第11話 間違えた呪約師
通信魔導具の赤い警告光が、執務室を不気味に照らしている。
王都の病院では患者が凍え、目の前ではイリヤたち坑夫が自らの命を削って再開を求めている。二つの死の天秤を前に、私は監査印を握り直した。
「完全な停止は解除します。ですが、以前のような致死量の徴収も認められません」
私は印章を台帳へ強く押し当てた。
「契約番号三〇一四。生命維持の最低限度まで徴収率を制限し、本契約を一時再開する!」
灰色の糸が再び赤黒く脈打ち始めたが、先ほどのような濁流ではない。王都の魔導炉がギリギリの温度を保ち、同時に坑夫たちが数日で老衰死しない、綱渡りのような制限供給だった。
「これで数日は保ちます。……皆さん、私を村へ連れて行ってください。私の目で現実を見て、村の全員に謝罪させてください」
私の言葉に、坑夫たちは憎しみの目を向けたまま、それでも無言で頷いた。
馬車を飛ばして到着した南部鉱山の村は、私が想像していた以上の惨状だった。
痩せ細った赤ん坊の泣き声が響き、備蓄庫の底は完全に見えている。雪に覆われた荒野には、生きるための希望が何一つ残されていなかった。
村の中央にある、木組みの大きな坑夫食堂。
そこに集められた三百人の村人と、三十人の『老いた若者たち』を前に、私は深く頭を下げた。
「私は、隠された搾取を止めることが絶対の正義だと信じていました。ですが、皆さんが家族を生かすために選んだ決死の覚悟を、無知なまま踏みにじりました。生活を脅かし、王都の患者まで危険に晒したのは私です。本当に、申し訳ありませんでした」
石の床に膝をつき、両手をつく。
罵声が飛んだ。雪玉や小石が投げられ、私の肩や背中に当たる。
ダリオは私の斜め後ろに立っていた。飛んでくる石をいくつか手で払い落としてはくれたが、決して私の前に立ち塞がって、私を庇い隠そうとはしなかった。
私が自分の口で過ちを認め、村人たちの怒りを正面から受け止めること。ダリオは私の選択を尊重し、ただ私が倒れないように、すぐ側で支え続けてくれていた。
集会が終わり、村人たちが去った後も、私は坑夫食堂の隅にある粗末な木の卓に一人で座っていた。
すきま風が吹き込む食堂はひどく冷え込んでいる。投げつけられた石の痛みよりも、自分の傲慢さに対する自己嫌悪が胸を塞ぎ、顔を上げることができなかった。
ふと、乾いた足音が近づいてきた。
顔を上げると、そこにいたのはイリヤだった。
二十二歳のはずなのに、深く皺の刻まれた顔。白く染まった髪。彼女は何も言わず、お盆に乗せていた木の椀を、私の目の前へことりと置いた。
中には、干し肉の切れ端と、わずかな豆が浮いた温かいスープが入っていた。この極限の村で、どれほど貴重な食料か分からない。
「イリヤさん……」
私は戸惑い、彼女の顔を見上げた。
イリヤは笑わなかった。私を責めることも、同情することも、許すとも言わなかった。枯れ木のように痩せ細った彼女の手が、静かにお盆を下ろす。
「冷めるよ」
ただその一言だけを残し、彼女は背を向けて立ち去った。
残された椀からは、白い湯気が静かに立ち上っている。
両手で椀を包み込むと、じんわりとした熱が、冷え切った指先から手のひらへと伝わってきた。決して美味とは言えない、塩気だけの薄いスープ。
それでも、その温かさが私の胸の奥の凍りついた部分を溶かしていくようで、私は椀を持ったまま、音を立てずに泣いた。
その夜。村長が空けてくれた小さな部屋で、私は毛布を被って丸まっていた。
「ノエラ。少し話せるか」
扉をノックして入ってきたダリオの手には、見慣れない古い木箱が握られていた。
彼は私の向かいに座ると、木箱の蓋を開けた。中には、宛名だけが書かれ、封を切られていない手紙が十二通入っていた。
「これは……?」
「四年前、俺の部下だった十二人の家族へ宛てた手紙だ」
ダリオの灰色の目が、静かに封筒を見つめる。
「俺はあの日、部下たちに『代価を引き受けろ』とは一言も命令していない。だが、隊長である俺が真っ先に同意の署名をした。その背中を見た部下たちは、次々とペンを取った」
彼の左手が、封筒の端をそっとなぞる。
「俺は、自分が断れない空気を作ったとすぐに気づいた。だが、沈黙呪約を掛けられ、真実を誰にも話せなくなった。だからせめて、いつか呪約が解けた時に渡そうと、この謝罪文を書いた」
ダリオは封筒から手を離し、私を真っ直ぐに見た。
「取り消せない過ちはある。俺も、あなたもだ。だが、間違えたからといって、そこで終わる必要はない。イリヤがあんたにスープを出したのは、あんたが逃げずに残ったからだ」
ダリオの不器用で真っ直ぐな言葉が、傷ついた心に染み込んでいく。
「俺も、一緒に次を探す」
「ダリオ……」
私が彼の手紙に触れようとした、その瞬間だった。
カン、カン、カン!
村の中央にある半鐘が、夜の静寂を引き裂くように狂ったように鳴り響いた。
外から、悲鳴にも似た怒声が飛び込んでくる。
「第三坑道が崩れたぞ! 呪約師が契約の魔力供給を弄ったせいで、坑道を支える魔力支柱が保たなかったんだ!」
私は弾かれたように立ち上がった。
私が制限をかけた契約の余波が、物理的な崩落となって彼らに牙を剥いていた。




