漏洩
パトカーが来てから10数分後、部屋のインターホンがなる。
「ごめんくださーい。ちょっとよろしいですかー?」
ったくうるせえな。こっちが出てから話せよ。ドアチェーンをしたまま、玄関ドアを開ける。
「こういう者ですが、ちょっとお話よろしいでしょうか?」と男が警察手帳を見せながら問いかける。このタイミング、警察に間違いなさそうだが、事情を一切知らない体で行く必要があるので、警戒して見せる。
「あの、部署とかは?」
「あーこれは失礼。わたくし、警視庁捜査一課巡査部長の井内慶司と申します」
「ケイジで刑事って?ひでえ名前だな」と心の声が出た。
「あのー聞こえてますが」
「刑事さんってその、何人かで一緒に行動するんじゃないですか?」
「ちょっと人手が足りてませんでねー。空き巣事件が多発してまして、所轄のフドウ署の人員がそっちに取られて。今、別の階で巡査部長の貴志壮壱って、わたしの先輩なんですが、その刑事が聞き込みしてまして、部屋数ありますし、一人でやって来いって言われまして。捜査一課のソウイチなんて呼ばれてますけど、3年前までは別の部署で、あ、これ関係ない話ですね…」
「ちょっと電話で確認しますんで、待っててもらっていいですか?」と言っていったんドアを閉めて鍵をかけた。
念のため、ネットで調べた警視庁の電話番号に確認して、井内慶司と貴志壮壱は確認できた。
<殺されたってことだよな?>とクマネコ、声はしない。
「そうみてえだな。ちょっと面倒臭えな。お前は隠れてろよ」
<おう。こんなときに何だが、依頼いいか?>
「本当にこんなときにだな?今言う必要あんのかよ?」
<早くやった方が簡単かもしれないからな>
「聞くだけ聞く。何だ?」
<犯人の名前、教えてくれ>
「ちょ、わたしに犯人探しさせる気か?勘弁してくれ」
<オマエが探す必要はない。捕まったら新聞とかに載るだろ?それでも構わん。何なら刑事から教えてもらったっていい>
「一応、気には留めといてやる。刑事が待ってるから、あとでな」
<ヘイヘイ>
玄関に戻り、ドアスコープで外を確認してから、チェーンを外しドアを開ける。
「本当にいるみたいですね。刑事さん」と平然とした表情を作って話しかける。
「あ、確認取れましたか?では、お話よろしいですか?」
「はい。どうぞ」と玄関へ招き入れるがここまでだ。30くらいの猫背でひょろっちい、無造作ヘアの紺スーツ男。
「管理会社の方から、名簿いただいてましてね、えっと、細川…ごひゃく…」
ごひゃくがつく名前ってそうそういないだろ?こいつ何なんだ。
「イオリ、です」
「あ、細川イオリさんですね?」
「はい」
「えー今しがたですね。この下、203のお部屋でご遺体が発見されましてね、何かお心あたりはありませんか?」
「えっと、殺されてるってことですか?」
「あーまあそうですね。これ…言っていいのかな、まあいいか。どうせニュースだし。腹と首、複数箇所を刃物でって感じで。一応内緒でお願いします」
「うーんと、ちょっと前、30分くらい経つかな。ひー、みたいな悲鳴は聞こえましたけど」
「そのときどうかされましたか?」
「あ、いや特に」
「悲鳴が聞こえたのに?」
やはり、こいつ面倒くさいやつだな。
「まあ、物騒な世の中なんで」
「他には?」
「あ、あと、関係ないと思うんですけど、出前を取ったんですが、何かトラブルで来なくなっちゃって」
「へー、それは災難でしたね。お腹、お空きでしょう?」
作りものっぽい笑顔で、飄々とした態度で来る、つかみどころがないやつだな。
「あ、まあ」
「お部屋はお一人?」
「え、はいそうですが?」
「でしたら出前はお一人で召し上がるつもりだったと?」
「そりゃ、まあ」
「ラーメン、タンメン、チャーハンをお一人で?」
いやいやいや、何かこいつ、わたしを疑ってる気がするぞ。既に注文したものも調べてやがる。まずいな。
「そう、ですね。結構食べるんですよ?昼も、ほら、ラーメンマシマシ食べたし」
嘘つくとバレるからな、これは本当だぞ。
「昼ラーメンで夜も?しかも2杯?」
さすがにおかしいと思うが、もう引き下がれない。
「何か火い点いちゃって」
「チャーハンも?」
「それは、明日の朝にでもって」
「ほう。なるほど…いや、先輩がですね、貴志さん、306の人がすごい大食いなのか確認しろって、最近地元からパンダがいなくなったとかで機嫌悪いし」
「はあ…」
「あと、どうして206宛に出前を?」
「…はい?」
「細川さんのご住所、206になってたみたいですよ?」
慌てるふりで、スマートフォンでどあまえ屋の登録住所を確認する。
「あ、本当だ。すみません」
「次、出前するときまでに直しておいた方がいいですよ?」
「そうですね、えっと直します」
「あーそれで、さっきの悲鳴ですがね、配達員、細川さんが呼んだ出前の、その方が何かケモノみたいなものに襲われたらしいんですよ。それでラーメン、タンメンがぶちまけられちゃって。あー、チャーハンは無事みたいですけど。食べます?」
「さすがにいらないです」
「ですよね?あと、もしかしてペットとか飼ってませんか?」
「ここ、そういうの禁止なんで」
「ですよね?飼ってても言えませんよね?」
「いや、飼ってないですよ?」
「その、おりこうさんなお猿さんか何かに配達員を襲わせたりとかしてません?」
「してませんよ?何なら中入っていいですよ?」
ベランダにいるであろうクマネコなら大丈夫だろうと思うが。
「今ね、いろいろ問題になるんですよね。うーん、けど、それじゃあ一応、確認させていただきますね」と、言うと、靴を脱いで部屋に入ってくる。普通だったら恥ずかしいと思うところだがな、こっちは猫以上に羞恥心がない。
「どうですか?何もいませんよ?」
「そうっすね…その、きたな…いや、独特の…風味っていうか」
隠し事できねえやつなのか?失礼がダダ漏れしてやがる。
<その刑事、質問責めにしろ。何かボロを出すかもしんねえぞ>
クマネコの声が聞こえる。本当は聞こえてないんだが、感じる。刑事は反応しない。言わんとしていることはわかるが、どうしたもんかね?
「刑事さん、わたしが、そのケモノだかを使ってラーメンぶちまけて、何の得があるんですかね?もし考えてみて話せないってんなら話さなくてもいいですが」
「いや、ね、203の方、嫌がらせをされてたみたいでね、前に所轄に相談があって。ストーカーか何かでしょうね?その延長線で殺されたって線が考えられるもんですから」
「それがわたしじゃないかって?」
「可能性としてね?まあいろんなファンとか、今は推し活とか言うんですかね。歪んじゃう人、いるんすよねー」
「えっと、203の人、何かそういうのされそうな人なんすか?」
「あー、え?知らないんですか?本当に?」
「全然」
「これは…言ってもいいやつだな、うんと唐雛セイナっていうアイドル?みたいな人、カラビナロックていうユニット?みたいなやつのメンバーなんですよ。よく知らないんですけど」
「えっと、でも死んじゃってんですよね?カラビナさん?」
「そうっすねー」
「殺人の犯人からしたら、もう殺しちゃってるわけだから、わざわざ嫌がらせしませんよね?」
「そうっすねー。死んでるから嫌がんないっすもんね?」
「だとするとラーメンぶちまけの件、これに犯人がいるとしても殺人に関係ないことになりません?」
「そうっすねー。わざわざ嫌がらない嫌がらせ、しないっすもんねー」
「そうしたら、ラーメンはもう放っておいていいんじゃないですか?」
「まあ、いっちゃあそうっすね。うち一課ですし」
これでラーメンの件はもう深入りされまい。
「それじゃ、わたしもう無関係ですね?」
「あーそういうわけにはいかないっすね?ケモノ呼べて嫌がらせしたってんなら、殺人の方はシロの可能性濃厚っすけど、ケモノ呼べないっすから」
呼べるって言っときゃ良かったのか?んなわけねえか。
「殺人犯?探すっていうなら、前に嫌がらせしてたやつ、捕まえたらいいんじゃないですか?怪しいでしょ?」
「まあ、そっちはそっちで動いてますけどね」
「目星みたいなの、付いてるんですか?」
「そうっすね。前に嫌がらせしたっぽいやつが…」
「どんなやつですか?」
「えっと、いや、これは言っちゃ…、あーだめっす。何かめっちゃ来ますね?」
もう少しで何か聞けそうなところだったが。
「そりゃあ、こっちも疑われてますから」
「もう、これについてはだめっすよ。あー、あと最近、管理人さんに会ったことあります?」
「いえ、あんまり気にしてないですし。何なら一回も見てないかも」
「そうですか、あのですね。その、配達員さんがラーメンぶちまけたあと、203の人に謝らなきゃいけないってインターホン鳴らして。でも玄関の電気ついてるのに部屋から出てこないもんだから、おかしいと思って管理人室に行って、管理人さん呼んで鍵持ってきてもらって。もう一回鳴らしても出ないもんだから、管理人さんに頼んでドア開けて、で見つけちゃったわけですが…」
「はあ…」
「でー、配達員さんが警察と出前の本部に、管理人さんがマンションの管理会社に電話するってなって、管理人さん、いったん管理人室に戻るって言ってたらしいんすけど、そのままいなくなっちゃって」
「ん、はい?」
「んでですね、さっき警察から管理会社に連絡したら、ここ一年くらい、管理人さんなんていないって言うもんですから」
「…え、それ、めちゃくちゃ怪しいですね?…はあ!?」
「そうなんすよねー。さっき確認したら管理人室の鍵開いてて、中に各部屋の鍵置いてありましたよ。203だけなくて、その管理人さん、偽物ですけど、そいつが持ってっちゃったんでしょうけど。前に確認した時から最大で、ここ1週間くらいっすね、開け放題ですよ。って、あ、これ言っちゃいけないやつだ。内緒で」
「いやそれ、うちにも空き巣入られてた可能性ありますよね?」
まあ盗られて困るようなものはそんなにないのだが。
「そうっすねー。知ってたら入り放題っすからねー。防犯カメラもないし」
「今は、どうなってんですか?」
「あー、管理会社の方来て確認してもらって、鍵は全部警察で預かってます。一応指紋とか調べるんで」
「何かわかったら教えてくださいよ?被害者かもなんですから」
「それについては、善処するっす。あー、あと肝心なこと聞いてませんでした。7月3日の夜、22時から翌2時くらいまで、どうしてました?」
「普通に、ここで、一人で、スマホ見て、って感じで。寝たのも2時過ぎくらいで」
「ですよね?何かそんな感じっすもんね?」
だんだん失礼が鼻に付いて来た。
「その時間が、その犯行時刻?」
「そうっすねー」
「本当にそういうの聞くんですね。アリバイってやつ?」
「そりゃ聞きますよー」
「形式的なやつ?ですよね?」
「いやいや、ちゃんと聞いてますよ、ガチで。こっちも忙しいんで。さっきも言いましたけど」
「はあ…」
まじで疑われてんのか?
「他に気付いたことはありませんか?」
「全然」
「そっすかー。じゃあ何か思い出したら連絡ください。はい、これ」と、刑事は名刺を置いて帰った。何かバカなのか鋭いのかわからねえやつだったな。
ベランダからカツカツ音がする。
<大丈夫だったみたいだな?>
「何とかな。面倒臭いやつだけど、情報は得られそうだ。けど、わたしは容疑者候補でもあるみてえだ」
<でも、その嫌がらせしたみてえなやつが一番怪しいだろ?>
「そうなんだけどな。情報が足りねえな」
<あの刑事、漏れてたぜ。イメージが>
「あ?話してないことか?」
<おう。そいつ、被害者の追っかけで目立ってるやつで、警察は前に注意もしてて把握してるらしいぞ。名前まではわかんねえが、でかくて筋肉質で25くらいのやつ。オレが写真見たらわかるかもな>
「そいつっぽいな。早く捕まってくれねえかな」
<んで、どうする?そいつの、いや、犯人の名前、教えてくれるか?協力はするぞ>
「まあな、疑われてるしな。ちょっくらやってみるか?」
何故、依頼を受けてしまったのだろう?クソみたいな日常を変えようと思ったのか?ただ刺激が欲しかっただけなのか?死んでるのに発見してもらえないやつに同情したのか?いや、暑さで頭までやられちまっただけかもな。




