第12話 寿命で支える坑道
雪の夜を切り裂くような半鐘の音が、村中に響き渡っていた。
「第三坑道が崩れたぞ!」
宿の部屋へ飛び込んできた坑夫の叫びに、私の心臓は凍りついた。
「呪約師が契約を弄ったせいで、坑道を支える魔力支柱が保たなかったんだ! 奥にまだ三人が取り残されてる!」
呼吸が止まりそうになった。私が王都の病院と坑夫たちを両方救おうとして、魔力供給を最低限に制限した結果だ。供給が減ったことで、青鉱石を掘り出す坑道の強度が落ち、岩盤の重みに耐えきれなくなったのだ。
「……私の、せいで」
震える足が一歩後ずさった時、ダリオが私の横をすり抜けて坑夫の前に立った。
「崩落規模は。中の空気はどれくらい保つ」
元近衛隊長としての、低く通る声だった。パニックになりかけていた坑夫が、その威圧感に引きずられるように息を呑む。
「わ、分からない。だが、入り口から三十メートル地点の天井が落ちた。その奥にいるはずだ」
「案内しろ。村の男たちで動ける者を全員集め、つるはしと丸太を持たせろ。急げ!」
ダリオの的確な指示に坑夫が弾かれたように飛び出していく。
「待ってください、私も行きます!」
私は叫んだ。自分の判断が招いた惨事から、安全な場所で目を背けるわけにはいかない。
ダリオは私を振り返り、一度だけ短く頷いた。
「離れるなよ」
私を安全な場所へ置いていくような真似はしなかった。彼は私の覚悟を信じ、外套を手に取って夜の吹雪の中へ飛び出した。
第三坑道の入り口には、すでに十数人の村人たちが松明を持って集まっていた。
入り口からはもうもうと土煙が吐き出され、時折、地の底から響くような岩の軋む音が聞こえてくる。
「どけ、私が入る!」
人だかりを掻き分けて前に出たのは、イリヤだった。白髪交じりの頭に布を巻き、老女のように痩せ細った腕でカンテラを握りしめている。
「イリヤ、お前は休んでいろ! その身体じゃ無理だ!」
村の男が止めるが、彼女は鋭い声で跳ね除けた。
「あの奥の岩盤の脆さを一番知っているのは私だよ! 迷っている間にあの子たちが潰されたらどうするんだい!」
その目は、自分の寿命を犠牲にしてでも村を救おうとした、あの強烈な意志の光を放っていた。
「先導を頼む」
ダリオが迷いなく言い放ち、イリヤの横に並んだ。彼に続いて、私も坑道の中へ足を踏み入れる。
坑道内は息が詰まるほどの粉塵に満ちていた。壁面には淡く発光する青鉱石が露出しているが、それに沿うように設置された魔力支柱の光は、どれも消え入りそうなほどに明滅している。
「この先だ!」
イリヤの声が響く。三十メートルほど進んだ先で、巨大な岩石と土砂が完全に通路を塞いでいた。岩の隙間から、微かに呻き声が聞こえる。
「生きているぞ!」
ダリオが叫び、つるはしを持った男たちが土砂に取り付こうとした。
だが、その瞬間、頭上の岩盤からバラバラと小石が降り注いだ。
「待って!」
私は思わず叫んでいた。
私の目には、崩落現場を覆う契約の糸が見えていた。魔力支柱を形成する灰色の糸が、岩の重みに耐えかねて今にも千切れそうに悲鳴を上げている。
「このまま無闇に掘れば、連動している支柱の魔力が完全に切れて、天井全体が落ちます!」
「じゃあどうすればいい! 見殺しにするのか!」
男たちが怒鳴る。
契約を再開して魔力を流し込めば、坑道は安定するかもしれない。だが、それは同時に、取り残された三人やイリヤの寿命を一気に吸い尽くすことを意味する。
止めることも、再開することもできない。
なら、どうする?
私は呪約師だ。契約を止めることだけが、私の力ではないはずだ。
「私が、契約の糸を読みます!」
私は土砂の前に進み出た。そして、明滅する魔力支柱に両手を押し当てる。
冷たい岩の感触とともに、坑道全体を覆う魔力の流れが頭の中に展開された。どこに重みがかかり、どの糸が限界を迎えているのか。
「右側の岩を動かしては駄目です! そこの魔力は完全に死んでいます! 左側の、青く光る鉱石の下……そこにまだ契約の力が残っています。そこからなら掘り進められます!」
「聞いたな! 左だ!」
ダリオは私の言葉を一切疑わず、不自由な左腕を胸元へ固定した。右手と肩で長い鋼棒へ体重をかけ、梃子の原理で巨大な岩を押し除け始める。イリヤがカンテラを掲げて隙間を照らし、村の男たちが必死に土砂を掻き出した。
私は支柱に触れたまま、刻一刻と変化する魔力の流れを読み上げ続けた。
「次は下! その石を抜いたら、すぐに丸太を差し込んでください!」
岩盤が軋む。私の頭に、寿命を担保にした契約の重圧がのしかかる。
それでも、ダリオの背中が見えた。彼が私を信じて動いてくれている。
「抜けたぞ!」
ダリオの叫び声とともに、土砂に人一人が通れるほどの穴が開いた。
奥から、埃まみれになった三人の若い坑夫が引きずり出される。彼らの髪も白く変色していたが、息はあった。
「よかった……よかった……!」
イリヤが彼らに抱きつき、皺だらけの顔を涙で濡らした。村の男たちも歓声を上げる。
間一髪だった。彼らが外へ出た直後、限界を迎えた支柱が砕け、奥の空間が完全に崩落した。
「……終わったか」
ダリオが息をつき、膝をついた私に手を差し伸べた。
「ありがとうございます、ダリオ」
私は彼の手を借りて立ち上がりながら、ほっと息を吐き出した。私の監査の力は、ただ止めるだけではなく、安全な道を見つけるための羅針盤にもなるのだと知った。
だが、安堵は長くは続かなかった。
村人たちが負傷者を連れて地上へ戻っていく中、私は崩れ落ちた魔力支柱の中心部に露出した、契約の核となる呪文書に目を留めた。
先ほどは生き埋めになった彼らを救うために必死で気づかなかったが、その契約の糸の構造は、あまりにも異常だった。
「ノエラ? どうした」
足を止めた私に、ダリオが不審そうに尋ねる。
私は呪文書に触れ、隠された詳細な条件式を読み解いた。そして、背筋が凍りつくのを感じた。
「……ダリオ。イリヤさんたちは、村を救うための報酬を得るために、寿命を担保にしたと言っていましたよね」
「あぁ。財務院が提示した破格の報酬と引き換えにな」
「違います。破格だったわけじゃないんです」
私は震える指で、空中に浮かび上がった銀色の条文を指差した。
そこには、財務院が設定した恐ろしい数式が組み込まれていた。
「『報酬増額に連動して、寿命徴収率が指数関数的に上昇する』……彼らは、村の三百人を救えるだけの金額を要求した。国はそれを呑んだ。でも、高い報酬を引き出せば引き出すほど、魔力の変換効率が意図的に悪化するように組まれているんです」
ダリオの顔色が変わった。
「どういうことだ。まさか……」
「はい。同じ魔力を生み出すのに、報酬が高いほど、より多くの寿命を奪われる仕組みです。彼らが家族を思って多くの金を望めば望むほど、彼ら自身の命が猛烈な速度で削り取られる悪魔の天秤です」
全員が望んで署名した正当な契約。
しかしその実態は、貧しい者たちの切実な願いを利用し、気付かないうちに致死量の代価を吸い上げる、冷酷で完璧な搾取のシステムだった。




