第3話 王家の傷を背負う騎士
三日の猶予で、私たちは四十一人分の記録を調べ始めた。
帳簿を照合し、本人へ説明し、望みを聞く。
治癒を受けた貴族の名を告げると怒鳴る者もいた。長年の発作に理由があったと知り、声を上げずに泣く者もいた。子どもには医師か看護人に同席してもらい、難しい言葉を使わず、何度でも説明した。
ダリオは私が読み上げた内容を、右手で一件ずつ清書した。
彼の左腕には、この院で最も多くの糸が集まっていた。
王太子の幼い頃の落馬。前王妃の火傷。将軍の折れた鎖骨。近衛騎士たちの剣傷。
糸は肩から指先まで巻きつき、皮膚の下へ食い込んでいる。
「調べてもいいですか」
私は革帯へ手を伸ばす前に尋ねた。
ダリオは意外そうに私を見た。
「許可が必要なのか」
「あなたの腕ですから」
しばらくして、彼は自分で留め具を外した。
「頼む」
袖をまくると、黒褐色の聖痕が肩から手の甲まで重なっていた。古い剣傷の上に火傷が走り、折れた骨の形まで黒く浮いている。左の指はほとんど曲がらない。
私は二本の指で、傷のない場所へそっと触れた。
戦場の光景が流れ込んできた。
血まみれで横たわる十二人の近衛騎士。二十四歳のダリオが教会の書記へ署名を差し出す。
『部下を助けられるなら、俺が受ける』
一度だけの同意だった。
だが、署名の下に別の紙が継ぎ足されていく。今回の戦傷。以後の王家の負担。期間は空欄から「恒久」へ。対象は十二人から「中央教会が指定する受益者」へ。
「署名が流用されています」
私が顔を上げると、ダリオはうなずいた。
「四年前のことだ。最初の負担を引き受けたあとも、傷が増え続けた。おかしいと気づいて報告書を出した」
そこまで話した瞬間、左腕の痣が盛り上がった。
黒い筋が首へ向かって這い、ダリオの呼吸が詰まる。
「もう話さないでください」
「だが――」
「あなたが説明しようとすると発動する、別の契約があります。沈黙を強いる呪約です」
私は手を離した。黒い筋の動きが止まる。
ダリオは荒い息を整えながら、机の引き出しを右手で開けた。奥から、封を切られていない報告書の控えと、辺境への異動命令を出す。
話せなくても、彼は証拠を残していた。
「あなたの契約を最初に止めましょう」
「いや。俺の身体は多くの契約をつなぐ支柱になっている。先に外せば、他の者へ負担が流れるかもしれない。最後でいい」
「最後まで残した結果、あなただけが死ぬ案は認めません」
「俺の身体については、俺が選ぶべきだと、あなたは言ったはずだ」
静かな反論だった。
私はすぐに言葉を返せなかった。
「はい。あなたには選ぶ権利があります。ですが、自分だけを犠牲にして、他の全員の選択を終わらせる権利はありません」
ダリオの眉がわずかに動いた。
「私は、四十一人全員へ説明します。あなたにも、続けるかやめるかを、そのあとでもう一度尋ねます。私が失敗しても、あなた一人を代わりの支払いにはしません」
「頑固だな」
「十三年間、教会に鍛えられました」
初めて、彼の口元にごく薄い笑みが浮かんだ。
その夜、書庫から戻ると、食堂の隅に二人分のスープが残されていた。
「冷める前に食べろ」
ダリオが向かいへ座る。右手だけで切ったらしいパンは、厚さが不揃いだった。
「管理人の仕事に、夜食も含まれるのですか」
「呪約師が帳簿の上で倒れないようにする仕事は、今日増えた」
その職名で呼ばれるたび、胸の奥がまだ落ち着かない。
「どうして、私を信じられるのですか」
「まだ全部は信じていない」
正直な答えに、なぜか安心した。
「だが教会は、俺の身体を王国の備品のように扱った。あなたは、触れる前に許可を求めた」
ダリオは私をまっすぐ見た。
「それに、あなたは聖女になるための十三年を失っても、会ったことのないトーマを傷つけなかった。その判断は信じられる」
湯気で視界がにじんだ。
泣くほどのことではない。そう思ったのに、スプーンを持つ手が震えた。
「ノエラ」
教会では候補生、偽聖女、役立たずと呼ばれた。
名前を呼ばれただけで、こんなにも息がしやすくなるとは知らなかった。
「はい、ダリオ」
私も、彼の名前を呼んだ。
けれど、その穏やかな夜は長く続かなかった。
翌朝、四十一人から王都へ伸びる黒い糸が、一斉に震えた。
聖女エステルによる大祈祷――次の奇跡は、聖痕院の全員を代価にしようとしていた。




