外へ逃れた存在であり、オレもまた、その濃い血を色濃く引く現代の末裔だった。
言葉を失うオレとミナの間で、サヤは手元の古い巻物をそっと閉じ、ふっと自嘲気味に微笑んだ。その瞳の奥には、どこか遠い過去を見つめるような冷ややかな光が宿っていた。
「……そうよ。私の祖先も元をたどれば、まぎれもなくその救手家の血筋よ」
サヤの思いがけない告白に、ミナは信じられないものを見る目で目を見張った。
「なっ……あなたも救手の血筋だっていうの……!?」
「ええ。もっとも、代を重ねるうちに血が薄れすぎて、『解放』の力も『封印』の力も一切発現せず、旧家からは何の役にも立たない異端として、ずっと昔にこの村から放り出された落ちこぼれの一族だけどね」
サヤは静かに立ち上がり、埃まみれの窓の外の夕闇を見据えた。
「力を持たない血統だからこそ、私たちは旧家の連中のように禍神を私利私欲のために利用しようなどとは思わない。ただ、近ごろ山の奥底で禍神の封印が急激に弱まっているのを、私たちの教団は察知したのよ」
サヤの表情から、いつもの不気味な笑みが完全に消え失せ、代わりに切実で凍りつくような覚悟が宿っていた。
「力を持たない血統だからこそ、私たちはあの連中の狂気がどれほど危険か知っている。このままでは最悪の形で禍神が解放されてしまう。それを阻止するために、私たちはこの村へ戻ってきたの……。旧家のバカな連中は、私たちが教義を広めにきた新興宗教の不法集団だと勘違いして、勝手に敵視しているけれどね」
サヤの静かな言葉には、狂気ではなく、力を持たぬ血統なりの血を吐くような必死さがこもっていた。
だが、その張り詰めた空気を打ち砕くように、オレがさらに別の古い文献のページをめくった瞬間――3人の血の気が完全にサーッと引いていく。
そこには、すべての真実を裏付ける、あまりにも残酷で恐るべき記述が記されていた。
『――禍神の完全な解放、あるいはその暴走を防ぐ安定した制御には、代々その術を司ってきた救手家の血を色濃く引く者の肉体を、生け贄として捧げることが不可欠である』
「……嘘だろ……?」
オレの喉から絞り出されたような声が漏れる。
「旧家はオレの持つ解放の力を使って禍神を暴こうとしているということか?じゃあ、サヤの新興宗教も……いや、違う。教団は封印を望んでいるってことは⋯?」
ミナが自分の手元の文書を震える手でたどり、絶望に顔を歪めた。
「……まさか。教団の者たちだけじゃない。旧家にとっても……私という存在そのものが、禍神を鎮めるための『生け贄』として最初から網にかけられていたってこと……?」
書庫の薄暗い空間が、一気に冷たい澱みへと変わっていく。
旧家の狂気的な野望と、それを阻止しようとする教団の切迫した使命。
そのすべての中心に、自分たちの血肉が狙われているという逃れられない現実が、2人の少年少女の肩に、鉛のように重く重くのしかかったのだった。




